東レの宇宙での3D積層造形技術プロジェクト

この記事で分かること

1. どんな3D技術を研究するのか

複雑な部品を作る「粉末床溶融結合方式」と、大型造形に向く「ペレット材料押出方式」の2つを研究。無重力・真空の宇宙環境下において、これらを高精度に制御するロボティクス技術も含めて確立を目指します。

2. なぜ挙動予測が難しいのか

無重力下では重力が消失し、表面張力や分子間力といった微小な力が支配的になるためです。液体は予測不能な対流を起こし、粉末は静電気等で凝集・浮遊するため地上の常識が通じず、正確なモデル化が困難です。

3. なぜ宇宙での3D技術が必要となるのか

ロケットのサイズ制限や莫大な輸送コストという従来の限界を突破するためです。宇宙で直接造形できれば、部品の即時補修や現地調達、地上から運べない超大型構造物の建設が可能になり、宇宙開発の核となります。

東レの宇宙での3D積層造形技術プロジェクト

 東レがJAXA(宇宙航空研究開発機構)の「宇宙戦略基金事業」に採択され、宇宙空間向け高機能樹脂材料、軌道上での3D積層造形技術の創出」というプロジェクトを開始することが報じられています。

 たこのプロジェクトは、従来の「地上で作って宇宙へ運ぶ」という常識を覆し、「宇宙空間そのものを製造現場にする(オン・オービット・マニュファクチャリング)」という非常に野心的な試みです。

どんな3D技術を研究するのか

 東レが率いるJAXAのプロジェクトでは、主に「粉末(パウダー)を使う方式」「樹脂を溶かして押し出す方式」という、性質の異なる2つの強力な3Dプリント技術を宇宙環境に適応させる研究が進められています。

 さらに、それを「無重力(微小重力)でどう制御するか」というソフト・ロボティクス面での技術開発もセットになっています。

1. 粉末床溶融結合(PBF / SLS)方式

 日本のハイエンド3Dプリンターメーカーであるアスペクトの技術と、東レの材料技術(トレパール®など)を融合させる研究です。

  • どんな技術: 敷き詰めた微細な樹脂パウダーにレーザーを照射し、必要な部分だけを溶かして固め(焼結させ)、それを何層も積み重ねていく方式です。
  • 宇宙でのメリット(なぜこの技術か): 最大の利点は、「サポート材(造形を支える柱)」が不要な点です。固まらなかった周りの粉末がそのまま支えになるため、宇宙空間のように重力による「垂れ下がり」の心配がなく、非常に複雑で中空のパーツを一発で高精度に作ることができます。

2. 材料押出積層(MEX / ペレット)方式

 大型3Dプリンターに強みを持つエス.ラボの独自技術「GEM(ペレット溶解積層方式)」をベースにしています。

  • どんな技術: 一般的な家庭用3Dプリンターのような「紐状のフィラメント」ではなく、工場などで広く使われている「粒状のプラスチック(ペレット)」を熱で溶かし、ノズルから押し出して形を作る方式です。
  • 宇宙でのメリット(なぜこの技術か): ペレット材は材料の調達や保管の効率が良く、「高速かつ大型の造形」に向いています。宇宙ステーションの外壁をデブリ(宇宙ゴミ)から守る巨大な保護シールドの補修や、大型の構造部材などをその場でダイナミックに作り出すのに適しています。

3. 微小重力下の造形・ロボティクス制御技術

 これら2つのハードウェアを、実際に宇宙(無重力・真空・激しい熱変化)で動かすための制御技術を慶應義塾大学を中心に研究します。

  • どんな技術: 地上では「重力」があるからこそ、粉末は下に留まり、溶けた樹脂も安定します。しかし宇宙(微小重力)では、レーザーの熱による対流や粉末の挙動がまったく変わってしまいます。これらを物理シミュレーションとロボットアームなどの制御技術を組み合わせて解決します。
  • スマート化: 単に形を作るだけでなく、造形の途中で電気を通す回路を埋め込むなど、「機能を持った部品」を宇宙で一気に作り上げる技術も視野に入れています。

 「精密で複雑な部品は粉末(SLS)で」、「大型でスピードが必要なものはペレット(MEX)で」という2つのアプローチを、無重力に対応した頭脳(ロボティクス)でコントロールする、というのがこのプロジェクトが目指す3D技術の全貌です。

東レのプロジェクトでは、複雑な部品を作る「粉末床溶融結合方式」と、大型造形に向く「ペレット材料押出方式」の2つの3Dプリント技術を研究。無重力・真空の宇宙環境で高精度に制御するロボティクス技術も確立します。

無重力で粉や液体がどう動くのかの予想はなぜ難しいのか

 地上では「重力がすべてを支配している」ため、粉や液体の動きを直感的・経験的に予測できます。

 しかし、無重力(微小重力)環境になると、これまで重力の陰に隠れていた「分子レベルの微小な力」が主役に躍り出るため、挙動の予測が劇的に難しくなります。液体と粉体、それぞれの予測を困難にしている物理的な背景は以下の通りです。

1. 液体の予測が難しい理由:表面張力と「マランゴニ対流」

 地上での流体運動は、重力による「浮力」や「密度差による対流」がベースにあります。これが無重力になると消失し、代わりに「界面張力(表面張力)」が系全体の挙動を支配します。

  • マランゴニ対流の卓越3Dプリントで樹脂をレーザー加熱すると、局所的に温度差が生じます。無重力では、この温度差によって液体の表面張力にムラができ、表面張力の強い方へと液体が引っ張られる「マランゴニ対流」が激しく発生します。これが非常に複雑な非線形挙動を示すため、熱流体シミュレーションの予測精度を著しく下げます。
  • 濡れ性の影響の巨大化液体がノズルや壁面に触れた際、地上なら重力で下に落ちますが、宇宙では壁を伝って予期せぬ方向へ這い上がったり(毛細管現象の極大化)、逆に完全に丸まってノズル先端に居座り続けたりします。接触角のわずかな変化が、造形不良に直結します。

2. 粉体(パウダー)の予測が難しい理由:拘束力の喪失と凝集

 粉体工学において、無重力環境は「カオス」そのものです。地上では重力があるからこそ、粉は下に堆積し、一定の「安息角(山ができる角度)」を保ちます。

  • ファンデルワールス力と静電気の顕在化重力という圧倒的なお重しがなくなると、粒子同士が引き合う微弱な「ファンデルワールス力(分子間力)」や、摩擦で生じる「静電気力」が相対的に巨大化します。結果として、粉を均一に敷き詰めようとしても、粒子同士が勝手にダマ(凝集)になって不均一な層を作ってしまいます。
  • 流体とも固体とも違う「多体運動」3Dプリンターのブレードが粉に触れた瞬間、わずかな衝撃でパウダーが煙のようにチャンバー内に舞い上がり、沈降せずに浮遊し続けます。個々の粒子の不規則な衝突と静電気反発が絡み合うため、スーパーコンピューターを用いても、数百万個の粒子の挙動を正確にモデリングするのは至難の業です。

 地上でのシミュレーションは「重力項」を前提に最適化されています。しかし宇宙では、「マランゴニ数」や「カピラリ数(界面張力と粘性力の比)」、粒子の分子間力といった、地上では微小セクションとして無視できた変数をメインに据えて、Navier-Stokes方程式や離散要素法(DEM)を再構築しなければなりません。これが、宇宙でのものづくりにおける最大の技術的障壁の一つとなっています。

 東レのプロジェクトでは、この「予測困難な挙動」を抑え込むために、材料のパウダー形状を「真球(トレパール®)」にすることで摩擦や静電気の影響を減らすアプローチをとっています。

無重力では重力が消失し、表面張力や分子間力などの微小な力が支配的になるためです。液体は複雑な対流を起こし、粉末は静電気などで凝集して浮遊するため、地上の常識が通じず正確な挙動予測が極めて困難になります。

なぜ宇宙での3D技術が必要となるのか

 現在、人工衛星や宇宙ステーションの部品はすべて「地上で製造し、ロケットで宇宙へ運ぶ」のが当たり前です。しかし、これには宇宙開発の規模が拡大するほど無視できない「物理的・経済的な限界」があります。

 宇宙空間での3Dプリント技術(オン・オービット・マニュファクチャリング:軌道上製造)が必要とされる理由は、主に以下の4つの革命的なメリットがあるからです。

1. ロケットの「サイズと重量」の制約から解放される

 ロケットでモノを運ぶ際、先端のカバー(フェアリング)に収まるサイズでなければなりません。また、打ち上げ時の猛烈な振動や重力加速度(G)に耐える必要があります。

  • 宇宙最適化設計が可能に: 宇宙での3Dプリントなら、打ち上げ時の振動を考慮する必要がありません。無重力環境に特化した「限界まで肉薄で軽量な構造」や、地上からは絶対に運べない「数十メートル〜数百メートル規模の超大型アンテナ・太陽光パネル」を宇宙空間で直接組み立て・製造できるようになります。

2. 輸送コストの劇的な削減と効率化

 ロケットの打ち上げコストは、荷物の「体積」と「重量」に比例します。

  • 高密度な輸送: 完成品(スカスカの空間が多い構造物)を運ぶのは非効率的です。材料をパウダーやペレット、あるいはワイヤーといったコンパクトで高密度な原材料の状態で宇宙へ持ち込み、現地で膨らませるように造形することで、1回の打ち上げで運べる実質的な資材量を爆発的に増やすことができます。

3. その場で直せる「オンデマンド補修」と自給自足

 宇宙空間、特に国際宇宙ステーション(ISS)や将来の月面基地では、1つの部品の故障が致命傷になります。

  • 数ヶ月のロケット待ちをゼロに: これまでは代替部品を積んだ補給船が地上から来るのを何ヶ月も待つ必要がありました。3Dプリンターがあれば、設計データさえあればその場で数時間で部品を製造・交換できます。
  • 宇宙デブリ対策: 宇宙ゴミ(デブリ)が衝突して外壁や機器が破損した際も、即座に補修用シールドをプリントして対応できます。

4. 将来の「惑星探査・宇宙ホテル」のインフラ基盤

 今後は地球の軌道上だけでなく、月面や火星の探査、民間の宇宙ステーション(宇宙ホテルなど)の建設が本格化します。

  • 現地調達(ISRU)へのステップ: 今回の東レのプロジェクトは樹脂材料ですが、将来的にはこの技術を発展させ、月や火星の砂(レゴリス)を材料にして3Dプリントで建物を建てる技術へと繋がっていきます。地球からすべてを運ぶ「依存型」から、宇宙で完結する「自立型」の宇宙開発へシフトするために、3D技術は不可欠です。

 宇宙での3D技術が必要なのは、単に「便利だから」ではなく、「地球から運ぶコストとサイズの限界を突破し、人類が宇宙に長期滞在・進出するための必須インフラだから」と言えます。

地球から部品を運ぶ従来の方式は、ロケットのサイズ制限や莫大な輸送コストが壁でした。宇宙空間で直接3Dプリントできれば、部品の即時補修や現地調達、運搬不可能な超大型構造物の建設が可能になり、今後の宇宙開発に不可欠なインフラとなるからです。

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