この記事で分かること
- 従来の精錬方法:主に鉱石を1000℃以上の高温でか焼後、硫酸で浸出して炭酸リチウムを沈殿させる方法、または塩湖かん水を天日蒸発で濃縮する方法が一般的です。どちらも多くのエネルギーと時間を要するプロセスです。
- 開発された手法:今回実証されたのは、アルカリ・マイクロ波溶融技術です。これは、リチウム鉱石の製錬で1,000℃以上の熱を必要としたプロセスを300℃程度に低温化し、電化により二酸化炭素排出量を大幅に削減する省エネ技術です。
- マイクロ波で低温化できる理由:鉱石やアルカリ試薬などの特定の物質のみを内部から直接加熱し、化学反応を促進する作用があるため低温化することが可能です。
マイクロ波化学と三井物産の低炭素リチウム鉱石製錬技術
マイクロ波化学と三井物産は、マイクロ波を用いた低炭素リチウム鉱石製錬技術の共同開発契約を締結し、実証試験を進めています。

この取り組みは、リチウム製錬におけるCO₂排出の主要因となっているプロセスを電化し、環境負荷の低い世界初の製錬技術の確立を目指すものです。
従来のリチウムの精製方法は
従来のリチウム精製方法は、主に原料の種類によって大きく2つのルートに分けられます。
1. 鉱石(スポジュミンなど)からの製錬・精製
リチウムを多く含む鉱石、特にスポジュミン鉱石からリチウム化合物を抽出・精製する方法です。マイクロ波化学と三井物産が代替しようとしているのは、主にこのルートの初期工程です。
主要な工程(硫酸か焼-水浸出法)
- 選鉱(グレードアップ)
- 採掘した鉱石を破砕し、重液選鉱、浮選などの物理的な処理で不純物を取り除き、リチウム含有量(品位)を高めた精鉱(Li₂Oとして約6%程度)を得ます。
- か焼(焼成・熱処理)
- 精鉱を1,050℃∼1,150℃の高温で加熱し、スポジュミン鉱石の結晶構造を変換します。この熱処理によって鉱石が酸に溶けやすくなります。
- CO2排出の主要因となる工程であり、マイクロ波化学などがターゲットとしているプロセスです。
- 硫酸処理(焙焼)
- β型に変換された鉱石に濃硫酸を加え、250℃程度でさらに加熱反応させ、リチウムを硫酸リチウム(Li2SO4)として抽出します。
- 浸出・ろ過
- 反応物を水に浸してリチウムを溶かし出し(浸出)、残った不溶性の不純物(主にケイ酸塩)をろ過で取り除き、硫酸リチウム溶液を得ます。
- 不純物除去(中和・沈殿)
- 得られた溶液に存在するアルミニウム(Al)や鉄(Fe)などの不純物を、$\text{pH}$調整(中和)などによって沈殿させて除去します。
- 炭酸化
- 最終的にソーダ灰(Na2CO3)を加え、リチウムを溶解度の低い炭酸リチウム(Li2CO3)として沈殿・回収します。
- 製品化
- 炭酸リチウムをさらに精製したり、水酸化リチウム(LiOH)に変換したりして、電池材料などに使用されます。
2. 塩湖かん水からの精製
南米の塩湖地帯(アタカマ塩湖など)に豊富に含まれるかん水(高濃度の塩水)からリチウムを抽出・精製する方法です。
主要な工程(天日蒸発法)
- かん水採取
- 地下からリチウムを含むかん水をくみ上げます。
- 天日蒸発・濃縮
- くみ上げたかん水を広大な蒸発池(ソーラーポンド)に導き、太陽熱と風の力で水分を蒸発させます。この過程で溶解度の違いを利用し、不純物塩を析出・除去しつつ、リチウム濃度を数か月〜1年以上かけて濃縮します。
- 不純物除去
- 濃縮液からマグネシウム(Mg)やカルシウム(Ca)などの不純物を沈殿剤を用いて除去します。
- 炭酸化
- 濃縮・精製されたリチウム溶液にソーダ灰(Na2CO3)を加え、炭酸リチウム(Li2CO3)として沈殿・回収します。
- 製品化
- 得られた炭酸リチウムをさらに精製するか、水酸化リチウムに変換します。
近年のトレンド(DLE: 直接リチウム抽出法)
近年、環境負荷の低減や生産時間の短縮を目的として、天日蒸発に頼らず吸着剤やイオン交換膜などを利用して、かん水からリチウムを選択的に抽出・濃縮するDLE(Direct Lithium Extraction:直接リチウム抽出)技術の開発・導入が進められています。

従来のリチウム精製は、主に鉱石(スポジュミン)を1000℃以上の高温でか焼後、硫酸で浸出して炭酸リチウムを沈殿させる方法、または塩湖かん水を天日蒸発で濃縮する方法が一般的です。どちらも多くのエネルギーと時間を要するプロセスです。
今回実証された方法は
今回実証された方法は、マイクロ波加熱を用いた低炭素リチウム鉱石製錬技術です。これは、従来の製錬における課題を解決するために開発された革新的なプロセスです。
技術の概要
- 名称: アルカリ・マイクロ波溶融技術(リチウム鉱石精製への応用)
- 目的: リチウム製錬時のCO2排出量とエネルギー消費の大幅な削減。
- 主要プロセス:
- 化学処理(アルカリ試薬)とマイクロ波加熱を組み合わせます。
- これにより、従来1000℃以上必要だった高温プロセス(か焼)を、わずか300℃程度の低温で代替し、リチウム鉱石(スポジュミン精鉱)を溶解可能にします。
従来法との違い
特徴 | 今回実証された方法(マイクロ波加熱) | 従来法(硫酸か焼-水浸出法) |
加熱源 | 電気(マイクロ波) | 化石燃料(バーナーなど) |
反応温度 | 約300∘C(低温) | 1,050∘C∼1,150∘C(超高温) |
環境負荷 | 低炭素(CO2排出量90%以上削減見通し) | 高い(CO2排出の主要因) |
コスト | 低減見通し(設備投資・運用コスト70%程度削減見通し) | 高い |
この技術により、リチウム製錬の省エネルギー化と脱炭素化を同時に実現し、電気自動車(EV)の普及に伴い高まる低環境負荷なリチウムのニーズに応えることを目指しています。

今回実証されたのは、アルカリ・マイクロ波溶融技術です。これは、リチウム鉱石の製錬で1,000℃以上の熱を必要としたプロセスを300℃程度に低温化し、電化により二酸化炭素排出量を大幅に削減する省エネ技術です。
なぜマイクロ波で低温化出来るのか
リチウム精錬においてマイクロ波加熱で低温化が実現できるのは、従来の外部加熱とは根本的に異なる、化学処理と組み合わせた特有の加熱メカニズムを利用しているからです。
最も大きな理由は、マイクロ波による特定の物質への選択的・直接的なエネルギー伝達を利用しつつ、特定の化学反応を促進させている点にあります。
1. 従来の加熱(外部加熱)との違い
特徴 | マイクロ波加熱(今回実証された方法) | 従来のか焼(外部加熱) |
加熱方法 | 内部発熱(直接加熱):マイクロ波を吸収する物質のみが発熱。 | 外部からの伝熱:炉壁→容器→試料の順に熱が伝わる。 |
エネルギー効率 | 高い:必要な部分のみを加熱できる。 | 低い:炉全体や不要な部分も加熱するため、エネルギー損失が大きい。 |
反応促進 | 局所的な活性化や選択的なエネルギー付与による非熱的な効果(化学反応の活性化エネルギー低下など)を利用できる可能性がある。 | 主に熱エネルギーによる反応促進に依存する。 |
2. 「アルカリ・マイクロ波溶融技術」の仕組み
マイクロ波化学などが開発した技術では、リチウム鉱石のスポジュミン精鉱に対して、特定量のアルカリ(塩基)試薬(融材)を混ぜてマイクロ波を照射します。
- 選択的・直接加熱: 混合物の中で、マイクロ波を吸収しやすい特定の物質(おそらくアルカリ試薬や鉱石の一部)が選択的に、かつ内部から直接加熱されます。これにより、反応に必要な熱エネルギーが効率よく供給されます。
- 化学反応の促進: マイクロ波加熱によって生成される局所的な高温点や、マイクロ波が分子の振動に影響を与えることによって、従来の熱だけでは1,00℃以上必要だったスポジュミンの結晶構造の変換(αからβ型)を300℃という低い温度で効率的に進めることができます。
- 結晶構造の変換: 従来の製錬では、低温では酸に溶けにくいα型スポジュミンを、熱の力でβ型に変換することが必須でした。この変換を化学試薬の作用とマイクロ波のエネルギーの組み合わせにより、はるかに低い温度で実現できるため、全体として必要な温度が大幅に低下します。
このように、単にマイクロ波で加熱するのではなく、特定の化学処理と組み合わせることで、従来の高温で力任せに行っていた工程を、低温で効率的に達成しているのが低温化の主要な理由です。

マイクロ波は、鉱石やアルカリ試薬などの特定の物質のみを内部から直接加熱し、化学反応を促進する作用があるため低温化することが可能です。
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