この記事で分かること
どんなレアアースを精錬するのか
主力はEV・HVモーター向けのネオジム(Nd)磁石用レアアースです。高温環境での磁力維持に必要なジスプロシウム(Dy)、宇宙・防衛用のサマリウム(Sm)も手掛けます。
なぜ新設備を導入するのか
中国が世界の精錬の92%を独占し、輸出規制で日本の自動車産業に深刻な影響が出たためです。EV需要拡大と政府の経済安全保障支援も重なり、国内生産能力の増強が急務となっています。
精錬はどのように行われるのか
鉱石を酸で溶かす「浸出」、有機溶媒で元素ごとに分ける「溶媒抽出(数百段)」、高温で金属に戻す「還元・焼成」、真空炉で磁石に仕上げる「合金化・焼結」の四段階で行われます。
信越化学工業、レアアース工場新設
信越化学工業は2026年6月10日、レアアース(希土類)の工場を福井県に新設する方針を明らかにしました。
同社は既に福井県越前市で鉱石からレアアースを製錬し、電気自動車(EV)のモーターなどに使われる強力な磁石も製造しており、今回の新設により生産能力をさらに高める構えです。これは国内では18年ぶりとなるレアアース工場の新設となります。
どんなレアアースを精錬するのか
信越化学は以下のようなレアアースを取りあつっかています。
主力:ネオジム(Nd)
信越化学の中核製品は「ネオジム磁石」です。ネオジウム(Nd)、鉄(Fe)、ボロン(B)を主成分とする「信越ネオジウム(Nd)磁石Nシリーズ」は、高特性レアアースマグネットの中でも最高峰に位置し、原料がレアアース元素の中でも比較的資源が豊富なNdとFeが主体であることで、高性能と低コストを両立させた希土類磁石の代表製品です。
EV(電気自動車)やHV(ハイブリッド車)の駆動用モーターに欠かせない部材で、ネオジム磁石は1982年に日本発の技術として完成し、信越化学はその主要メーカーのひとつです。
保磁力向上材:ジスプロシウム(Dy)
ネオジム磁石単体では高温環境下で磁力が低下する弱点があるため、ジスプロシウムが添加されます。
信越化学は磁石のリサイクル工程において、製造時に出る研削粉を溶解・溶媒抽出し、レアアースのNd(ネオジム)やDy(ジスプロシウム)を取り出して再利用しています。
ジスプロシウムは中・重希土類に分類され、まさに中国の輸出規制の対象となりやすい元素のひとつです。
サマリウム(Sm)・コバルト(Co)磁石
「信越サマリウム(Sm)磁石Rシリーズ」はネオジム磁石と比べて温度特性が良好で、高温で逆磁界にさらされるような過酷な環境においても優れた磁気特性を発揮します。
保磁力の温度変化が小さくキュリー温度が高いという特性から、宇宙などの苛酷な環境下での使用に適した素材であり、防衛・宇宙分野にも使われる戦略的な素材といえます。
製造プロセスの一貫性
信越化学では、レアアース酸化物の分離精製から、レアアース元素の還元、マグネット合金の溶解鋳造、粉砕成形、焼結加工、磁気回路部品のアセンブルまで、原料加工から組立加工まで一貫して製造する体制を持つ。今回の新工場はこのうち「精錬(製錬)」工程の国内能力を強化するものだ。

信越化学が精錬する主なレアアースはネオジム(Nd)・ジスプロシウム(Dy)・サマリウム(Sm)の3種。EVモーター向けネオジム磁石が主力で、高温耐性を高めるDyや宇宙・防衛向けSm磁石も手掛ける垂直統合型のメーカーです。
なぜ新設備を導入するのか
以下のような背景から新設備の導入を進めていると思われます。
① 中国による輸出規制という「直接的な引き金」
今回の新工場設立の最大の背景は、中国によるレアアース輸出規制の現実化にあります。
中国はトランプ米政権が2025年4月に相互関税を発動すると、報復措置として各国に対するレアアースの輸出規制を打ち出しています。
この影響は即座に日本産業界に波及し、「2025年11月以降、輸入が止まり、正直困っている。ここまで影響が深刻なのは初めてだ」と日本の半導体製造装置メーカーの担当役員が漏らすほどで、在庫やリサイクル品でしのいでいる状況です。
② 精製工程における中国依存の構造的問題
単に鉱石の産出量が多いだけでなく、加工・精製の面でも中国への依存は極めて深刻です。
レアアースは採掘から精製・加工まで複数の工程を経るが、中国は生産よりも精製においてより大きなプレゼンスを持ち、2024年には世界全体の91.7%のレアアースが中国で精製されています。
つまり、日本は鉱石だけでなくレアアース製錬も中国に依存している状況であり、新工場はまさにこの「精製工程」の国内自立を目指すものです。
③ 日本経済全体への甚大なリスク
仮に中国からの輸入が止まれば、その打撃は計り知れません。
中国からのレアアース輸入が途絶して部材の供給制約が1年間続き国内生産が抑えられれば、日本の実質GDPは1.3%(約7兆円)程度、就業者数は約90万人程度減少する見込みです。
特に大きな影響を受けるのが製造業で、自動車産業を含む輸送用機械の減少率は17.6%に達するとの試算もある。
④ EV需要拡大による長期的な需要増
地政学リスクだけでなく、需要面の成長も新設備投資の動機です。
既存の越前市の工場でEVのモーターなどに使われる強力な磁石も製造しており、EVの普及拡大に伴いレアアース磁石の需要は今後一層高まることが見込まれ、国内供給能力の増強は市場成長への対応でもあります。
⑤ 経済安全保障政策との連動
レアアースは各種のハイテク製品に不可欠で防衛分野にも使われる素材であり、政府は経済安全保障の観点から国内供給網の整備を急いでおり、新工場を支援する可能性もあります。
企業の自主的な投資判断に加え、国の政策的後押しが得られる環境も、今このタイミングでの決断を後押ししている。

信越化学が新設備を導入する理由は、中国の輸出規制による供給途絶リスク、精製工程の中国依存(世界の92%)、GDPへの甚大な打撃試算、EV需要拡大、そして政府の経済安全保障支援という五つの要因が重なったためです。
精錬はどのように行われるのか
レアアースの精錬は大きく「①鉱石から元素を取り出す」「②元素ごとに分離する」「③金属・合金にする」「④磁石に仕上げる」という四段階に分かれる。
第一段階:浸出(鉱石を溶かす)
まず鉱石を酸やアルカリで溶かし、レアアースを液体として取り出す。濃縮した鉱石を酸またはアルカリで浸出し、レアアースを溶液として回収します。
この段階で大量の化学薬品を使用するため、廃液処理・残渣管理・長期保管などの環境対応コストが大きくなりやすく、鉱石にはウランやトリウムなどの放射性不純物が含まれる場合もあります。中国がコスト面で優位を保ってきた理由のひとつがここにあります。
第二段階:溶媒抽出(元素ごとに分離する)
精錬で最も技術を要する核心工程がこれだ。大量生産に適した「溶媒抽出」という手法が主流で、複数のレアアース元素が溶けた酸性の溶液を繰り返し攪拌・静置し、狙った元素を取り出します。
具体的には水に溶けた金属イオンを「油のような有機溶媒側」に移したり戻したりして、何十段、時には何百段も繰り返し、最終的に特定の元素だけを濃く集めます。
この「段を積む」工程設計、純度管理、設備運転、薬品管理が技術の塊です。さらに信越化学のような日本企業は、超高純度(99.999%以上)のレアアース酸化物を製造する技術において、特定の不純物をppb(10億分の1)レベルで管理する精製技術を持ち、世界でも優位性があります。
第三段階:焼成・還元(酸化物から金属にする)
分離されたレアアースは酸化物の形に変換した後、金属へと還元します。
溶媒抽出法で得られる希土類元素は、焼成工程を経て最終的に希土類酸化物になります。これをさらに高温の電気炉で還元し、金属の状態にする工程が続きます。
第四段階:合金化・焼結(磁石に仕上げる)
ネオジム磁石は原料を溶解してインゴット(合金塊)として鋳造したのち、微細な粉末に砕いてから成型・焼結して製造されます。
ネオジムはきわめて酸化されやすく、空気中で微粉末は燃焼するほどなので、全工程が高度な低酸素環境で行わます。
その後プレス成型した圧粉体を真空焼結炉の中で焼結・熱処理し、圧粉体の体積は焼結によって約半分に収縮しながらほぼ真密度まで焼き固まります。

レアアース精錬は「鉱石の浸出→溶媒抽出による元素分離(数百段)→焼成・還元で金属化→合金化・焼結で磁石化」の四段階からなります。技術の核は高純度分離工程で、日本企業はppbレベルの管理技術に強みを持っています。

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