この記事で分かること
- ブタジエンとは:無色のガスで、主に1,3-ブタジエンを指します。二重結合を2つ持ち、高い反応性から合成ゴム(SBR、BRなど)の主原料として利用されます。
- イソプレンとは:天然ゴムの基本単位であり、合成ゴムの一種であるイソプレンゴム(IR)の主原料です。タイヤや医薬品に利用されています。
- 植物からの合成方法:遺伝子組み換え微生物を発酵槽で培養します。これにより、微生物の代謝能力を利用してブタジエンなどを直接生成し、回収・精製するバイオ技術です。
日本ゼオンの植物原料からのブタジエンの生産
日本ゼオンは、合成ゴムの主原料であるブタジエンやイソプレンを植物原料から直接生産するバイオ技術の開発を推進するため、山形県米沢市のゼオンケミカルズ米沢敷地内に新たなバイオ研究棟を新設しました。
新研究棟では、化学反応やバイオ発酵のプロセス開発をまとめて行い、2034年には植物原料からのブタジエンとイソプレンの直接生産技術の事業化を目指しています。
ブタジエンとは何か
ブタジエン(butadiene)は、分子式 C4H6 で表される、二重結合を2つもつ不飽和炭化水素の一種です。通常、「ブタジエン」と言う場合は、最も一般的な異性体である「1,3-ブタジエン」(CH2=CH−CH=CH2) を指します。
特徴と性質
- 常温・常圧で無色・無臭の可燃性ガスです。
- 沸点は-4.4℃、融点は-108.9℃と低いです。
- 水には溶けにくいですが、エタノール、エーテル、アセトンなどの有機溶媒にはよく溶けます。
- 化学的に反応性に富み、特に共役二重結合を持つため、様々な重合反応を起こしやすい性質があります。この性質が、合成ゴムの原料として非常に重要な理由です。
- 熱や酸素の存在下で容易に重合し、空気と接触すると爆発性過酸化物を生成する可能性があります。
主な用途
ブタジエンのほとんどは、合成ゴムの原料として使用されています。
- スチレン・ブタジエンゴム(SBR): 最も代表的な合成ゴムで、自動車のタイヤ材として最も多く使われています。耐熱性、耐摩耗性、耐老化性、機械強度などに優れます。
- ニトリルゴム(NBR): アクリロニトリルとの共重合体で、耐油性、耐摩耗性、引き裂き強度に優れ、Oリングやガスケットなどのシール材、使い捨て手袋などに使用されます。
- ブタジエンゴム(BR): 高反発弾性、耐摩耗性、低温特性、低発熱性に優れ、単独よりもSBRなど他のゴムと混合して使われることが多いです。
- その他、合成樹脂(ABS樹脂、MBS樹脂など)や合成繊維の原料としても用いられます。
製造方法
主な製造方法は以下の通りです。
- ナフサ分解生成物からの分離: 石油精製工程でナフサ(原油を蒸留して得られる軽質な油)を熱分解してエチレンなどを製造する際の副産物として得られるC4留分(炭素数4の炭化水素混合物)から分離・精製されます。これが日本における主な製造方法です。
- ノルマルブタンやノルマルブチレンの脱水素: これらの炭化水素から水素を除去する反応によってブタジエンを生成する方法もあります。
- バイオ生産: 近年、環境負荷低減の観点から、植物由来のグルコースなどを微生物に発酵させてブタジエンを生産する技術の開発が進められています。日本ゼオンの取り組みもこれに該当します。
ブタジエンは、現代社会において自動車産業などを支える重要な化学品であり、その持続可能な製造方法の開発が注目されています。

ブタジエンは無色のガスで、主に1,3-ブタジエンを指します。二重結合を2つ持ち、高い反応性から合成ゴム(SBR、BRなど)の主原料として利用されます。自動車タイヤなどに不可欠な素材であり、石油由来だけでなく、近年は植物からのバイオ生産も研究されています。
どのように植物から合成されるのか
植物からブタジエンを製造する主要な方法は、微生物発酵を利用するものです。
具体的には、植物由来のバイオマス(トウモロコシやサトウキビなどに含まれるグルコースなど)を原料として、特定の微生物(主に遺伝子組み換えされた微生物)に発酵させることで、ブタジエンを直接または間接的に生産します。
主なプロセス
- バイオマスからの糖の調達:まず、植物(例: サトウキビ、トウモロコシ、セルロース系バイオマスなど)からグルコースやキシロースなどの糖を抽出・精製します。これが微生物が利用する「炭素源」となります。
- 微生物による発酵(代謝経路の利用)
- 直接合成: 最も効率的とされているのは、遺伝子組み換えされた微生物(例えば大腸菌など)が、与えられた糖を直接ブタジエンに変換する代謝経路を持つように設計される方法です。自然界にブタジエンを生合成する経路は知られていないため、人工的に代謝経路を構築したり、既存の経路を改変したりして、ブタジエンの生産能力を高めます。理化学研究所や日本ゼオンなどが研究を進めているのはこのアプローチです。微生物は糖を取り込み、体内で様々な酵素反応を経て、最終的にブタジエンを生成し、培養液中に放出します。
- 間接合成(中間体経由) 微生物によって、ブタジエンの前駆体となる中間体(例: エタノール、2,3-ブタンジオール、ブタノールなど)を生産させ、その中間体を化学触媒などを用いてブタジエンに変換する方法もあります。この場合、微生物発酵と化学変換の2段階プロセスとなります。ミシュランなどが取り組んでいるバイオエタノールからのブタジエン製造はこの一例です。
- ブタジエンの分離・精製:微生物が生成したブタジエンはガス状であるため、発酵槽から回収し、不純物を取り除いて高純度のブタジエンを得ます。
日本ゼオンの取り組み
日本ゼオンは、理化学研究所や横浜ゴムと共同で、バイオマス由来のグルコースから、微生物発酵によって直接ブタジエンを生産する技術の開発を進めています。これは、これまでの石油由来のブタジエン製造に代わる、より持続可能で環境負荷の低い製造方法として期待されています。
この技術が実用化されれば、石油への依存度を低減し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献できるとされています。

植物由来の糖を原料に、遺伝子組み換え微生物を発酵槽で培養します。これにより、微生物の代謝能力を利用してブタジエンを直接生成し、回収・精製するバイオ技術です。
イソプレンとは何か
イソプレン(Isoprene)は、化学式 C5H8 で表される、2つの二重結合を持つ炭化水素の一種です。正式名称は「2-メチル-1,3-ブタジエン」といい、ブタジエンの炭素鎖にメチル基(CH3)が一つ付いた構造をしています。
特徴と性質
- 常温では揮発性の高い無色の液体で、ゴムのような、あるいは都市ガスのような特有の臭気があります。
- 沸点は約34℃と低く、引火性・可燃性に富んでいます。
- 天然ゴムの基本単位:イソプレンは、天然ゴムの主成分であるポリイソプレンのモノマー(単量体)です。天然ゴムは、このイソプレンが多数結合したポリマー(重合体)で構成されています。
- 生体での生成: イソプレンは、植物の葉緑体内で自然に生成・放出される物質としても知られています。植物が熱ストレスなどに対処するための防御機構の一つと考えられています。
主な用途
イソプレンの主な用途は、合成ゴムの原料です。
- イソプレンゴム(IR): 天然ゴムと非常によく似た性質を持つ合成ゴムで、「合成天然ゴム」とも呼ばれます。天然ゴムの代替品として、タイヤ(トレッド、サイドウォール、カーカス)、各種ベルト、ホース、靴底などに幅広く使用されます。天然ゴムに比べて品質が安定しており、ラテックスアレルギーのリスクがないため、医療用手袋や哺乳瓶の乳首など、衛生性が求められる用途にも用いられます。
- ブチルゴム(IIR): イソプレンとイソブチレンの共重合体で、気体透過性が非常に低く、耐熱性、耐候性、耐オゾン性に優れるため、タイヤのインナーライナー(チューブレスタイヤの内側)や、医療用栓、シーリング材などに使われます。
- その他、高機能性ポリマーの原料としても利用されます。
製造方法
イソプレンの工業的製造方法は、主に以下の通りです。
- ナフサ分解生成物からの分離・抽出: 石油精製工程で得られるナフサを熱分解する際に副生するC5留分(炭素数5の炭化水素混合物)から、高純度のイソプレンを分離・精製する方法が一般的です。
- 脱水素反応: イソペンタンやイソペンテンなどから水素を引き抜く(脱水素)反応によって製造する方法もあります。
- プロピレン二量化法: プロピレンを原料としてイソプレンを合成する方法もあります。
バイオ生産への取り組み
ブタジエンと同様に、イソプレンも石油資源に依存しない製造方法の開発が世界中で進められています。植物由来の糖などを微生物に発酵させることでイソプレンを生産するバイオ生産技術は、持続可能な社会の実現に向けた重要な研究テーマとなっています。日本ゼオンもこの分野の研究開発を強化しています。

イソプレン(C5H8)は、天然ゴムの基本単位であり、合成ゴムの一種であるイソプレンゴム(IR)の主原料です。石油から製造される他、近年は植物からのバイオ生産技術開発も進められています。揮発性液体で、タイヤや医療品などに幅広く使われます。
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