この記事で分かること
- 低真空SEMとは:試料室に少量のガスを残すことで、電子ビームにより発生したプラスイオンが、試料表面の静電気(チャージ)を打ち消す仕組みのSEMです。金コーティングが不要なため、プラスチックや生物試料をありのままで観察できます。
- チャージアップとは:絶縁体は電気を通さないため、照射された電子が逃げ場を失って表面に蓄積されます。この溜まったマイナス電気が後から来る電子ビームを反発させ、軌道を乱したり異常な発光を引き起こしたりするのがチャージアップです。
- 解像度がやや劣る理由:試料室に残されたガス分子に電子ビームが衝突し、光が霧で遮られるようにビームが散乱して広がるためです。これにより、ビームを一点に絞る能力が低下し、画像にノイズが混じることで細部の鮮明さが失われます。
低真空SEM
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は低真空SEMに関する記事となります。
低真空SEMとは何か
低真空SEM(低真空走査電子顕微鏡)とは、試料室の空気を完全には抜かず、わずかにガス(空気や水蒸気)を残した状態で観察ができる特別なSEMのことです。
通常のSEM(高真空)では観察が難しかった「電気が流れないもの」や「水分を含むもの」を、そのままの姿で見ることができます。
なぜ「空気が少しある」といいのか(仕組み)
低真空SEMの最大の特徴は、残したガス分子が「電荷(チャージ)の中和」を助けてくれる点にあります。
- チャージアップの防止:プラスチックなどの絶縁体に電子を当てると、電気が逃げ場を失って表面に溜まり、画像が白く光って(チャージアップ)見えなくなります。
- ガスのイオン化:低真空下では、電子ビームが残されたガス分子にぶつかり、ガスをプラスのイオンに変えます。
- 自動消去:このプラスイオンが、試料表面に溜まったマイナスの電子に吸い寄せられて合体し、電気を打ち消してくれます。これにより、導電性コーティング(金や炭素を塗ること)なしでも観察が可能になります。
低真空SEMのメリット・デメリット
| 特徴 | 高真空SEM | 低真空SEM |
| 得意な試料 | 金属、半導体、乾燥試料 | プラスチック、紙、食品、生物 |
| 前処理(金コート) | 必須(絶縁物の場合) | 不要(そのまま見れる) |
| 画質(解像度) | 非常に高い | 若干低下する(ガスで散乱するため) |
| 水分の影響 | 蒸発して形が崩れる | 多少の水分なら維持できる |
用途
- 食品の構造: パンの気泡やクリームの質感などを、油分や水分を保ったまま見る。
- 生体組織: 薬品でガチガチに固めず、なるべく自然な状態で見る。
- 異物解析: コーティングをすると「元の色」や「成分」がわからなくなるため、そのままの状態でEDS分析を行いたいとき。
低真空SEMのおかげで、電子顕微鏡は「硬いもの」だけでなく「柔らかいもの」の世界まで観察できるようになっています。

試料室に少量のガスを残すことで、電子ビームにより発生したプラスイオンが、試料表面の静電気(チャージ)を打ち消す仕組みのSEMです。金コーティングが不要なため、プラスチックや生物試料をありのままで観察できます。
絶縁体がチャージアップする理由は何か
絶縁体がチャージアップ(帯電)する理由は、「流れ込んだ電子の逃げ場がないため」です。
SEMの観察では、常に大量の電子(マイナスの電気)を試料にぶつけ続けています。その結果、絶縁体の表面で以下のような現象が起こります。
1. 電気が「渋滞」する
- 導体(金属など): 電子ビームが当たっても、電子は物質の中を通って台座(グラウンド)へと逃げていきます。
- 絶縁体(プラスチックやセラミックスなど): 電気を通さないため、入ってきた電子がその場に留まってしまいます。次から次へと電子が降ってくるため、表面にマイナスの電気がどんどん蓄積されます。
2. 蓄積された電気がビームを跳ね返す
表面がマイナスに帯電すると、次にやってくる電子ビーム(同じくマイナス)を電気的な反発力(斥力)で追い返してしまいます。
3. 画像に現れる「悪影響」
チャージアップが起こると、以下のような現象が画像に現れます。
- 異常に白く光る: 電子が異常に放出されたり、ビームが曲げられたりして、特定の部分が真っ白に飛びます。
- 像がゆがむ・流れる: 電子ビームの軌道が静電気で曲げられるため、形が伸びたり、グニャリと歪んだりします。
- 像が消える: 帯電がひどいと、ビームが全く試料に届かなくなり、何も見えなくなります。
チャージアップを防ぐ「3つの対策」
この問題を解決するために、現場では以下の工夫をします。
- 導電コーティング: 金(Au)や白金(Pt)、炭素(C)などの薄い膜を表面に蒸着させ、電気の「逃げ道」を作ります。
- 低真空モード: ガス分子をプラスイオン化させて電気を中和します。
- 加速電圧を下げる: ぶつける電子の勢いを弱くし、表面から逃げる電子(二次電子など)の数と、入ってくる電子の数のバランスをとります。

絶縁体は電気を通さないため、照射された電子が逃げ場を失って表面に蓄積されます。この溜まったマイナス電気が後から来る電子ビームを反発させ、軌道を乱したり異常な発光を引き起こしたりするのがチャージアップです。
解像度が少し低下する理由は
低真空SEMで解像度が少し低下する主な理由は、電子ビームがガス分子にぶつかって、ピンボケしてしまうからです。
これを「電子散乱(電子の散らばり)」と呼びます。具体的な原因は以下の3つに分けられます。
1. 電子ビームが「散乱」する
高真空であれば、電子は空気分子に邪魔されず、最短距離を真っ直ぐ進んで一点に集中(フォーカス)できます。
しかし低真空では、道中にガス分子が存在するため、電子ビームの一部がこれらと衝突して四方八方に散らばってしまいます。
- 高真空: ビームが「細い針」のように鋭い。
- 低真空: 散乱した電子が周囲に広がってしまい、ビームが「ぼやけた筆」のようになってしまう。
2. バックグラウンドノイズの増加
電子がガス分子に当たると、試料に届く前に「不要な信号」が発生します。これが画像にザラザラとしたノイズ(砂嵐のような乱れ)として現れ、細かい部分の境界が見えにくくなります。
3. 信号(二次電子)が弱くなる
低真空モードでは、高感度な「二次電子検出器(ET検出器)」が使えないことが多く、代わりに「反射電子」や「低真空用検出器」を使います。
これらは高真空の二次電子に比べると、表面の非常に微細なデコボコを捉える能力が少し低いた め、結果として画像がやや「のっぺり」して見える傾向があります。
解像度をカバーする方法
解像度は少し落ちますが、現場では以下のような工夫でカバーしています。
- ワーキングディスタンス(WD)を短くする: 試料とレンズの距離を極限まで近づけ、電子がガスとぶつかる「距離」そのものを短くします。
- 重いガス(水蒸気など)を避ける: 散乱しにくいガス種を選ぶことがあります。

試料室に残されたガス分子に電子ビームが衝突し、光が霧で遮られるようにビームが散乱して広がるためです。これにより、ビームを一点に絞る能力が低下し、画像にノイズが混じることで細部の鮮明さが失われます。
低真空用検出器とは何か
低真空用検出器とは、「真空度が低い(ガスがある)環境でも効率よく信号をキャッチできるよう設計された特別な検出器」のことです。
通常の高真空SEMで使われる検出器(ET検出器)は、高い電圧をかけるため、ガスがある環境では放電(スパーク)して壊れてしまいます。そのため、低真空環境では全く異なる仕組みの検出器が必要になります。
1. 高感度反射電子検出器(高感度BSE検出器)
低真空観察で最も一般的に使われる方法です。
- 仕組み: 電子ビームがガス分子に当たっても、エネルギーの強い「反射電子」はあまり影響を受けずに直進します。これをレンズのすぐ下に配置されたシリコン半導体素子などで捉えます。
- 特徴: ガスによる散乱の影響を受けにくいため、安定して画像が得られます。ただし、反射電子主体の像になるため、表面の微細な凹凸よりも「物質の組成(重さの違い)」が強調された見え方になります。
2. 気体増幅型検出器(ESED / GSED)
これこそが「低真空ならでは」のユニークな検出器です。
- 仕組み: 試料から飛び出した二次電子を、わざと周囲のガス分子に衝突させます。するとガスが次々と電子を放出し、雪だるま式に信号が増えます(これを気体増幅と呼びます)。
- 特徴: ガスそのものを「増幅器」として利用するため、高真空に近い「二次電子像(表面の形がわかる像)」を得ることができます。
なぜ専用の検出器が必要なのか?
通常、二次電子を回収するには 10kV 程度の高い電圧を検出器にかけますが、低真空下でこれをやるとガスを伝わって雷のような放電が起きてしまいます。低真空用検出器は、この放電を防ぎつつ、少ない信号を効率よく増やす工夫がなされているのです。

低真空下での放電を防ぎつつ、信号を捉えるための装置です。ガス分子との衝突を利用して信号を増幅させる「気体増幅型」や、ガスに邪魔されにくい「反射電子」を捉える高感度センサーなどが用途に応じて使われます。

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