この記事で分かること
・偏光フィルムとは:特定の方向に振動する光(偏光)のみを透過させ、それ以外の方向の光を遮断するフィルムです。
・偏光フィルムの利用例:液晶ディスプレイやサングラス、カメラ用偏光フィルター、3Dメガネなどに利用されています。
・ヨウ素系偏光フィルムが偏光性に優れる理由:ヨウ素分子が持つ光の吸収における方向依存性(二色性)と、PVAフィルムの延伸によってヨウ素分子が規則正しく一方向に配列することの組み合わせによるものです。
偏光フィルム
富士キメラ総研によると、機能性フィルム市場は堅調な成長を見せる予想とされています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00746076
2023年の市場規模は約282億4,000万米ドルで、2030年には476億4,000万米ドルに達すると見込まれており、年平均成長率(CAGR)は7.75%とする予想もあります。
前回の記事では、光学特性フィルムのうち「反射防止」、「光拡散」の機能をもつ光学特性フィルムについて解説しました。今回は「偏光性」を持つフィルムについての記事となります。
機能性フィルムとは何か
機能性フィルムとは、特定の機能や性能を付加した薄いフィルム状の素材のことです。通常の包装やカバーなどの役割に加え、以下のような高度な機能を持たせることで、さまざまな産業分野で活用されています。
■ 主な機能
- 光学機能:反射防止(AR)、光拡散、偏光など
- 電気的機能:導電性、絶縁性、帯電防止
- バリア性:酸素、水蒸気、紫外線の遮断
- 接着・剥離性:再剥離可能な粘着性
- 装飾性:意匠性、色変化、光沢感など
- 自己修復性や抗菌性、難燃性を持つものもあります。
偏光フィルムとは何か
偏光フィルムは、特定の方向に振動する光(偏光)のみを透過させ、それ以外の方向の光を遮断するフィルムです。
偏光の原理
通常の光は、あらゆる方向に振動する電磁波です。偏光フィルムには、特定の方向に並んだ微細な分子の鎖が含まれています。
この分子鎖と平行な方向に振動する光は吸収され、垂直な方向に振動する光のみが透過します。これにより、フィルムを通過した光は特定の方向に振動する偏光となります。
偏光フィルムの種類
- ヨウ素系偏光フィルム: ポリビニルアルコール (PVA) フィルムをヨウ素で染色し、延伸することで作られます。偏光性能が高く、一般的な用途に広く用いられています。
- 染料系偏光フィルム: ヨウ素の代わりに染料を用いて偏光機能を持たせたフィルムです。ヨウ素系に比べると偏光性能はやや劣りますが、耐熱性・耐久性に優れています。
- ワイヤーグリッド偏光フィルム: ガラスや樹脂基板上に、光の波長よりも微細な金属製の格子状構造を形成したものです。特定の波長の光に対して高い偏光性能を発揮します。

偏光フィルムには、特定の方向に並んだ微細な分子の鎖が含まれており、この分子鎖と平行な方向に振動する光は吸収され、垂直な方向に振動する光のみが透過します。
これによって、特定の方向に振動する偏光だけを通過させたり、遮断することができます。
偏光フィルムはどんな用途で利用されるのか
偏光フィルムは、光の特定の振動方向のみを透過させる性質を利用して、以下のような様々な用途で活用されています。
偏光フィルムの利用例
- 液晶ディスプレイ (LCD): 液晶パネルの光の透過・遮断を制御し、画像を表示するために不可欠な部品です。
- 偏光サングラス: 路面や水面からの反射光に含まれる水平方向の偏光をカットし、眩しさを軽減して視界をクリアにします。
- カメラ用偏光フィルター: 水面やガラスの反射を除去したり、空の色をより鮮やかにしたりする効果があります。
- 3Dメガネ: 左右の目に異なる偏光の映像を届けることで、立体的な映像を可能にします。
- タッチパネル: 表面の反射を抑え、視認性を向上させるために使用されることがあります。
- その他: 光学実験、照明器具、自動車の窓ガラスなど、様々な分野で利用されています。
偏光フィルムの選び方
用途によって適切な偏光フィルムの種類や特性が異なります。
- 透過率: 透過する光の量を表します。用途に合わせて適切な透過率のフィルムを選ぶ必要があります。
- 偏光度: どの程度完全に偏光された光を取り出せるかを示す指標です。高いほど性能が良いですが、透過率は低くなる傾向があります。
- 耐久性・耐候性: 屋外で使用する場合や、高温多湿な環境で使用する場合は、耐久性・耐候性の高いフィルムを選ぶ必要があります。
- 色: 特定の色に着色された偏光フィルムもあります。用途に応じて適切な色を選ぶことができます。
偏光フィルムは、私たちの生活の様々な場面で、より快適で高画質な視覚体験を提供するために重要な役割を果たしています。

光の特定の振動方向のみを透過させる性質を利用して、液晶ディスプレイやサングラス、カメラ用偏光フィルターなどに利用されています。
ヨウ素系偏光フィルムの偏光性能が高い理由は何か
ヨウ素系偏光フィルムが偏光性に優れる主な理由は、以下の2点にあります。
ヨウ素分子の二色性
ヨウ素分子は、特定の方向に振動する光を強く吸収する性質(二色性)を持っています。ヨウ素分子に光が当たると、その分子の長軸方向と平行な電場を持つ光のエネルギーを効率よく吸収します。
一方、長軸方向と垂直な電場を持つ光は、あまり吸収されずに透過するため、偏光性を持つことが可能です。
PVAフィルムの延伸によるヨウ素分子の配向:
ヨウ素系偏光フィルムは、ポリビニルアルコール(PVA)という高分子フィルムにヨウ素を吸着させ、その後延伸(引き伸ばす)することで製造されます。
PVAフィルムを延伸する際に、吸着していたヨウ素分子もフィルムの延伸方向に沿って一方向に配向します。
その結果、フィルム全体として、特定の方向の光を吸収し、垂直な方向の光を透過させる性質を持つようになります。

ヨウ素系偏光フィルムが高い偏光性を示すのは、ヨウ素分子が持つ光の吸収における方向依存性(二色性)と、PVAフィルムの延伸によってヨウ素分子が規則正しく一方向に配列することの組み合わせによるものです。
なぜ、ヨウ素は特定の光を吸収するのか
ヨウ素が特定の光を吸収する主な理由は、その電子構造と光との相互作用にあります。
ヨウ素分子は、可視光領域に電子遷移を起こすエネルギー差を持つため、可視光を吸収します。特に、ヨウ素分子の主要な吸収帯は青色から緑色の領域にあり、この波長の光が強く吸収されるため、透過光や反射光は補色である黄色や褐色に見えます。
ヨウ素分子の電子遷移
- ヨウ素原子は、外側の電子殻に多くの電子を持っています。ヨウ素が二原子分子 (I2) を形成すると、これらの原子軌道が組み合わさって新たな分子軌道が形成されます。
- 光がヨウ素分子に当たると、その光のエネルギーがヨウ素分子内の電子に伝わり、電子はより高いエネルギー準位の空いた分子軌道へと励起されます。
- この電子遷移が起こるためには、入射する光のエネルギーが、電子が遷移する前後のエネルギー準位の差とちょうど等しい必要があります。
エネルギー (E)、プランク定数 (h)、光の振動数 (ν)、光速 (c)、波長 (λ) の間には
E=hν=hc/λ の関係があります。
したがって、特定のエネルギー差を持つ電子遷移は、特定の波長の光(つまり特定の色)を吸収することに対応します。
二色性 (Dichroism)
ヨウ素分子は、その分子の軸方向と平行な電場を持つ光と、垂直な電場を持つ光とで、吸収の度合いが異なります。この性質を二色性といいます。
ヨウ素系偏光フィルムでは、ポリビニルアルコール (PVA) フィルムを延伸する際に、ヨウ素分子がフィルムの延伸方向に沿って一方向に配向します。
その結果、ヨウ素分子の長軸方向と平行な振動方向を持つ光は強く吸収され、垂直な振動方向を持つ光は比較的透過しやすくなります。これが偏光フィルムとして機能する原理であり、ヨウ素の高い偏光吸収能を示しています。
電荷移動遷移
ヨウ素を含む分子や錯体では、光吸収によって電荷が分子内の異なる原子や部分に移動する電荷移動遷移が起こることがあります。これも特定の波長の光を吸収する原因となります。

ヨウ素が特定の光を吸収するのは、その特有の電子構造に起因する電子遷移と、分子の形状や配向による光との相互作用の異方性(二色性)によるものです。
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