この記事で分かること
- インジウムリン基板とは:インジウムとリンの化合物半導体でできた基板です。光を効率よく生成・検出でき、電子移動度も高いため、光通信のレーザーや受光素子、高速トランジスタなどに使われます。
- 光デバイスに適している理由:インジウムリン基板は半導体の電子が光を吸収・放出する際に、運動量の変化を伴わずに直接エネルギー状態を遷移できる性質を持っています。これにより光との相互作用効率が高く、LEDやレーザーなどの発光デバイスに適しています。
- 光電融合技術とは:電気信号を扱う電子技術と、光信号を扱う光技術を一体化させる次世代技術です。電気信号の課題を解決し、高速・大容量・低消費電力なデータ通信を実現できます。
JX金属インジウムリン基板の生産能力増強
JX金属は2025年7月23日、光通信に不可欠な結晶材料であるインジウムリン(InP)基板の生産能力を、現在の約2割増強すると発表しました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8a81edd8a2fdb52dbfac8e099a0c2e3734754830
InP基板は、光通信の受発光素子のほか、ウェアラブル端末の近接センサー、産業用イメージセンサーなど、幅広い分野で用いられる高機能な化合物半導体材料です。世界的なインジウムリンウエハー市場も、2023年に1億6,150万米ドルと評価され、2032年までに5億1,572万ドルに達すると推定されており、今後も成長が見込まれています。
インジウムリン基板とは何か
インジウムリン(InP)基板とは、インジウム(In)とリン(P)からなる化合物半導体材料でできた基板のことです。一般的な半導体のシリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)とは異なる特性を持ち、特に高速・大容量の光通信や高周波デバイスにおいて重要な役割を担っています。
主な特徴
- 高い電子移動度と飽和電子速度: シリコンやガリウムヒ素と比較して、電子が材料中を移動する速度が速く、より高い周波数での動作が可能です。これが、高速通信や高周波デバイスに適している理由です。
- 直接遷移型半導体: InPは「直接遷移型」という特性を持っています。これは、光を効率よく吸収・放出できる性質を意味します。この特性により、半導体レーザーや光検出器(受光素子)といった光デバイスの材料として非常に優れています。
- バンドギャップと波長: InPの直接遷移バンドギャップは、光通信で伝送損失が最も少ない波長帯(1.3µm帯や1.55µm帯)の光を扱うのに適しています。
- 他の材料との相性: InP基板上には、ヒ化インジウムガリウム(InGaAs)やインジウムガリウムヒ素リン(InGaAsP)といった材料をエピタキシャル成長(結晶を薄く積み重ねる技術)させることができ、様々な光デバイスの作製が可能です。
- 高周波特性: 90GHz以上のミリ波帯で発振するデバイスにも活用されています。
- 加工の難しさ: InPは、結晶の熱伝導率が低いため温度制御が難しく、高品質な単結晶を成長させることが比較的難しいとされています。
主な用途
InP基板は、その優れた特性から、以下のような幅広い分野で利用されています。
- 光通信:
- 発光素子(半導体レーザー): データセンターや通信網で光信号を生成するために不可欠です。
- 受光素子(光検出器): 光信号を電気信号に変換するために使用されます。
- 光通信モジュール: 受発光素子を組み合わせた部品で、高速データ通信を支えます。
- 光電融合技術: 今後の発展が期待される、光と電気の技術を融合した新しいデバイスにも利用されます。
- 高周波デバイス:
- 基地局: 5G/Beyond 5Gなどの次世代通信システムにおいて、高速・大容量通信を実現する上で重要です。
- 高電子移動度トランジスタ(HEMT): 高周波信号の増幅などに用いられます。
- センサー:
- 近接センサー: ウェアラブル端末などに利用されます。
- 産業用イメージセンサー
- 衝突防止センサー(車載LiDARなど): 目に安全な波長のレーザーレーダーを実現できます。
- 水分センサー、分光器、輻射温度計測器: 特定の赤外光に透明である特性を活かして利用されます。
近年では、生成AIの普及やデータセンターの需要拡大に伴い、高速・大容量通信のニーズが急増しており、InP基板の重要性はますます高まっています。

インジウムリン(InP)基板は、インジウムとリンの化合物半導体でできた基板です。光を効率よく生成・検出でき、電子移動度も高いため、光通信のレーザーや受光素子、高速トランジスタなどに使われます。生成AIや5G/Beyond 5Gの普及に伴う高速・大容量通信の需要増で重要性が高まっています。
直接遷移型半導体とは何か
「直接遷移型」とは、半導体の電子のエネルギーバンド構造における、電子が光を吸収・放出する際の効率的な遷移メカニズムを指します。
半導体中では、電子が「価電子帯」と呼ばれる低いエネルギーのバンドに存在し、光などのエネルギーを受けると「伝導帯」と呼ばれる高いエネルギーのバンドに励起されます。この逆の過程で、伝導帯の電子が価電子帯の空いた部分(正孔)と再結合する際に、エネルギーを光として放出することがあります。
直接遷移型半導体と間接遷移型半導体の違いは、この電子のエネルギーと運動量(波数)の関係にあります。
- 直接遷移型半導体:
- 伝導帯のエネルギーの最低点と、価電子帯のエネルギーの最高点が、同じ運動量(波数)に位置しています。
- そのため、電子が光を吸収したり放出したりする際に、運動量の変化を伴わずに直接遷移することができます。
- この「直接」という性質により、光を吸収したり放出したりする効率が非常に高く、発光デバイス(LEDや半導体レーザー)や光検出器に適しています。
- 例:インジウムリン(InP)、ガリウムヒ素(GaAs)、窒化ガリウム(GaN)など。
- 間接遷移型半導体:
- 伝導帯のエネルギーの最低点と、価電子帯のエネルギーの最高点が、異なる運動量(波数)に位置しています。
- 電子が光を吸収したり放出したりする際に、光子(光の粒子)だけでなく、フォノン(結晶格子の振動エネルギー)の助けも借りて運動量を変化させる必要があります。
- このため、直接遷移型に比べて光の吸収・放出効率が低く、発光デバイスには不向きです。
- しかし、電子デバイス(トランジスタなど)の材料としては広く使われています。
- 例:シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)など。
インジウムリン基板が光通信に不可欠な理由の一つは、この直接遷移型であるという特性にあります。光信号を効率よく生成し、また検出することができるため、高速・大容量の光通信システムにおいて中心的な役割を担っています。

直接遷移型とは、半導体の電子が光を吸収・放出する際に、運動量の変化を伴わずに直接エネルギー状態を遷移できる性質です。これにより光との相互作用効率が高く、LEDやレーザーなどの発光デバイスに適しています。
光電融合技術とは何か
光電融合技術(Photon-Electronics Integration)とは、電気信号を扱う電子技術と、光信号を扱う光技術を一体的に融合させる次世代の情報通信基盤技術です。
これまで、コンピューター内部や短距離の通信では電気信号が、長距離の通信では光信号が主に使われてきました。しかし、AIやIoTの普及、データセンターの拡大に伴い、情報処理量が爆発的に増加し、従来の電気信号だけでは以下のような問題が生じています。
- 消費電力の増大: 電気信号は伝送する際に熱を発生し、これが消費電力の大きな要因となります。データセンターの電力消費は深刻な問題となっています。
- 熱問題: 発熱はデバイスの性能低下や故障の原因となり、冷却のためのコストもかさみます。
- 伝送速度の限界と遅延: 電気信号の伝送速度には限界があり、長距離や高密度な配線では遅延が大きくなります。
光電融合技術は、これらの課題を解決するために注目されています。
仕組みとメリット
- 光の高速性・低消費電力性: 光は電気に比べて非常に高速で、発熱が少なく、低消費電力でデータを伝送できます。
- 高密度集積: 光技術と電子技術を一つのチップやパッケージに統合することで、デバイスの小型化と高密度化を実現します。
- ボトルネックの解消: 特にデータセンター内のサーバー間通信など、これまで電気配線がボトルネックとなっていた部分に光伝送を適用することで、大容量化と省電力化を図ります。
- 多様な材料の組み合わせ: シリコン(Si)だけでなく、インジウムリン(InP)などの化合物半導体も活用し、それぞれの材料が持つ優れた特性を適材適所で組み合わせることで、高性能なデバイスを開発します。
主な応用分野
- データセンター: サーバー間の高速通信や、データ処理における大幅な省電力化に貢献します。NTTのIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想では、データセンターの消費電力40%削減を目標としています。
- 次世代通信(5G/6G): 超高速・低遅延のネットワークを構築するための基盤技術となります。
- AI・高性能コンピューティング(HPC): AIの計算処理の効率向上、学習やシミュレーションの高速化に貢献します。
- 自動運転・医療DX: 超低遅延な通信が求められる分野での応用が期待されています。
光電融合技術は、今後のデジタル社会を支える非常に重要な技術として、世界中で研究開発が進められています。

光電融合技術は、電気信号を扱う電子技術と、光信号を扱う光技術を一体化させる次世代技術です。電気信号の課題(発熱、消費電力、速度限界)を解決し、高速・大容量・低消費電力なデータ通信を実現できます。データセンターやAI、5G/6Gなど、情報社会の基盤を支えます。
光電融合技術の課題は
光電融合技術は次世代の情報通信基盤として大きな期待を集めていますが、実用化と普及に向けては以下のようないくつかの重要な課題があります。
製造コストの高さ
- 光デバイスは電子デバイスに比べて製造プロセスが複雑で、高い精度が求められるため、現状では製造コストが高くなりがちです。特に、シリコン(Si)とインジウムリン(InP)などの異なる材料を組み合わせる「異種材料融合」は、高度な技術と設備が必要で、コスト上昇の要因となります。
- 量産技術の確立とコストダウンが、普及に向けた最大の課題の一つです。
集積化技術の確立
- 光回路と電子回路を一つのチップやパッケージに高密度に集積する技術(Co-Packaged Optics: CPOなど)はまだ発展途上にあります。
- 光信号と電気信号の変換をプロセッサーのできるだけ近くで行う「チップレット間光接続」なども含め、最適な集積方法や実装技術の開発が必要です。
- 光と電子のインターフェース部分での信号損失を最小限に抑える技術も重要です。
熱管理と信頼性の確保
- 光デバイスは発熱が少ないとはいえ、光の吸収や変換過程で発生する熱の管理は依然として重要です。特に、高密度に集積された場合、熱がデバイスの性能や寿命に影響を与える可能性があります。
- 光デバイスは電子デバイスに比べて熱や振動に弱く、壊れやすい傾向があるため、長期的な使用における信頼性の確保と耐久性の向上が求められます。
標準化の遅れ
- 光電融合技術は多様な企業や研究機関がそれぞれ独自に開発を進めている段階であり、まだ統一された業界標準が確立されていません。
- 異なるベンダー間の製品の互換性を確保するためには、共通の規格やインターフェースの標準化が不可欠です。
技術的な複雑さと人材育成
- 光と電気の両方の専門知識が必要となるため、開発や製造、さらにはメンテナンスにおいても高度なスキルを持つ人材が求められます。
- 技術的な複雑さから、開発期間の長期化や予期せぬ技術的課題に直面する可能性もあります。
これらの課題を克服するためには、さらなる研究開発投資、異分野間の連携、そして国際的な協力が不可欠です。NTTのIOWN構想をはじめとする取り組みが、これらの課題解決に向けて重要な役割を担っています。

光電融合技術の課題は、高コストな製造、光と電子を高密度に集積する技術の確立、発熱対策を含む信頼性確保、そして業界標準化の遅れです。これらを解決し、量産化と普及を進める必要があります。
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