アメリカ政府の中国向け半導体特例措置撤回 特例措置の内容は?なぜ撤回するのか?

この記事で分かること

  • 半導体特例措置とは:中国への半導体技術流出を防ぐため、アメリカは外国企業が中国工場に米国製製造装置を搬入する際、個別の許可申請を免除する措置を講じていました。この特例措置により、サムスンやSKハイニックスは中国での事業継続が可能となっています。
  • 撤回の理由:、中国の軍事転用可能な半導体製造能力の拡大を阻止するためです。特例措置が技術流出の抜け穴になる懸念があるため、個別許可制に切り替え、米国の安全保障と技術的優位性を確保する狙いがあります。
  • サムスンとSKハイニックスの対応:米国政府との交渉を通じて個別許可を円滑化させつつ、中国での先端技術への投資を抑制します。同時に、生産拠点を韓国や米国に移すことで、サプライチェーンのリスクを分散し、長期的な安定を図ります。

アメリカ政府の中国向け半導体特例措置撤回

 2022年10月、アメリカのバイデン政権は、中国の半導体製造能力を制限するため、中国の半導体メーカーへの先端半導体製造装置の輸出を原則的に禁じる措置を導入しました。この際、韓国のサムスン電子やSKハイニックスなど、中国に工場を持つ外国企業に対しては、操業継続のための包括的な輸出許可(Verified End-User, VEU)が与えられ、例外的にアメリカ製機器の搬入が認められていました。

 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-08-29/T1RDB8GP9VCX00

 しかし、最近になってアメリカ政府は、この包括的許可を撤回し、今後はケースごとの個別許可制に切り替える方針を両社に伝えました。 

 これは、中国への技術移転をさらに厳しく管理しようとする動きです。この背景には、対中貿易摩擦の激化や、中国がAIなどの軍事転用可能な技術を開発するのを阻止したいという思惑があると考えられています。

半導体特例措置とは何か

 中国工場に対するアメリカの半導体特例措置とは、アメリカが自国の半導体製造技術の中国への流出を防ぐために導入した輸出規制において、一部の外国企業に一時的に適用された例外的な許可措置のことです。具体的には、以下の内容で構成されていました。

1. 規制の背景

 2022年10月、アメリカのバイデン政権は、中国が軍事転用可能な最先端半導体の製造能力を拡大するのを阻止するため、厳しい輸出管理規則を導入しました。これにより、以下の製品が中国の半導体メーカーに輸出されることが原則として禁止されました。

  • 先端半導体チップ: 特に、AIやスーパーコンピューターなどに使用される高性能なチップ。
  • 先端半導体製造装置: 18nm以下のDRAMや128層以上のNANDなど、先端半導体の製造に必要な装置。

2. 特例措置(包括的輸出許可)

 この厳しい規制が導入された際、中国に半導体製造工場を持つ外国企業(特に韓国のサムスン電子やSKハイニックス、台湾のTSMCなど)は、事業継続が困難になるという懸念がありました。そこで、アメリカはこれらの企業に対し、「一時包括許可(Temporary General License, TGL)」「検証されたエンドユーザー(Verified End-User, VEU)」という形で、一定期間、アメリカ製製造装置を中国工場に搬入することを個別の許可なしに認める特例措置を与えました。

 これは、主要な同盟国企業のサプライチェーンを混乱させないための配慮であり、事実上、両社は既存の事業を維持することができていました。

3. 特例措置の撤回

 しかし、最近になってアメリカ政府は、この包括的許可を撤回する方針を両社に伝えました。これにより、今後は中国工場へのアメリカ製製造装置の輸出・搬入を継続するには、ケースごとに個別の許可を申請する必要があります。

 この措置の変更は、アメリカが対中技術規制をさらに厳格化し、外国企業を通じての技術流出の「抜け道」を完全に塞ごうとしていることを示しています。

 これにより、サムスンやSKハイニックスは中国工場での生産能力の拡大や技術的なアップグレードが事実上困難になり、長期的な事業戦略の見直しを迫られています。

中国への半導体技術流出を防ぐため、米国は外国企業が中国工場に米国製製造装置を搬入する際、個別の許可申請を免除する措置を講じていました。この特例措置により、サムスンやSKハイニックスは中国での事業継続が可能でしたが、最近になって撤回され、今後は個別の許可が必要となります。

撤回する理由は

 このタイミングでアメリカが半導体特例措置を撤回する主な理由は、以下の点が複合的に絡み合っていると考えられます。

1. 対中技術規制の「抜け穴」を塞ぐため

 アメリカは、中国が先端半導体技術を軍事転用やAI開発に利用することを強く警戒しています。包括的な特例措置が残っていることで、外国企業を経由して技術や製造装置が中国に流れ込む「抜け穴」になるという懸念が強まりました。

 個別許可制に切り替えることで、輸出される機器や技術が軍事転用されないか、より厳格に審査・管理する狙いがあります。

2. 中国の半導体国産化への警戒

 中国はアメリカの規制に対抗するため、半導体の国産化を強力に推進しています。この特例措置が継続されることで、中国国内にある外国企業(サムスンやSKハイニックスなど)の工場が、結果的に中国の半導体産業全体のサプライチェーンや技術力向上に貢献する可能性を、アメリカ政府は問題視していると見られます。

3. 米国自身の半導体製造能力強化

 アメリカは「CHIPS法」などを通じて、国内の半導体生産能力を強化しようとしています。韓国企業を含む外国企業をアメリカ国内に誘致し、生産拠点を中国から自国に移転させる動機を与える目的も考えられます。

 特例措置の撤回は、中国での事業リスクを高め、サプライチェーンを中国から切り離す「デカップリング」をさらに加速させるための圧力とも言えます。

4. 政治的な駆け引き

 大統領選挙を控える政治的なタイミングも影響している可能性があります。対中強硬姿勢を示すことで、国内の有権者にアピールする意図も否定できません。中国との技術覇権争いは、アメリカの超党派的な重要課題となっており、特例措置の撤回はその決意を示す象徴的な行動と見なすことができます。

 アメリカは中国への先端技術流出を徹底的に阻止し、自国の安全保障と経済的優位性を確保するために、これまでの段階的な規制から、より包括的かつ強硬な措置へと舵を切ったと分析されています。

半導体特例措置の撤回は、中国の軍事転用可能な半導体製造能力の拡大を阻止するためです。特例措置が技術流出の抜け穴になる懸念があるため、個別許可制に切り替え、米国の安全保障と技術的優位性を確保する狙いがあります。

サムスンとSKハイニックスへの影響は

 半導体特例措置の撤回は、サムスンとSKハイニックスの中国事業に大きな制約をもたらします。これにより、両社は中国での生産活動や今後の投資戦略の見直しを迫られることになります。

設備投資と生産能力への影響

  • 新規投資の停止:特例措置の撤回によって、両社の中国工場が新たな半導体製造装置を米国から輸入することが事実上不可能になります。これにより、生産能力の拡大や新世代製品への移行のための設備投資が困難となります。
  • 技術的な遅れ:最新の製造装置が導入できないため、中国工場は技術的に旧世代の生産にとどまる可能性が高いです。これは、競争の激しい半導体市場において、技術的な遅れにつながります。

サプライチェーンと事業戦略への影響

  • 中国での生産縮小:長期的に見て、中国工場での生産を維持・拡大することが難しくなるため、両社は生産拠点を中国から韓国や米国などにシフトさせる「脱中国」を加速させると予想されます。
  • 不確実性の増大:個別許可制への移行は、米国からの技術や部品の供給が安定せず、事業計画の不透明性を高めます。この不確実性が、今後の事業戦略立案におけるリスクとなります。

 この措置は、両社が中国で事業を継続するうえでの大きなハードルとなり、グローバルな半導体サプライチェーンの再構築を一層促すことになります。

今回の特例措置撤回により、サムスンとSKハイニックスは中国工場での生産能力の拡大や新技術への投資が困難になります。これにより、中国事業は維持できるものの、技術的停滞を余儀なくされ、長期的には生産拠点を中国から韓国や米国に移す「脱中国」を加速させる見込みです。

サムスンとSKハイニックスの対応策は

 サムスンとSKハイニックスは、この特例措置撤回を受けて、複数の対応策を検討・実行しています。主な戦略は以下の通りです。

1. アメリカ政府との交渉

 両社は韓国政府と連携し、アメリカ政府に対して個別許可の申請手続きを円滑化するよう働きかけています。特に、既存の工場を維持・運営するための装置や部品の供給が滞らないよう、協議を続けています。

 これは、中国工場が世界のメモリー半導体市場に占める割合が大きいため、サプライチェーンの混乱を最小限に抑えることが目的です。

2. 中国事業の「維持・縮小」と「脱中国」の加速

 中国工場での生産については、最新技術への投資を停止し、既存の設備の維持管理に専念する方針が強まると見られます。中国は引き続き巨大な市場であるため、中国市場向けの需要を賄うための「China for China」戦略に軸足を移す可能性があります。

 一方で、最先端の半導体技術や製造能力については、中国以外の地域、特に韓国国内やアメリカでの投資を加速させています。

  • サムスン電子: 米国テキサス州テイラー市に大規模なファウンドリー工場を建設中で、これにより米国での生産能力を大幅に高める計画です。
  • SKハイニックス: 米国に新たな生産拠点の建設を検討しており、DRAMやNANDフラッシュメモリーの先端技術の開発・生産を米国に移す動きが見られます。

3. サプライチェーンの多角化

 アメリカ製半導体製造装置への依存度を下げるため、日本やオランダなどの製造装置メーカーとの関係を強化し、代替となる技術や装置の調達を模索しています。これは、将来的な地政学的リスクを分散させる目的もあります。 

 これらの対応は、米中対立という地政学的なリスクを背景に、グローバルなサプライチェーンを中国から切り離し(デカップリング)、リスクの少ない地域で最先端技術を確保するという、長期的な戦略の一環と言えます。

サムスンとSKハイニックスは、米国政府との交渉を通じて個別許可を円滑化させつつ、中国での先端技術への投資を抑制します。同時に、生産拠点を韓国や米国に移すことで、サプライチェーンのリスクを分散し、長期的な安定を図ります。

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