ラピダスとChips-ITの研究開発協力

この記事で分かること

1. Chips-ITとはどんな機関か

イタリア政府が2023年に設立した、半導体の「設計(デザイン)」に特化した国家研究機関です。大学や企業と連携する欧州の設計ハブであり、自動車やAI等に向けた次世代チップの開発・強化を推進しています。

2. どんな開発を共同で行うのか

ラピダスの2nm製造技術とChips-ITの設計力を融合し、自動車やAI向けの次世代カスタムチップを共同開発します。具体的には、2nm向け設計ツールの最適化や、チップ同士を繋ぐ後工程技術の共通化を進めます。

3. 欧州にはどんな顧客がいるのか

自動運転やSDV化を進める自動車大手(VW等)、スパコン用CPUを手がけるSiPearl等のAI半編体企業、スマートグラス向けに「超小型・超低消費電力」のチップを求める高級ウェアラブル企業が想定されます。

ラピダスとChips-ITの研究開発協力

 次世代半導体の国内量産を目指すラピダス(Rapidus)が、イタリア政府の半導体研究機関である「Chips-IT(Centro Nazionale per il Design di Circuiti Integrati a Semiconduttore)」および英国の「英国半導体センター(UK National Semiconductor Centre)」と、研究開発協力に関する覚書(MOC/MOU)を締結する方針が明らかになりました。

 ラピダスが2nm世代以降の最先端ロジック半導体ビジネスを軌道に乗せるには、「製造委託をしてくれる顧客(ファブレス企業や研究機関)」の確保が最優先課題です。

 タリアを含む欧州の自動車産業、産業機器、AI分野の設計・研究ネットワークと太いパイプを持つ Chips-IT と連携することで、欧州市場における将来的なカスタムチップの受託生産(ファウンドリビジネス)の地盤を固める狙いがあります。

Chips-ITとはどんな機関なのか

 「Chips-IT」(正式名称:Fondazione Centro Italiano per il Design dei Circuiti Integrati a Semiconduttore / イタリア半導体集積回路設計センター財団)は、イタリア政府が国家戦略として2023年11月に設立した、最先端半導体の「設計(デザイン)」に特化した国家研究機関(RTO)です。

 欧州の半導体研究機関といえば、ベルギーの「imec」やフランスの「CEA-Leti」、ドイツの「Fraunhofer」が有名ですが、これらが巨額の資金を投じて試作ライン(クリーンルーム)を持つ「製造・プロセス寄り」の機関であるのに対し、Chips-ITはあえて「設計とアーキテクチャ」にリソースを集中させているのが最大の特徴です。

1. 設立の背景と位置づけ

  • 政府主導の国家プロジェクト: イタリアの「ビジネス・メイドインイタリー省(MIMIT)」や財務省の監督下にあり、パヴィア(Pavia)に本部を置いています。政府から年間2500万ユーロ(約40億円)規模の長期的な公的資金を投入されているほか、EU半導体法(European Chips Act)の資金も活用しています。
  • 欧州の「設計ハブ」へ: イタリア国内の複数の主要大学、研究機関、そして企業を結ぶ「ハブ&スポーク」の構造をとっており、イタリアひいては欧州全体の半導体設計能力を底上げする中心地として機能しています。
  • トップの顔ぶれ: 初代会長には、半導体設計自動化(EDA)の世界的権威でありケイデンス(Cadence)の共同創業者でもあるアルベルト・サンジョヴァンニ・ヴィンチェンテッリ教授が就任。CEOには元CEA-Letiのカルロ・レイタ博士を迎えるなど、強力な陣容で組織が立ち上げられました。

2. 主な研究・注力領域

 「巨額の投資が必要で、今からでは手遅れになりかねない製造クリーンルームの二番煎じは作らない」という戦略のもと、付加価値が極めて高い「半導体バリューチェーンの上流(設計)」に特化しています。

  • 次世代チップ・アーキテクチャ: コンピューティングの効率を飛躍的に高める新しい回路設計。
  • AIアクセラレータ: AI処理に最適化した専用チップの開発。
  • アナログ・パワー半導体: 物理世界とのインターフェースとなる、イタリアが伝統的に強みを持つアナログ技術やセンサー、パワー半導体の高度化。
  • オープンハードウェア環境: RISC-Vなどに代表されるオープンな設計環境の開発。

3. 欧州の強力なエンドユーザー企業との連携

 Chips-ITは単なる学術研究に留まらず、民間企業が自社専用のカスタムチップ(ASIC)を開発するためのゲートウェイ(窓口)になっています。

 すでに自動車部品、産業自動化、航空宇宙などの大手と連携を進めており、直近では、レイバンなどのブランドを展開する世界最大のアイウェア企業エシロールルックスオティカ(EssilorLuxottica)が、スマートグラス向けの超低消費電力・センサー内蔵カスタムチップの共同開発のためにChips-ITと戦略的提携を結んだことが話題になりました。

4. ラピダス(日本)にとっての重要性

ラピダスは2nmという超微細な「製造プラットフォーム」を提供しますが、それを活かすには、ヨーロッパの強力な産業(自動車や最先端ウェアラブル、AIなど)を支える顧客が、2nm向けの設計を行ってくれる必要があります。

 Chips-ITと協力することで、「欧州の優秀な設計者が、Chips-ITを通じてラピダスの2nmラインに最適化したチップを設計し、それを千歳の工場で製造する」という、上流(設計)から下流(製造・パッケージング)までの一気通貫のパイプラインを作ることが可能になります。まさに両者の「パズルのピース」が合致した形と言えます。

「最先端の工場(ラピダス)」があっても、「その工場向けにデザインされた図面(設計)」がなければチップは作れないという背景からラピダスにとって重要な連携といえます。

Chips-ITは、イタリア政府が2023年に設立した半導体の「設計(デザイン)」特化型国家研究機関です。大学や企業と連携する欧州の設計ハブであり、自動車やAI等に向けた次世代チップの開発を推進しています。

どんな開発を共同で行うのか

 ラピダスとChips-IT(および英国半導体センター)が結ぶ覚書(MOC)の具体的な共同開発・協力内容は、主に「先端半導体の製造技術の共同研究」「欧州市場における受託製造(ファウンドリ)の仕組みづくり」にあります。

1. 2nm世代向けの「設計・製造の最適化」

 ラピダスの2nm製造ライン(前工程)と、Chips-ITが得意とする最先端の回路設計技術をダイレクトにつなぐ開発を行います。

  • 設計資産(IP)の共同開発: 2nmという超微細な領域では、回路の設計図が工場の製造装置やプロセス特性に完璧に適合していなければ、まともに動作しません。Chips-ITが持つ高度な設計データやツールを、ラピダスの2nmプロセスに最適化させる共同研究を行います。
  • 技術情報へのアクセス権付与: ラピダスの高度な製造プロセス情報をChips-IT側に共有(アクセス権を付与)することで、欧州の設計者が「ラピダスの工場で一発で正常に作れる図面」を引きやすい環境を整えます。

2. 自動車・AI向けのカスタムチップ開発

 Chips-ITが太いパイプを持つ欧州のエンドユーザー企業(自動車メーカー、産業機器、AI企業など)のニーズに合わせた、特定用途向け半導体(ASIC)の共同開発です。

  • イタリアが伝統的に強みを持つ「アナログ半導体やセンサー」の知見と、ラピダスの最先端「ロジック(演算用)半導体」を融合させ、自動運転や産業用ロボットに搭載する超低消費電力・高性能な次世代チップのアーキテクチャ(基本設計)を共同で研究します。

3. 「チップレット(3Dパッケージ)」対応の設計

 ラピダスは、1つの基板上に異なる複数のチップをレゴブロックのように組み合わせる「チップレット技術(後工程)」を一気通貫で提供できることを強みにしています。

  • インターフェースの共通化: Chips-ITが設計する多様な機能チップ(AIアクセラレータやセンサーなど)が、ラピダスの3Dパッケージング技術を使ってスムーズに結合できるよう、チップ間の接続規格や熱・ノイズのシミュレーション技術を共同で開発します。

 イタリア(Chips-IT)が持つ「こんな尖った機能のチップを作りたい」という設計力と、ラピダスが持つ「それを世界最先端の2nmで形にできる」という製造力。この2つをスムーズにドッキングさせるための「共通言語(設計ツールや技術基準)」を共同で開発していくことになります。

ラピダスの2nm製造技術とChips-ITの設計力を融合し、自動車やAI向けの次世代カスタムチップを共同開発します。具体的には、2nm向け設計ツールの最適化や、複数のチップを繋ぐチップレット技術の共通化を進めます。

欧州で想定される将来の顧客にはどんな顧客がいるのか

 ラピダスが2nm世代以降の最先端ロジック半導体で狙う欧州の将来顧客には、欧州が世界的な強みを持つ「AI/データセンター」「自動車(自動運転・EV)」「先進的なウェアラブル/産業機器」の3つの領域において、独自のカスタムチップを開発したいファブレス企業やスタートアップ、大企業が想定されます。

1. 先端AI・ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)のスタートアップ

 AIモデルの巨大化やデータセンターの最適化に向け、欧州でも独自のAIアクセラレータやプロセッサを開発するファブレス企業が増えています。

  • 想定顧客例: SiPearl(シーパール / フランス)など
    • 欧州独自のスーパーコンピュータ用CPUを開発する国策的ファブレス企業です。現在はTSMC等に製造を委託していますが、欧州の経済安全保障(域内調達・供給網の分散)の観点から、日欧の強力な連携があればラピダスも将来的な選択肢に入り得ます。
  • 欧州拠点の新興AI半導体スタートアップや、特定の産業用AIに特化したカスタムチップを設計する企業。

2. 次世代の自動車メーカー(OEM)およびメガサプライヤー

 欧州の基幹産業である自動車業界は、自動運転技術の高度化(レベル3以上)や、車内のコンピューティング機能を1つか2つの強力な中央チップに集約する「SDV(ソフトウェア定義自動車)」への移行を進めています。

  • 想定顧客例:フォルクスワーゲン(Cariad)、ステランティス、BMWなどの自動車大手、あるいはボッシュ(Bosch)やコンチネンタルといったメガサプライヤー。
    • 従来の車載半導体は数世代古い成熟プロセスが主流でしたが、自動運転の頭脳(メインECU)には最高峰の演算能力と超低消費電力が求められるため、2nm世代の最先端ロジック半導体の潜在的な需要家となります。

3. 高級ウェアラブル・スマートデバイス企業

 今回ラピダスが覚書を結ぶ「Chips-IT」とすでに戦略的提携を発表しているような、最先端のコンシューマー/ヘルスケアデバイスを展開する企業です。

  • 想定顧客例: エシロールルックスオティカ(EssilorLuxottica / フランス・イタリア)など
    • レイバンなどを傘下に持つ世界最大のアイウェア企業で、AIやARを搭載した「スマートグラス」の開発に巨額の投資を行っています。スマートグラスは眼鏡のフレームに収まる極小サイズで、なおかつバッテリーを長持ちさせる必要があるため、「超小型・超低消費電力」を実現できる2nmなどの微細化プロセスや、ラピダスが得意とするチップレット技術(3Dパッケージング)の理想的な顧客となります。

4. 欧州の主要な研究機関・学術ネットワーク(RTO)

 企業そのものではありませんが、Chips-ITやimec、Fraunhoferといった機関自身が、欧州の「プロトタイプ(試作)や国家プロジェクト用チップ」の製造委託元(顧客)になります。

  • これら機関が欧州のコンソーシアム(企業連合)から受託した最先端のシステム設計を、ラピダスがシャトルサービス(多品種少量生産向けの試作ライン)を使って製造するケースです。

ラピダスにとっての利点

 欧州の顧客の多くは、米国のメガテック(AppleやNvidiaなど)のように単一のチップを数千万〜数億個単位で大量発注するスタイルではなく、「特定の高性能用途に合わせたカスタムチップを、最適な量だけ確保したい(多品種少量)」というニーズを持っています。

 これは、巨額の大量受注を前提とするTSMCなどのメガファウンドリに対し、「設計から製造・パッケージまでを短期間で一気通貫で行う」ことを付加価値とするラピダスのビジネスモデル(半導体製造のDX)と非常に親和性が高いと考えられています。

欧州の将来顧客には、自動運転やSDV化を進める自動車大手(VW等)やメガサプライヤー、スーパーコンピュータ用CPUを開発するSiPearl等のAI半導体企業、スマートグラス向け超低消費電力チップを求める高級ウェアラブル企業が想定されます。

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