ソニーのLOFIC構造を採用したCMOSイメージセンサー

この記事で分かること


LOFIC構造とは何か

フォトダイオードから溢れた電荷を隣接キャパシタに横方向で蓄積する画素構造技術。白飛びを防ぎ飽和電荷量を約10倍に拡大することで、単一露光による100dBの高ダイナミックレンジ撮影を実現します。


どのように余剰スペースを確保したのか

センサー層と回路層を別チップに分離する積層構造により受光面積を守りつつ、4画素単位でのキャパシタ共有と配線層へのMIMキャパシタ統合を組み合わせることでスペースを確保しました。


LOFIC構造の搭載でスマホはどう変わるのか

逆光や夜景など明暗差の大きな場面で白飛び・黒つぶれを同時解消し、動体ブレのない自然なHDR描写と低消費電力での4K 60fps動画撮影が可能になります。AI補正依存からセンサー性能主導の撮影へと転換します。


ソニーのLOFIC構造を採用したCMOSイメージセンサー

 ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)は2026年6月17日、スマートフォン向けCMOSイメージセンサーの新製品「LYTIA L910」の商品化を発表しました。

 YTIAラインアップとして初めてLOFIC(横型オーバーフロー蓄積容量)構造を採用したモバイル向けセンサーである点が大きな特徴です。

 飽和電荷量を従来比約10倍に拡大し、TCG-HDR技術との組み合わせで単一露光による100dBの高ダイナミックレンジを実現しています。ノイズ低減や4K 60fps対応も備え、2026年夏に量産出荷予定となっています。

LOFIC構造とは何か

  LOFIC(Lateral Overflow Integration Capacitor)とは、日本語で「横型オーバーフロー蓄積容量」と呼ばれる、CMOSイメージセンサーの画素構造に関する技術です。

基本的な仕組み

 通常のイメージセンサーでは、光を受けた際に発生した電荷をフォトダイオードと呼ばれる受光素子内に蓄積します。しかし、強い光が当たった場合、フォトダイオードの容量を超えた電荷が溢れてしまい、その情報は失われます。これが「白飛び」と呼ばれる現象の原因です。

 LOFICはこの課題を解決するために、フォトダイオードに隣接する形(横型)で専用のキャパシタ(蓄積容量)を設ける構造です。フォトダイオードから溢れ出た電荷をそのキャパシタに逃がして蓄積することで、本来であれば失われていたハイライト領域の情報を保持できます。

なぜ「横型」なのか

 「横型(Lateral)」という点が構造上の重要なポイントです。従来の積層型センサーにおいても容量を増やす試みはありましたが、LOFICはキャパシタを画素の真上や真下に積み上げるのではなく、フォトダイオードの隣に水平方向に配置します。

 これにより、受光面積を犠牲にせずに蓄積容量を拡大できるという利点があります。

LYTIA L910における効果

 LYTIA L910では、このLOFIC構造の採用により、飽和電荷量を従来モデル(LYTIA 828)と比較して約10倍に拡大することに成功しています。

 さらに、TCG-HDR(Triple Conversion Gain-HDR)技術と組み合わせることで、1回の露光だけで100dBという広大なダイナミックレンジを実現しています。

 複数枚撮影して合成する従来のHDR手法と異なり、単一露光で処理するため、動体ブレやフリッカーの発生を根本的に回避できる点が大きな強みです。


LOFICとはフォトダイオードから溢れた電荷を隣接キャパシタに横方向で蓄積する画素構造技術。白飛びを防ぎ飽和電荷量を大幅に拡大することで、単一露光による高ダイナミックレンジ撮影を実現します。

なぜこれまでLOFIC構造がなかったのか

 LOFIC構造そのものは新発明ではなく、以前から研究・議論されてきた技術概念です。それにもかかわらず、モバイル向けセンサーへの搭載が遅れてきたのには、複数の構造的な理由があります。

1. 画素の微細化との根本的なトレードオフ

 スマートフォン向けイメージセンサーは、カメラモジュールの薄型化・小型化の要求から、画素ピッチの極限まで微細化が進められてきました。LYTIA L910でも1.22μmという非常に小さな画素ピッチを採用しています。

 LOFICはフォトダイオードの「横に」キャパシタを追加する構造であるため、画素内のレイアウトに余剰スペースが必要です。

 画素が微細であればあるほど、そのスペースを確保することが困難になります。キャパシタを横に置くと、その分だけ受光面積(開口率)が狭まり、逆に感度低下を招くリスクがありました。モバイル向けでは画素が極小であるため、このトレードオフが特に深刻で、長らく実用化の壁となっていました。

2. 積層型プロセス技術の成熟が前提条件だった

 LOFICを実用レベルで搭載するには、センサー層と回路層を別々に製造して貼り合わせる「積層型(Stacked)構造」の高度な製造技術が不可欠です。

 積層型にすることで、回路設計の自由度が上がり、フォトダイオード層にLOFIC用のキャパシタを組み込みながら、読み出し回路を別チップに分離できます。

 この積層プロセス自体がソニーの場合2010年代から段階的に進化してきたものであり、LOFIC搭載を現実的にするだけの製造精度が整ったのはごく最近のことです。

3. 回路設計の複雑化

 LOFICを導入すると、フォトダイオードとキャパシタそれぞれから電荷を読み出す仕組みが必要になり、読み出し回路が複雑化します。

 LYTIA L910では3種類の変換効率で電荷を読み出すTCG-HDR技術をさらに組み合わせていますが、こうした複数系統の読み出しを小さな画素ピッチの中で低消費電力かつ高速に実現する回路設計は、半導体設計技術の粋を集めたものであり、以前は実現困難でした。

4. 競合他社も含めた業界全体の流れ

 なお、競合のOmniVisionはすでに「TheiaCel」アーキテクチャでモバイル向けLOFICを先行導入しており、ソニーが初というわけではありません。ただし、ソニーがLYTIAブランドのハイエンドラインに投入したことで、業界全体の採用加速が現実味を帯びてきたと見られています。


LOFIC搭載が遅れた主因は、画素微細化による搭載スペース確保の困難さ、積層型製造プロセスの成熟度不足、そして複雑な読み出し回路設計の実現難易度にあります。これらの技術課題が近年ようやく克服されたことで、モバイル向け実用化が実現しました。

どのように余剰スペースを確保したのか

 ソニーが公式にLYTIA L910の画素レイアウト詳細を開示しているわけではありませんが、積層型センサーの構造的な原理と業界の技術動向から、主要な解決策を整理できます。

1. 積層構造による「垂直方向への機能分離」

 最も根本的な解決策は、積層型(Stacked)アーキテクチャの活用です。

 積層型の実装では、回路をフォトダイオードの下に配置することで画素サイズを縮小しながら、受光面積(フィルファクター)を最大化できます。また、各層ごとに最適化された製造プロセス技術を適用できるという利点もあります。

 フォトダイオード層(光を受ける層)と回路・キャパシタ層(電荷を処理・蓄積する層)を物理的に別チップに分離することで、受光面積を犠牲にせずにLOFIC用キャパシタを搭載するスペースを生み出しているのです。

2. 複数画素でキャパシタを共有する設計

 現在のモバイル向けLOFICは1μm未満には対応していません。クワッドピクセル読み出しとの組み合わせにより、4つの画素が1つの小型MIMキャパシタを共有し、オーバーフロー経路を簡素化することで、他の画素構造のためのスペースを確保しています。

 LYTIA L910の1.22μmという画素ピッチの場合も、4画素単位でキャパシタを共有することで、個々の画素あたりの専有面積を大幅に圧縮していると考えられます。

3. MIMキャパシタと配線層への統合

 積層型CMOSイメージセンサーでは、チップ間の接続部分にあるパッド絶縁層の中にMIM(Metal-Insulator-Metal)キャパシタを内蔵する構造が採られます。

 MIMキャパシタは非常に薄い絶縁膜を金属層で挟んだ構造で、単位面積あたりの容量密度が高く、画素の配線層内に組み込めるため、受光面積への影響を最小限に抑えられます。

4. 回路設計の最適化による消費面積の削減

 LOFICを搭載すると、HCG(高変換ゲイン)信号とLCG(低変換ゲイン)信号の両方に対してADCとSRAMが必要になるため、標準センサーと比較して電力消費と回路面積が増大するという課題があります。

 ソニーはこの点においても独自の回路最適化技術を用い、消費電力と面積の増大を抑制しながら、低消費電力での4K 60fps動画撮影を実現しています。


余剰スペースの確保は主に、①積層構造による回路層とセンサー層の垂直分離、②4画素単位でのキャパシタ共有、③配線層内へのMIMキャパシタ統合、という3つのアプローチの組み合わせで実現されています。受光面積を守りながら蓄積容量を拡大するのが積層型技術の真髄です。

LOFIC構造の搭載でスマホはどう変わるのか

 LOFIC構造の搭載は、単なるスペック上の数値向上にとどまらず、スマートフォンカメラの「撮影体験そのもの」を変える可能性を持っています。具体的な変化を場面ごとに整理します。

1. 白飛び・黒つぶれが同時に解消される

 これまでのスマートフォンカメラが苦手としてきた最大の課題が、明暗差の大きなシーンでの階調表現です。逆光での人物撮影、夜景にネオンサインが混在する場面、晴天下での窓越し撮影などでは、明るい部分が白く飛ぶか、暗い部分が黒くつぶれるかのいずれかを強いられてきました。

 LOFIC構造により飽和電荷量が従来比約10倍に拡大し、TCG-HDR技術との組み合わせで単一露光100dBのダイナミックレンジを実現したことで、明部と暗部の情報を同時に保持できるようになります。明るい空と暗い建物が同時に写る夕景や、人物の背後に太陽がある逆光シーンなどで特に効果を発揮すると見られています。

2. 動く被写体のHDR撮影が自然になる

 従来のHDR撮影は、露出を変えた複数枚の画像を合成するマルチフレーム方式が主流でした。この方式は広いダイナミックレンジを得られる反面、被写体が動いている場合には不自然な残像やノイズが発生することもありました。

 LOFIC搭載により単一露光でHDRが完結するため、動体ブレや人工照明下でのフリッカーが原理的に発生しません。スポーツ観戦や子どもの撮影など、動きのある被写体でも自然なHDR描写が可能になります。

3. AI補正に頼らない「素直な」画像が得られる

 近年のスマートフォンカメラはAI処理やマルチフレーム合成で画質を底上げしていますが、過剰なシャープネス強調や不自然な色彩補正が生じるケースも少なくありませんでした。

 LYTIA L910はセンサーそのものの性能を引き上げることで、より自然なHDR表現を実現する点が大きな特徴です。

 センサーレベルで情報を正確に取得できるため、AI処理はあくまで補助的な役割にとどまり、肉眼に近い自然な仕上がりが期待できます。

4. 動画撮影の質が大きく向上する

 静止画だけでなく、動画撮影においても変化は顕著です。低消費電力で4K 60fpsのHDR動画撮影が可能となり、さらにスマートフォン画面上でHDR品質のプレビューを確認しながら撮影できるようになります。

 夜景動画や屋外ライブ映像など、これまでスマートフォンでは表現が難しかった映像表現の幅が広がります。

5. 低照度性能の底上げ

 UHCG回路技術によりランダムノイズが従来比約30%低減されており、夜間の都市部など、ネオンサインやLED照明の強いハイライトと深い暗部が混在するシーンで、シャドウ部のディテールをノイズで潰すことなくクリアに描写できます。

 暗所でありながら高輝度な光源も存在するという、最も難しい撮影条件への対応力が上がります。

6. バッテリー消費への好影響

 複数枚撮影して合成する従来のHDR方式と比較し、単一露光で処理が完結することで計算負荷が大幅に軽減されます。

 ソニー独自の回路設計と先進プロセスにより、アナログ-デジタル信号変換に要する時間を短縮し、センサーの消費電力を低減することで、スマートフォンのバッテリー消費を抑えられます。


LOFIC搭載により、スマホカメラは逆光・夜景などの難条件でも白飛び・黒つぶれを同時に解消し、動体ブレのないHDR撮影と4K 60fps動画を低消費電力で実現します。AI補正依存からセンサー性能主導の自然な描写へのシフトが最大の変化です。

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