この記事で分かること
- CHIPS法とは:米国の半導体産業を強化し、サプライチェーンの安定化と技術的優位性の確保を目指す法律です。国内工場建設への巨額補助金や税優遇に加え、中国など懸念国での先端半導体製造拡大を制限する条項も含まれます。
- CHIPS法の背景:現代社会のデジタル化加速により、半導体はスマホ、AI、IoT、EVなどあらゆる電子機器の「頭脳」として不可欠です。高性能化・小型化が進み、経済安全保障上の戦略物資としても重要性が増したことが影響しています。
- 実例:、最も象徴的なのは、台湾のTSMCがアリゾナ州に建設する半導体工場に対し、最大66億ドルの補助金が決定したケースです。また、インテルには最大78.6億ドル、サムスン電子には最大64億ドルが補助金として発表されており、米国内の半導体製造強化を後押ししています。
CHIPS法とは何か
CHIPS法とは、正式名称を「CHIPS and Science Act(CHIPSおよび科学法)」といい、2022年8月にアメリカで成立した法律です。その名の通り、主に半導体産業の振興と、科学技術分野の研究開発を強化することを目的としています。
この法律の核心は、以下の2つの大きな柱に分けられます。
半導体製造能力の国内回帰と強化(CHIPS部分)
- 目的: 世界的な半導体サプライチェーンの不安定化や、特定の国(特に中国)への依存度が高まっている現状に危機感を持ち、アメリカ国内での半導体製造を強化することを目指しています。これにより、経済安全保障を確保し、技術的優位性を維持する狙いがあります。
- 巨額の補助金: 半導体製造工場の建設や拡張、設備投資に対して、総額約527億ドル(約7兆円)もの補助金や税額控除を提供します。
- 「ガードレール条項」: 補助金を受け取る企業に対して、今後10年間、中国など「懸念国」での最先端半導体の製造能力を実質的に増強することを禁じる条項が設けられています。これは、中国の半導体産業の発展を抑制する狙いがあります。
研究開発(R&D)の支援: 半導体関連の研究開発にも多額の資金が投じられます。
科学技術研究開発の強化(Science部分)
- 目的: 半導体以外の幅広い科学技術分野(AI、量子コンピューティング、先端材料など)における研究開発を加速させ、アメリカの技術革新能力と競争力を高めることを目指します。
- 国立科学財団(NSF)などへの投資強化
- STEM(科学、技術、工学、数学)分野の人材育成支援
CHIPS法の背景と影響
- 背景:
- 半導体供給の不足: COVID-19パンデミック中の世界的な半導体不足により、自動車産業をはじめとする様々な産業が大きな影響を受け、半導体の安定供給の重要性が再認識されました。
- 米中技術覇権争い: アメリカは、半導体を戦略物資と位置づけ、中国が最先端半導体の製造能力を持つことを警戒しています。CHIPS法は、この技術覇権争いにおけるアメリカの優位性を確立するための重要な手段とされています。
- 国内製造業の空洞化: 1990年代には世界半導体生産の約4割を占めていたアメリカのシェアが、現在では1割程度にまで低下したことも背景にあります。
- 影響:
- 国内投資の促進: インテルやTSMC、サムスン電子など、国内外の大手半導体メーカーが、CHIPS法の補助金を受けてアメリカ国内での工場建設や拡張を発表しています。
- サプライチェーンの再編: 半導体サプライチェーンの地政学リスクを低減し、アメリカ国内および友好国での生産体制を強化する動き(フレンドショアリング)を加速させています。
- 中国への影響: 中国の半導体産業にとっては、最先端技術へのアクセスが制限されるなど、大きな制約となる可能性があります。
CHIPS法は、アメリカが経済安全保障と技術的優位性を確保するための、非常に重要な産業政策であり、世界の半導体産業、ひいてはグローバル経済に大きな影響を与えています。

CHIPS法は、米国の半導体産業を強化し、サプライチェーンの安定化と技術的優位性の確保を目指す法律です。国内工場建設への巨額補助金や税優遇に加え、中国など懸念国での先端半導体製造拡大を制限する条項も含まれます。
なぜ、半導体への注目度が高くなっているのか
半導体の重要性が増している背景には、現代社会のデジタル化の加速と、それに伴う先端技術の発展、さらには経済安全保障上の戦略的価値の向上があります。具体的には、以下の点が挙げられます。
1. あらゆる電子機器の「頭脳」であるため
半導体は、スマートフォン、パソコン、家電製品(テレビ、冷蔵庫、洗濯機など)、自動車(電気自動車、自動運転車)、医療機器、ロボット、産業機械など、私たちの身の回りのあらゆる電子機器の心臓部として機能しています。情報処理、記憶、制御といった中核機能を担っており、半導体なくしてこれらの機器は動作しません。
2. 先端技術の発展に不可欠な基盤
- AI(人工知能): 大量のデータを高速で処理し、学習・推論を行うAIの発展には、高性能な半導体(GPUなど)が不可欠です。生成AIの登場により、その需要はさらに急増しています。
- IoT(モノのインターネット): あらゆるモノがインターネットに接続され、データを送受信するIoT社会では、各デバイスに搭載される半導体の数が爆発的に増えています。
- 5G/6G通信: 大容量・高速・低遅延を実現する次世代通信規格の普及には、基地局から端末まで、高性能な通信用半導体が必要です。
- 電気自動車(EV)/自動運転: EVはモーター制御やバッテリー管理に多くの半導体を必要とし、自動運転車はセンサーデータの処理、認識、判断に膨大な計算能力を持つ半導体を搭載しています。
- データセンター/クラウドコンピューティング: インターネットサービスやクラウドサービスを支えるデータセンターには、サーバーの「脳」となる大量の高性能CPUやメモリ、ストレージ用の半導体が集積されています。
3. 小型化・高性能化・省エネ化の継続的な進化
半導体技術は、ムーアの法則に代表されるように、**「小型化」「高性能化」「低消費電力化」**を驚異的なスピードで実現してきました。この技術革新が、より高度な機能を持つ電子機器やサービスを生み出し、私たちの生活を豊かにし続けています。
4. 経済安全保障上の戦略的価値の向上
- サプライチェーンの脆弱性: 半導体の製造プロセスは非常に複雑で、世界中の特定の地域(台湾など)に生産が集中しています。COVID-19パンデミックや地政学的な緊張(米中対立など)により、半導体供給の不安定化が顕在化し、自動車産業などに大きな影響が出ました。
- 国家間の技術覇権争い: 半導体は、軍事、通信、AIといった最先端技術の基盤であり、国家の安全保障や経済的競争力を左右する戦略物資と認識されています。各国(特に米国)は、自国の半導体サプライチェーンの強靭化や、競合国への技術流出防止に力を入れています。
これらの理由から、半導体は現代社会の「血液」や「頭脳」とも例えられるほど、その重要性が増し続けています。

現代社会のデジタル化加速により、半導体はスマホ、AI、IoT、EVなどあらゆる電子機器の「頭脳」として不可欠です。高性能化・小型化が進み、経済安全保障上の戦略物資としても重要性が増しています。
CHIPS法による補助にはどのような事業があるのか
CHIPS法による補助金は、主に半導体製造施設の建設や拡張、研究開発、人材育成などを対象としています。具体的な補助の例をいくつか挙げます。
主要な補助金受給企業とプロジェクト
- TSMC(台湾積体電路製造):
- アリゾナ州フェニックスに建設中の半導体工場に対し、最大66億ドルの補助金が決定しています。これは、最先端プロセスでのチップ製造を目指す大規模プロジェクトです。
- インテル (Intel):
- アリゾナ州、ニューメキシコ州、オハイオ州、オレゴン州の半導体製造および先端パッケージングプロジェクトに対し、最大78.6億ドルの補助金が最終的に決定されました。
- サムスン電子 (Samsung Electronics):
- テキサス州テイラーに建設中の半導体工場に対し、最大64億ドルの補助金が発表されています。
- マイクロン・テクノロジー (Micron Technology):
- ニューヨーク州とアイダホ州での半導体製造工場建設に対し、約61億ドルの補助金が決定しています。
- テキサス・インスツルメンツ (Texas Instruments – TI):
- テキサス州シャーマンとユタ州リーハイでの半導体製造施設の新設プロジェクトに対し、最大16億ドルの補助金と約30億ドルの融資が発表されました。これは、自動車や産業機械などに使われる成熟ノード半導体の生産を強化するものです。
その他の例
- グローバルウェーハズ (GlobalWafers):
- 米テキサス州シャーマンに300ミリシリコンウエハー工場を建設する計画に対し、補助金が発表されています。
- アムコー (Amkor Technology):
- 半導体パッケージング企業のアムコーに対し、4億ドルの補助金が確定しています。
これらの補助金は、半導体メーカーだけでなく、半導体製造装置メーカーや材料メーカー、さらには関連する研究開発機関や人材育成プログラムにも広く提供されています。目的は、米国内の半導体エコシステム全体を強化し、サプライチェーンの強靭化を図ることにあります。

CHIPS法による補助金で、最も象徴的なのは、台湾のTSMCがアリゾナ州に建設する半導体工場に対し、最大66億ドルの補助金が決定したケースです。また、インテルには最大78.6億ドル、サムスン電子には最大64億ドルが補助金として発表されており、米国内の半導体製造強化を後押ししています。
CHIPS法の懸念は
CHIPS法は米国の半導体産業強化を目指す強力な政策ですが、同時にいくつかの懸念点や課題も指摘されています。主な懸念は以下の通りです。
「ガードレール条項」による企業への制約
- 補助金を受け取る企業は、中国など「懸念国」での最先端半導体製造能力の実質的な拡張を10年間制限されます。これは、グローバル展開する半導体企業にとって、中国市場への投資や事業戦略に大きな制約となり、米中間の「二者択一」を迫る形となります。これにより、企業の投資判断が難しくなるという声もあります。
コスト高と経済的効率性
- 米国での半導体製造コストは、アジア諸国に比べて大幅に高いとされています(台湾より30~50%高いとの試算も)。CHIPS法による補助金は、このコストギャップを埋めるためのものですが、税金が巨額に投じられることに対する批判や、果たして持続可能な国内製造基盤を構築できるのかという懐疑的な見方もあります。
- 一部からは、特定の企業への「ばらまき」や「空白の小切手」だという批判も上がっています。
人材不足
- 半導体工場の建設・運営には、高度な技術を持つエンジニアや熟練労働者が大量に必要です。米国では、半導体製造分野の人材が不足しており、CHIPS法による国内生産強化が進んでも、必要な人材を確保できるのかという懸念があります。特に、STEM分野における人種やジェンダー間の格差解消に向けた具体的な施策が不十分だとの指摘もあります。
サプライチェーン全体への影響
- CHIPS法は主に半導体製造(前工程)に焦点を当てていますが、半導体サプライチェーンは材料、製造装置、後工程(パッケージング、テスト)など、非常に広範囲に及びます。これらの分野の国内回帰が十分に進まなければ、米国のサプライチェーン全体の強靭化には限界があるという見方もあります。
- 日本の材料メーカーなど、中国の半導体産業とも取引のある企業にとって、CHIPS法のガードレール条項がビジネスに悪影響を及ぼす可能性も指摘されています。
保護主義の加速と国際貿易への影響
- CHIPS法は、自国産業保護の側面が強く、国際貿易の自由な原則に反するという批判もあります。中国政府はCHIPS法を「冷戦思考の現れ」と非難しており、半導体産業を巡る米中対立をさらに激化させる要因となり得ると懸念されています。
- これらの懸念は、CHIPS法が目指す目標達成の困難さや、国際的な経済関係への影響を巡る議論の中心となっています。

CHIPS法の主な懸念は、補助金受給企業への中国投資制限による事業戦略への影響、米国での高コスト体質、そして人材不足です。また、保護主義的側面が国際貿易摩擦を激化させる可能性も指摘されています。


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