この記事で分かること
1. 過去最大の赤字となった理由
世界的なEVシフトの停滞により、先行投資した生産設備が過剰となったためです。新工場の稼働率が低迷し、将来の収益が見込めないと判断した設備の資産価値を一気に切り下げる「減損損失」を計上したことが主因です。
2. 営業利益が黒字となった理由
在庫調整に目途が立ち、AIサーバーや産業機器向け需要が堅調だったためです。また、歴史的な円安が輸出採算を押し上げたほか、巨額赤字の主因である減損損失が営業外の「特別損失」として処理されたことも影響しています。
3. AIサーバー等に使われるローム製品
電力損失を極限まで抑えるSiC/GaNパワーデバイスが電源ユニットの効率化を支えています。また、独自の超高速制御技術を搭載したDC/DCコンバータICが、48VからGPU等への低電圧降圧と安定供給を省スペースで実現しています。
ローム、過去最大となる1584億円の純損失
ロームが発表した2026年3月期の連結決算は、同社にとって非常に厳しい局面を象徴するものとなりました。過去最大となる1584億円の純損失という数字は、市場に大きな衝撃を与えています。
欧米での補助金削減や充電インフラの遅れにより、テスラをはじめとするEVメーカーの販売が失速しました。これにより、SiCパワー半導体の主要顧客からの発注が抑制されました。また、STマイクロエレクトロニクスやインフィニオン、さらには急速に追い上げる中国勢など、競合他社が莫大な投資を行っており、供給過剰懸念による価格競争も収益を圧迫し始めています。
一方で、今回の減損はキャッシュが外に出ていく赤字ではなく、あくまで帳簿上の処理で業利益は108億円の黒字に転じており、来期以降は利益が出やすい体質になったと捉える見方もあります。
なぜ過去最大の赤字となったのか
ロームが過去最大の赤字を記録した最大の理由は、「次世代パワー半導体(SiC)への巨額投資」が、直近の「EV市場の減速(EVキャズム)」によって裏目に出てしまったことにあります。
単なる「売上の不振」ではなく、将来を見越してつぎ込んだ数千億円規模の資産価値を、今の市場状況に合わせて一気に切り下げざるを得なかったことが響きました。
1. 1936億円の「減損損失」を計上
赤字の直接的な引き金は、1936億円という巨額の減損損失です。
ロームは数年前、世界的にEVシフトが加速すると予測し、数千億円を投じて生産設備を大幅に拡充しました。しかし、実際に2025〜2026年を迎えるとEVの販売が失速し、新工場の稼働率が当初の計画を大きく下回ることになりました。
- 会計上の処理: 「この設備では将来これだけの利益は稼げない」と判断されると、会計ルールに基づき、設備の価値を損失として計上しなければなりません。これが今回の巨額赤字の正体です。
2. 「過剰投資」と「判断の遅れ」
東克己社長は会見で、設備投資について「若干過剰だった」「経営判断が遅れた」と自ら分析しています。
- 投資の急増: 2020年度までは年400億〜500億円程度だった設備投資が、近年は数千億円規模に跳ね上がっていました。
- SiC(炭化ケイ素)バブルの崩壊: SiCはEVの航続距離を伸ばす「魔法の半導体」として期待されましたが、競合他社の増産や中国企業の追い上げもあり、市場が供給過剰に陥ったことも収益を圧迫しました。
3. 本業は「黒字」に転換しつつある
絶望的な数字に見えますが、ポジティブな側面もあります。
- 営業利益の改善: 2026年3月期の営業利益は108億円の黒字に転じています。
- 「膿を出し切った」: 今回の減損はキャッシュが外に出ていく赤字ではなく、あくまで帳簿上の処理です。あらかじめ将来の減価償却費を減らした(=負の遺産を整理した)ことで、来期以降は利益が出やすい体質になります。
「将来のために買った巨大な工場が、EVの売れ行き鈍化で使いこなせなくなり、その分の資産価値をドカンとマイナス処理した」ことが、過去最大の赤字の真相です。
経営陣としては、これを機に「膿(を出し切り」、東芝や三菱電機とのパワー半導体連合による再編を加速させることで、V字回復を狙う構えです。

EV市場の急減速により、数千億円規模の先行投資が「過剰設備」となったためです。新工場の稼働率が低迷し、将来の収益が見込めないと判断した設備の価値を一気に切り下げる「減損損失」を計上したことが主因です。
営業利益が黒字に転じたのはなぜか
営業利益が黒字(108億円)に転じたのは、巨額の赤字の原因となった「減損損失」が営業外の「特別損失」として処理されたためです。
つまり、本業の「稼ぐ力」については、以下の要因で回復の兆しが見え始めています。
1. 在庫調整の一巡
前年度までは世界的な半導体需要の停滞により、積み上がった在庫の処理が利益を圧迫していました。この在庫調整に目途が立ち、生産と販売のバランスが正常化に向かったことが利益を押し上げました。
2. AIデータセンター・産業機器向けの貢献
低迷するEV向けとは対照的に、AIサーバーやデータセンター向けの電源IC、産業機器向け半導体の需要が堅調でした。EV一本足打法ではなく、多角的な需要を取り込めたことが本業の支えとなりました。
3. 円安による為替メリット
海外売上比率の高いロームにとって、想定以上の円安進行はプラスに働きました。輸出時の採算が向上し、円建ての売上・利益を大きく底上げする要因となりました。
4. コスト削減と合理化
不採算ラインの整理や固定費の抑制といった構造改革の成果が、少しずつ数字に表れ始めています。
ポイント:営業利益と純利益の違い
- 営業利益(黒字): 「半導体を作って売る」という日々の商売で得た利益。
- 純利益(過去最大の赤字): 将来の分まで含めた工場の価値を「今すぐ損失」として処理(減損)した結果。
いわば、「商売自体は黒字に戻ったけれど、昔買った高い買い物の失敗(過剰投資)をまとめて精算したから、最終的な収支は真っ赤になった」という状態です。
この営業利益の黒字化は、来期以降の「V字回復」に向けた最低限の足がかりを確保したことを意味しています。

在庫調整に目途が立ち、AIサーバーや産業機器向け需要が堅調だったためです。また、歴史的な円安が輸出採算を押し上げたほか、巨額赤字の主因である減損損失が営業外の「特別損失」として処理されたことも影響しています。
AIサーバなどの電源ICではロームのどんな製品が使われるのか
ロームの製品は、AIサーバーやデータセンターの「電力変換効率の向上」と「省スペース化」という2つの大きな課題を解決するために、主に電源供給システム(Power Delivery Network)の各ステージで採用されています。
1. 次世代パワーデバイス(SiC / GaN)
サーバーの電源ユニット(PSU)において、コンセントからの交流(AC)を直流(DC)に変換する際、電力ロスを最小限に抑えるために使用されます。
- SiC(炭化ケイ素)MOSFET: 第4世代以降のSiC MOSFETは、従来のシリコン(Si)製に比べてスイッチング損失が極めて低く、サーバー電源の「80 PLUS TITANIUM」などの高効率規格達成に不可欠です。
- GaN(窒化ガリウム)HEMT (EcoGaN™): SiCよりもさらに高速なスイッチングが可能なため、電源の小型化に寄与します。AIサーバーはGPU等の搭載で内部スペースが極端に制限されるため、電源の密度を高めるGaNの需要が急増しています。
2. 高効率DC/DCコンバータIC
データセンター内の48V配線から、CPUやGPU、メモリが使用する低い電圧(1V前後)へ効率よく降圧するために使われます。
- Nano Pulse Control™ 搭載IC: ローム独自の超高速パルス制御技術により、従来は2段階で行っていた降圧(48V→12V→1Vなど)を1段階(48V→1V)で可能にします。これにより部品点数が減り、基板面積の削減と効率向上が両立できます。
- QuiCur™(クイカー)搭載IC: 負荷電流が急激に変動するAIの演算処理時でも、出力電圧を極めて安定に保つ応答性能を持っており、AIサーバーの安定稼働を支えます。
3. 電源管理IC(PMIC)
演算チップのすぐ近く(Point of Load)で、複数の電圧系統を緻密に制御するために採用されます。
- マルチフェーズ対応PMIC: 大電流を必要とする最先端のGPUやFPGA向けに、複数のフェーズ(回路)を組み合わせて安定した電力を供給します。ロームは制御アルゴリズムに強みがあり、熱の発生を抑えつつ高精度な電圧供給を実現しています。
まとめ:ローム製品が配置される場所
| 階層 | 主な役割 | 採用されるローム製品 |
| 一次側(AC/DC) | 高電圧から中電圧への変換 | SiC MOSFET、GaN HEMT |
| 二次側(DC/DC) | 中電圧(48V)から低電圧への降圧 | Nano Pulse Control搭載IC |
| チップ近傍(POL) | GPU/CPUへの最終給電 | PMIC、QuiCur搭載IC |
ロームは東芝との協業により、これらパワー半導体の供給能力を強化しており、低迷するEV向けを補う成長分野として、このAIインフラ市場へのシフトを加速させています。

最先端のSiC/GaNパワーデバイスが電源ユニットの電力損失を低減し、独自の超高速制御技術を搭載したDC/DCコンバータICが、48VからGPU等への低電圧降圧と安定供給を省スペースで実現しています。
今後のパワー半導体の動向予想はどうか
パワー半導体市場は、2026年から2030年にかけて「シリコン(Si)から新材料への主役交代」と「用途の多角化」が加速し、2035年には市場規模が現在の2倍以上に拡大すると予想されています。
1. 2大新材料(SiCとGaN)の住み分けと急成長
従来のシリコン製に代わり、より高電圧・高温に強いSiC(炭化ケイ素)と、高速スイッチングが得意なGaN(窒化ガリウム)が市場を牽引します。
- SiC: EVの航続距離を伸ばす「トラクションインバータ」や、急速充電器、再生可能エネルギー(太陽光・風力)の送電網など、高電圧・大電力領域を独占します。
- GaN: AIサーバー、データセンター、5G基地局、モバイル用小型急速充電器など、高周波・小型化が求められる領域で爆発的に普及します。
2. 「8インチ化」によるコスト破壊
現在、SiCなどの次世代パワー半導体は製造コストの高さが課題ですが、2026年以降はウエハーの大型化(6インチ→8インチ)が本格化します。
- 一度に取れるチップの数が増えるため、量産効果で価格が下がり、中価格帯のEVや一般家電への採用が一気に進むと見られています。
3. 日本企業の「連合と再編」
ロームと東芝の提携、三菱電機による投資加速など、日本勢は強みを持つパワー半導体分野で「規模の利益」を確保するための再編を加速させています。
- 世界シェア上位を維持するため、前工程(チップ製造)だけでなく、放熱性に優れた「パッケージング(後工程)」での技術競争も激化します。
4. さらにその先:究極の材料「酸化ガリウム」と「ダイヤモンド」
2030年頃を見据えた次々世代の動きも活発です。
- 酸化ガリウム: SiCを凌ぐ耐電圧を持ち、より安価に製造できる可能性があるため、電力インフラ用として2020年代後半から実用化が始まります。
- ダイヤモンド: 「究極の半導体」と呼ばれ、過酷な宇宙環境や超高出力用途での活用が期待されています。
パワー半導体の進化とロードマップ(予想)
| 時期 | 主役となる材料 | 主なトピック |
| 現在〜2026年 | Si / SiC / GaN | EVシフトの踊り場(キャズム)、在庫調整と設備投資の適正化 |
| 2027年〜2030年 | SiC / GaN | 8インチウエハー量産開始、AIサーバー需要の爆発 |
| 2030年以降 | SiC / GaN / 酸化ガリウム | 産業・送電網への浸透、ダイヤモンド半導体の胎動 |
今後数年はロームのような巨額減損などの「産みの苦しみ」が続く企業もありますが、脱炭素(GX)とデジタル化(DX)の両面で不可欠な部品であるため、中長期的な成長期待は極めて高いまま維持されています。

市場は2030年に向けて、SiCやGaNといった次世代材料への移行が加速します。8インチウエハーの量産によるコストダウンが進み、EVの普及拡大やAIデータセンターの省エネ需要を背景に、市場規模は現在の2倍以上に成長する見通しです。

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