中国の新興GPUメーカー、ムーア・スレッズ、初の四半期黒字化

この記事で分かること

ムーア・スレッズの特徴

元NVIDIA中国代表が設立した新興GPU企業。AI計算と3Dグラフィックを両立するフル機能GPUが強み。NVIDIAからの容易なコード移行(Musify)を強みに、国内の代替需要を強力に牽引しています。

なぜ黒字化できたのか

米国の輸出規制による国内のNVIDIA代替需要の激増に加え、利益率の高い巨大AI計算クラスターのシステム販売へ移行したため。政府や大手通信キャリアから超大型案件を相次いで獲得し収益が急改善しました。

NVIDIAとのGPU性能差

ハードは数世代(3〜5年分)遅れており、単体性能はNVIDIAの3〜5割程度。先端製造プロセスへのアクセス制限という物理的壁に加え、圧倒的なCUDAエコシステムや通信帯域の面でまだ大きな溝があります。

中国の新興GPUメーカー、ムーア・スレッズ、初の四半期黒字化

 中国の新興GPUメーカーであるムーア・スレッズ(Moore Threads、摩尔线程)が発表した2026年第1四半期(1〜3月)決算で、初の四半期黒字化を達成したことが大きな話題となっています。

 米国の輸出規制を背景に、中国国内でのAI半導体の「国産シフト」が猛烈な勢いで進んでいる現状が浮き彫りになりました。

 ただし、今後の見通しは楽観的ではありません。NVIDIAなどとの差は依然として大きく、最先端のプロセスルール(微細化技術)へのアクセス制限という構造的な壁を抱えながら、NVIDIAなどの世界大手に追いつくためには、今後も巨額の投資を継続する必要があります。

 システム全体の最適化と独自のソフトウェアエコシステムの構築をどれだけ早く進められるかが、今後の持続的な成長の鍵を握ることになりそうです。

ムーア・スレッズの特徴は何か

 ムーア・スレッズ(Moore Threads、摩尔线程)は、中国の半導体業界で「中国版NVIDIA」の筆頭格として最も注目を集めている新興GPUメーカーです。

 元NVIDIAのグローバル副社長兼中国代表である張建中(Alan Zhang)氏が2020年に設立し、2025年12月には上海証券取引所(科創板)へスピード上場を果たしました。

 同社の最大の特徴は、「AI計算」と「グラフィックス(3D描写)」の両方をハイレベルでこなすフル機能GPUを自社開発している点にあります。

1. グラフィックスとAIを両立する「全機能(メタ)GPU」

 多くの中国系AI半導体スタートアップが「AIの計算(ディープラーニング)」に特化したチップ(ASICなど)を開発するなか、ムーア・スレッズはNVIDIAと同様に、3Dグラフィックス、動画処理、AI計算のすべてを1つでこなす「フル機能GPU(メタGPU)」の開発にこだわっています。

  • 独自アーキテクチャ「MUSA」:独自の統一システムアーキテクチャ「MUSA」をベースにチップを設計しています。
  • 最新の「花港(Huagang)」アーキテクチャ:最新世代のアーキテクチャでは、ゲーム・グラフィックス向けの「廬山(Lushan)」と、AI特化型の「華山(Huashan)」という2つの強力なチップを展開。
  • 高度な3D・ゲーム対応:国産GPUとしては極めて稀な、PCゲームの最新規格「DirectX 12 Ultimate」やハードウェア・レイトレーシング(リアルな光の描写技術)に完全対応したグラフィックスカードを製品化しています。

2. 「万カクラスター」を実現する巨大AIシステム「誇父(KUAE)」

 チップ単体の販売だけでなく、数千〜数万基のGPUを高速ネットワークで繋ぐ巨大なAIデータセンター向けシステムソリューション「誇父(KUAE)」を展開していることが、ビジネス上の最大の強みです。

  • 万カ(10,000基)規模の接続性:独自のリファレンスアーキテクチャにより、1つのクラスタ内で1万基以上のGPUを相互接続可能。
  • 超巨大モデルの学習に対応:パラメータ数が数千億〜1兆規模に達する最先端の巨大言語モデル(LLM)やMoE(混合専門家)モデルの学習・推論を安定して回せるインフラ一式(ハードウェア、管理ソフト、開発環境)を丸ごと提供しています。
  • DeepSeek等の最新モデルへの最適化:同社の「MTT S5000」などのチップは、中国発の革新的なAIである「DeepSeek V3」などの高速処理(高速トークン生成)に最適化されています。

3. NVIDIA(CUDA)からの移行を阻まない「Musify」

 NVIDIAの圧倒的な強みは「CUDA」という開発用ソフトウェアのエコシステムにありますが、ムーア・スレッズはここを徹底的に研究しています。

  • コード自動変換ツール「Musify」:NVIDIAのCUDA向けに書かれた膨大なAIコードを、自社のMUSA環境へほぼ自動で移行できるツールを提供しています。
  • 「Day 0」の即時移行:開発者はコードをゼロから書き直す必要がなく、最短で「持ち込んだその日」に同社チップ上でAIモデルを動かすことができるため、NVIDIAからの乗り換えハードルが非常に低くなっています。

4. 国内AIエコシステム・資本との深い結びつき

  • 強力な投資家陣:2025年末のIPO(新規上場)の際には、世界を震撼させたAI「DeepSeek」の親会社であるHigh-Flyer(幻方量化)の創業者などが筆頭機関投資家として名を連ねました。
  • 通信キャリアとの緊密な連携:中国移動(チャイナモバイル)や中国聯通(チャイナユニコーン)といった大手国営通信キャリアと戦略的提携を結び、国家級のデータセンタープロジェクトに食い込んでいます。

 米国の輸出規制によってNVIDIAの最先端チップが入手困難な中国市場において、ゲームからデータセンター、巨大AIの学習までをカバーできる同社の存在感は、今後さらに高まっていくと見られています。

 ムーア・スレッズは、「NVIDIAの製品ラインナップとソフトウェアの仕組みを、最も忠実に、かつ高い技術力で国内向けにローカライズ(内製化)している企業」と言えます。

元NVIDIA中国代表が設立した中国のGPU新興企業です。AI計算と3Dグラフィックスを両立するフル機能GPUが強み。NVIDIAからの容易なコード移行や巨大AIシステムを展開し、国内の代替需要を強力に牽引しています。

なぜ黒字化出来たのか

 ムーア・スレッズが今回の四半期決算で初の黒字化を達成できた理由は、主に「儲かる仕組みへのシフト」「NVIDIA規制による追い風」「上場による信頼獲得」の3点に集約されます。

1. 「儲かるビジネス」への転換(システム販売へのシフト)

 これまではパソコン向けの単体グラフィックスカード(GPU)の販売が中心でしたが、現在は数千〜数万基のGPUを高速ネットワークでつなぐ巨大なAI計算クラスター「誇父(KUAE)」をシステムとして丸ごと売るビジネスへシフトしました。

  • 案件の大型化:2026年3月にも1件で6.6億元(約100億円超)という超大型のシステム受注を獲得しています。
  • 高い利益率:システムやソフトウェアを含めたパッケージ販売にしたことで、売上総利益率(毛利率)が65.57%という極めて高い水準に跳ね上がり、利益が出やすい体質になりました。

2. 米国の輸出規制による「NVIDIA代替需要」の爆発

 米国の厳しい輸出規制(およびさらなる規制強化の動き)により、中国のテック大手やクラウド事業者はNVIDIAの最先端AIチップ(H100やB200など)を正規ルートで買えなくなりました。

  • そこで、国内で唯一「グラフィックスもAI計算もこなせるフル機能GPU」を持ち、NVIDIAからのコード移行ツール(Musify)を用意しているムーア・スレッズに、「背に腹は代えられない」国内企業の注文が殺到しました。

3. 上場(IPO)による社会的信用と国策案件の獲得

 同社は2025年12月に上海証券取引所(科創板)へのスピード上場を果たしました。

  • これにより「中国のAI半導体のエース」としての地位と信頼性が公に認められた形となり、カネ回りが良く、かつ国産化が絶対命題である「政府系プロジェクト」や「国営通信キャリア(チャイナモバイル等)」の大口インフラ案件を次々と勝ち取ることができるようになりました。

 NVIDIAが締め出された巨大な中国市場で、最も乗り換えやすい『高利益なAIシステム一式』を、上場というお墨付きを得て国策プロジェクト等に大量に売りさばいたかため、黒字化を達成しています。

米国の輸出規制を背景に国内のNVIDIA代替需要が激増したこと、さらに利益率の高い巨大AI計算クラスターのシステム販売へとシフトし、政府や大手通信キャリアから超大型案件を相次いで獲得したためです。

NVIDIAとの性能差はどれくらいなのか

 ムーア・スレッズのGPUとNVIDIAの最先端GPUとの性能差を比較すると、結論から言えば「ハードウェアの世代としては約2〜3世代(3〜5年分)の遅れ」、そして「ソフトウェアのエコシステムにはまだ大きな溝がある」というのが客観的な現状です。

1. 一般向けグラフィックス(PC・ゲーム)性能

  • 比較対象:ムーア・スレッズの「MTT S80」や最新の「MTT S90」
  • NVIDIAとの差RTX 3060 〜 RTX 4060(ミドルレンジ層)と同等
  • 現状:初期はドライバーの最適化不足でカタログスペック倒れと言われていましたが、現在は「DirectX 12 Ultimate」やハードウェア・レイトレーシングへの対応が進み、実用的なゲームプレイやグラフィック処理において、NVIDIAの数年前の普及モデルに比肩するレベルまで進化しています。

2. AI・データセンター(計算)性能

  • 比較対象:AI特化型の「MTT S4000」など
  • NVIDIAとの差単体性能ではA100(1世代前)に迫るが、H100やBlackwell(B200)には遠く及ばない
  • 現状:中国国内の大規模言語モデル(LLM)の推論や、中規模な学習であれば実用的なパフォーマンスを発揮します。しかし、NVIDIAの最先端(H100/H200や最新のB200)と比べると、生のスループットや電力効率で大きな差があります。
  • 通信帯域の壁:AIクラスターを組む際、GPU同士を繋ぐネットワーク帯域(NVIDIAの「NVLink」にあたる技術)の通信速度において、NVIDIAの圧倒的な速度にはまだ追いついていません。

性能差を生み出している「2つの構造的要因」

① 製造プロセス(ハードウェアの壁)

 米国の制裁(輸出規制)の影響により、最先端のファウンドリ(台積電など)での製造アクセスが制限されています。

 NVIDIAが3nm〜4nmの極微細プロセスでチップを製造しているのに対し、ムーア・スレッズは5nm〜7nmプロセスに留まらざるを得ず、これがチップの集積度や電力効率の物理的な差に直結しています。

② ソフトウェアエコシステム(CUDAの壁)

 世界中のAI研究者や開発者は、NVIDIAが20年かけて築き上げた「CUDA」という開発環境に完全に依存しています。ムーア・スレッズは独自アーキテクチャ「MUSA」と自動コード変換ツール「Musify」を用意して、NVIDIA向けコードをそのまま動かせる工夫をしていますが、NVIDIAの純正ライブラリ(cuDNNやTensorRTなど)が実現している「極限までの最適化」に比べると、ソフトウェア処理の無駄を排除しきれていません。

 NVIDIAを「100」とした場合、ムーア・スレッズの単体性能は「30〜50」程度というのが冷徹な評価です。

 しかし、「NVIDIAの最先端が絶対に入手できない」という現在の中国市場の特殊な環境下においては、数世代遅れであっても「自国で調達でき、かつ実用レベルで動くフル機能GPU」であるため、その性能差を補って余りある商業的価値を発揮しています。

性能はNVIDIAの3〜5割程度で、数世代(3〜5年分)の遅れがあります。米規制による先端プロセス制限という物理的壁に加え、基盤となるCUDAエコシステムや通信帯域の面でも大きな溝があります。

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