この記事で分かること
・新大コシヒカリとは何か:高温耐性を持つ新しいコシヒカリの品種
・どのように新品種が生み出されるのか:伝統的な交配、突然変異、ゲノム編集、品種選抜などの手法があり、新大コシヒカリは品種選抜が利用されるています。
新大コシヒカリについて
新潟大学農学部の三ツ井敏明教授らが約20年の歳月をかけて開発した、高温耐性を持つ新しいコシヒカリの品種である新大コシヒカリ(品種名:コシヒカリ新潟大学NU1号)がニュースになっています。

近年の地球温暖化により、従来のコシヒカリは猛暑による品質低下が問題となっていました。
この課題を解決し、新潟の農業に貢献するため、三ツ井教授らは稲のデンプン合成と分解のバランスに着目し、遺伝子組み換えではなく、稲が本来持つ環境適応力を引き出すことで、高温・高CO₂耐性を有する新品種の開発に成功しています。
そもそも米はどんな気候に適しているのか
米(イネ)の生育に適した気候は、以下のような条件が揃った環境です。
1. 気温
- 生育適温: 20~30℃
- 発芽適温: 10~35℃(最適は30℃前後)
- 登熟期(穂が実る時期): 20~25℃が理想
- 35℃以上の高温が続くと、登熟不良(白未熟米の増加)や食味の低下が起こる
2. 降水量・水分
- 年間降水量: 1000~2000mmが理想(日本は適している)
- 田植え~生育初期: たっぷりの水が必要
- 登熟期(実を太らせる時期): 適度な水分が必要(ただし過剰な水は品質低下の原因)
3. 日照時間
- 光合成に必要な日照時間: 1日6時間以上が理想
- 登熟期の日照不足: 米の品質低下(未熟米が増える)を招く
4. 土壌
- 水持ちがよく、養分を豊富に含む土壌(粘土質やシルト質の土壌)が理想
- **pH 5.5~6.5(やや酸性)**が適している
5. 風・気象条件
- 台風や強風による倒伏を避けるため、適度な風通しが理想
- 晩霜(春先の低温)は生育に悪影響

日本の温暖湿潤な気候は米作りに適しているものの、近年の気温上昇や異常気象(猛暑、豪雨、台風など)が収量や品質に影響を与えているため、新しい品種(高温耐性品種など)の開発が進められています。
どうやって猛暑に強い品種を作り出せるのか
猛暑に強い(高温耐性のある)イネの品種は、主に以下のような方法で作り出されます。
1. 交配育種(品種改良)
異なる性質を持つイネ同士を掛け合わせ、望ましい性質(高温耐性)を持つ品種を選抜する伝統的な方法。
- 手順
- 高温に強い品種(例えば熱帯地域の品種)と、日本の美味しい品種を交配
- できた種を育て、暑さに強く、かつ食味の良いものを選抜
- 数世代繰り返して、安定した新品種を作る
- 例:「日本晴」と「IR36」などを掛け合わせ、高温に強い品種を作る
2. 突然変異育種
イネの種子に放射線や化学物質を当てて遺伝子変異を誘発し、高温耐性を持つ個体を選ぶ方法。
- 手順
- 放射線(ガンマ線など)を種子に照射
- 変異したイネを育て、高温に強いものを選ぶ
- 性質が安定するまで世代を重ねる
- 例:「ミルキークイーン」の突然変異で高温耐性を持つ品種を発見
3. ゲノム編集
特定の遺伝子をピンポイントで改変し、高温に強いイネを作る技術。遺伝子組み換えとは異なり、外来遺伝子を入れないため規制が少ない。
- 手順
- 高温に弱い原因となる遺伝子を特定
- その遺伝子をCRISPR-Cas9などで改変
- 作られたイネを育てて、高温耐性を確認
- 例:登熟時のデンプン合成を強化する遺伝子を改変し、高温でも良質な米ができるようにする
4. 環境適応力を活かす品種選抜(新大コシヒカリの方法)
イネが本来持つ遺伝的多様性を活用し、高温耐性の強い個体を選んで品種化する。
- 手順
- 過去の品種や野生種の中から高温に強いものを探す
- それを掛け合わせたり、適応力のある個体を育てる
- 数世代かけて安定した品種を作る
- 例:新大コシヒカリ(コシヒカリの特性を保ちつつ高温に強い品種)
5. 栽培技術の工夫(品種改良以外の対策)
- 田植え時期をずらし、猛暑を避ける
- 日照を調整する遮光システムの導入
- 高温時でも稲がしっかり養分を蓄える肥料設計

品種改良の方法には、伝統的な交配、突然変異、ゲノム編集、自然選抜などがあり、それぞれの技術を組み合わせながら高温に強く、美味しい品種が作られています。最近では、新大コシヒカリのように遺伝子組み換えを使わずに自然の適応力を活かす方法も注目されています。
品種改良と品種選抜はどう違うものか
品種改良と品種選抜は、どちらも作物の特性を向上させる方法ですが、アプローチが異なります。
1. 品種改良(Breeding)
特定の目的(例えば高温耐性や食味向上)を持って、異なる品種を交配し、新しい品種を作る方法。
- 異なる品種を掛け合わせる(交配)
- 数世代にわたって選抜と交配を繰り返す
- 新しい遺伝的組み合わせを作り出す
- 育成に時間がかかる(通常10年以上)
例
- コシヒカリ:親(農林22号 × 農林1号)を交配して誕生
- あきたこまち:コシヒカリ × 早生品種を交配
2. 品種選抜(Selection)
同じ品種の中から、自然に発生した優れた個体を選んで品種化する方法。
- 交配はしない(自然にできた変異を利用)
- すでにある品種の中で、特に優れたものを選ぶ
- 品種の遺伝的背景はほぼ変わらない
- 比較的短期間で育成可能(数年~10年以内)
例
- 新大コシヒカリ:コシヒカリの中から高温耐性のある個体を選抜
- ササニシキBL:ササニシキの中で病気に強いものを選抜

どちらも農業の発展に欠かせない技術で、品種改良は「新しい品種を作る」、品種選抜は「既存の品種をより良くする」と技術という違いがあります。
米以外の食物でも猛暑対策は検討されているのか
米以外にも、以下のような食物で猛暑(高温ストレス)に対応するための品種開発が進んでいます。
① 小麦(高温に強い品種)
- 高温耐性品種「ゆめちから」(日本)
- 小麦は登熟期(実が膨らむ時期)に高温だと品質が低下する
- 北海道で「ゆめちから」という耐暑性品種を開発
- グルテンが多く、パン用小麦として有望
- 「熱波耐性小麦」(オーストラリア・メキシコ)
- メキシコのCIMMYT(国際トウモロコシ・小麦改良センター)が高温・乾燥に強い遺伝子を持つ品種を開発
- 45℃でも成長可能な品種が誕生
② トウモロコシ(高温・乾燥耐性品種)
- 「DroughtGard®」(アメリカ)
- モンサント(現バイエル)が開発
- 遺伝子組み換えにより、乾燥や高温でも成長できるトウモロコシを開発
- アフリカ向け耐熱トウモロコシ
- CIMMYTがアフリカ向けに高温でも育つ品種を開発
- 40℃の環境下でも収穫量を確保
③ 大豆(高温耐性・早生品種)
- 「サチユタカ」「フクユタカ」(日本)
- 高温による未熟種子(青立ち)を防ぐ品種
- 早めに収穫できるため、高温の影響を受けにくい
- 「耐暑性GM大豆」(アメリカ・ブラジル)
- 遺伝子組み換えで、高温環境下でも収量を維持する品種が開発
④ 野菜(トマト・レタス・キャベツ)
- 「熱中症に負けないトマト」(日本)
- 高温でも花が落ちず、果実がつく品種(カゴメなどが開発)
- 「高温耐性レタス」(アメリカ)
- 30℃以上でも結球しやすい品種が開発
- 「耐暑キャベツ」(日本)
- 40℃近くでも生育する品種を開発(タキイ種苗)

様々な食物で、耐暑性の高い品種を交配・選抜が行われています。
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