東京大学の微細な流路に水を流す半導体チップの冷却技術 冷却が重要な理由は何か?どのように冷却を行うのか?

この記事で分かること

  • 冷却が重要な理由:チップは動作中に高温になり、性能低下や誤動作を引き起こします。適切に冷却しないと、チップの寿命が短くなり、最悪の場合、永久的な故障につながるため、冷却は非常に重要となります。
  • 開発された冷却の方法:半導体チップ上の微細な流路に冷却水を流し、チップの熱で水が蒸発する際の気化熱を利用します。これにより、高い冷却性能と省スペース化を実現し、高性能チップの熱問題解決に貢献します。
  • 水蒸気の悪影響はないのか:水蒸気が流路を塞ぐ「ドライアウト」を防ぐため、三次元構造の流路で水と水蒸気の流れを分離しています。気化した水蒸気はシステム内で回収・再利用されるため、チップや外部環境に悪影響を与えることはありません。

東京大学の微細な流路に水を流す半導体チップの冷却技術

 東京大学の研究グループが開発した、半導体チップの冷却技術は、チップ上に形成した微細な流路に水を流し、その水が蒸発する際の気化熱を利用して冷却する手法です。

 https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03322/091100007/

 この技術は、従来の冷却方法に比べて高い冷却性能を持つことが特徴です。

なぜ、チップの冷却が重要なのか

 チップの冷却は、性能の維持信頼性の向上、そして寿命の延長のために非常に重要です。半導体チップは、動作中に大量の熱を発生させます。この熱を適切に冷却しないと、さまざまな問題が起こります。


1. 性能の低下と誤動作

 チップが高温になると、電気抵抗が増加し、電子の流れが妨げられます。これにより、チップの処理速度が低下したり、回路が誤作動を起こしたりします。

 多くの電子機器には、チップの温度が危険なレベルに達する前に意図的に性能を落とす「サーマルスロットリング」と呼ばれる保護機能が搭載されています。これにより、ユーザー体験が損なわれるだけでなく、本来の性能を発揮できなくなります。


2. 寿命の短縮と故障

 高温は半導体材料自体に劣化を引き起こし、物理的な損傷や回路の故障リスクを高めます。故障率は温度の上昇に比例して飛躍的に高まります。

 例えば、温度が10℃上昇すると、チップの寿命が半分になるとも言われています。特に、高密度に集積された最新のAIチップやCPUは、より多くの熱を発生させるため、この問題は深刻です。


3. 熱暴走

 冷却が全く追いつかなくなると、チップの温度が制御不能なまでに上昇する「熱暴走」が起こることがあります。この状態はチップを恒久的に破壊し、機器全体の故障につながる可能性があります。

 チップの冷却は、そのチップが本来持つ性能を最大限に引き出し、長期にわたって安定して動作させるための必須条件なのです。

チップは動作中に高温になり、性能低下誤動作を引き起こします。適切に冷却しないと、チップの寿命が短くなり、最悪の場合、永久的な故障につながるため、安定した性能を維持する上で不可欠です。

開発した手法はどのように冷却を行うのか

 東京大学の研究グループが開発した、半導体チップの冷却技術は、チップ上に形成した微細な流路に水を流し、その水が蒸発する際の気化熱を利用して冷却する手法です。この技術は、従来の冷却方法に比べて高い冷却性能を持つことが特徴です。

従来の冷却方法と気化熱冷却の比較

冷却方法特徴課題
空冷ファンやヒートシンクで冷却する。シンプルで安価。冷却性能が低く、高発熱の半導体には不向き。
液冷液体を循環させて冷却する。空冷より冷却性能が高い。冷却装置が大型になりがち。漏洩リスクがある。
気化熱冷却液体の蒸発を利用して冷却する。液体が蒸発するため、密閉された環境が必要。

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東京大学の手法の詳細

 東京大学の研究では、マイクロ流路と呼ばれる髪の毛よりも細い流路を半導体チップの表面に直接形成しました。

 この流路に冷却水を流し込むと、チップで発生した熱によって水が沸騰し、蒸発します。この時、液体が気体に変化する際に周囲から熱を奪う気化熱の原理を利用して、効率的にチップを冷却します。

利点

  • 高い冷却性能: 気化熱は非常に大きな熱量を奪うため、高出力の半導体チップも効率的に冷却できます。
  • 省スペース: チップ上に直接流路を形成するため、冷却装置の小型化が可能です。
  • 低コスト: 単純な構造のため、製造コストを抑えられます。

 この技術は、AIやデータセンターで用いられる高性能な半導体チップの熱問題を解決する上で、重要なブレークスルーとなる可能性を秘めています。

どうやって流路を形成するのか

 マイクロ流路を半導体チップ上に形成するには、主に半導体製造プロセスで用いられる技術が応用されています。具体的には、フォトリソグラフィエッチングといった手法が使われます。


半導体製造プロセスによる流路形成
  1. フォトリソグラフィ: まず、シリコン基板などの上に感光性の材料(フォトレジスト)を塗布します。次に、流路のパターンが描かれたマスクを通して紫外線を照射し、パターンを転写します。
  2. エッチング: 紫外線が当たった部分、または当たらなかった部分のフォトレジストを現像して除去します。露出した基板を、化学薬品やプラズマなどを使って削り取り(エッチング)、目的の深さと幅の溝を形成します。
  3. 接合: 流路を形成した基板と、その上に蓋となる別の基板を貼り合わせることで、流路が完成します。

 東京大学の研究では、特にこの技術を用いて、水の毛細管現象を利用した三次元マイクロ流路構造を開発し、水の蒸発と水蒸気の排出を効率的に行うことで、高い冷却性能を実現しています。

流路は、半導体製造技術であるフォトリソグラフィエッチングを応用して作られます。チップ上に感光剤を塗り、紫外線で流路パターンを転写した後、不要な部分を削り取ることで微細な溝を形成します。この流路に冷却水を流し込むと、チップで発生した熱によって水が沸騰し、蒸発し、気化熱で冷却を行うことができます。

気化した水蒸気の悪影響はないのか

 東京大学が開発した手法において、気化した水蒸気が直接的な悪影響を及ぼす可能性は低いです。むしろ、水蒸気の発生をうまく制御することが、この冷却技術の核心的なポイントとなっています。

水蒸気の役割と制御

 この冷却技術では、マイクロ流路に流し込まれた水は、チップの熱によって意図的に気化させられます。この気化によって生じる気化熱を利用して、効率的に熱を奪い取ります。従来の技術では、水蒸気の泡が流路を塞ぎ、冷却効率を不安定にさせる問題がありました。

 しかし、東京大学が開発した三次元マイクロ流路構造は、この問題を解決しています。


悪影響への対策

 この技術では、以下の工夫により水蒸気による悪影響を防止しています。

  • 流路の構造: 複雑な三次元構造を持つ流路は、毛細管現象を利用して常にチップ表面に水の薄膜を供給し、安定した冷却を保ちます。
  • 水蒸気の排出: 発生した水蒸気は、流路の中央部を通って効率的に排出されるように設計されています。これにより、水蒸気の泡が冷却水の流れを妨げたり、冷却面から水を遠ざけたりする「ドライアウト」と呼ばれる現象を防ぎます。

 最終的に、この技術は密閉されたシステムとして機能するため、外部環境に水蒸気が漏れ出すことはありません。水蒸気は冷却システム内の専用流路を通って回収され、循環する仕組みになっています。これにより、水蒸気がチップや周囲の回路を腐食させるといったリスクも排除されます。

この技術は、水蒸気が流路を塞ぐ「ドライアウト」を防ぐため、三次元構造の流路で水と水蒸気の流れを分離しています。気化した水蒸気はシステム内で回収・再利用されるため、チップや外部環境に悪影響を与えることはありません。

チップが高温になると、電気抵抗が増加する理由は

 チップが高温になると電気抵抗が増加する主な理由は、チップ内の金属配線の抵抗が増加するためです。これは、金属の原子が熱によって激しく振動し、電子の動きを妨げるためです。

導体(金属)と半導体

 チップ内には、電気を流す役割を持つ金属の配線(導体)と、電気の流れを制御する半導体の両方が存在します。それぞれの電気抵抗の温度に対する特性は異なります。

  • 金属(導体)の場合: 温度が上がると、金属原子の熱振動が活発になります。この振動は、電流を運ぶ自由電子がスムーズに移動するのを妨げます。これにより、電子が原子と衝突する回数が増え、電気抵抗が増加します。チップ内の配線は主に銅やアルミニウムといった金属でできており、高温になるとこの原理で抵抗が増加します。
  • 半導体の場合: シリコンなどの半導体は、基本的に導体とは逆の性質を持ちます。高温になると、熱エネルギーによって電子が自由になり(キャリアが増加)、電気を運びやすくなるため、抵抗は減少します。

 しかし、チップ全体としての電気抵抗は、金属配線の抵抗増加が支配的となるため、最終的に高温になると抵抗が増加する傾向にあります。この抵抗の増加は、さらに熱を発生させ、チップの性能低下や故障につながる悪循環を引き起こします。

チップが高温になると、内部の金属配線原子の熱振動が激しくなります。この振動が電子の流れを妨げるため、電気抵抗が増加します。これにより、チップの性能が低下する悪循環が生じます。

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