この記事で分かること
1. 大幅増益の理由
半導体・デジタル市場の本格的な回復により、利益率の高い最先端パッケージ基板用エポキシ樹脂などの出荷が急増。さらに、原燃料価格の安定と製品への価格転嫁維持により、利ざやが大幅に拡大したことが主因です。
2. パッケージ基板用エポキシ樹脂とは
半導体チップとマザーボードを繋ぐ「パッケージ基板」に使われる高性能な絶縁材料です。激しい発熱でも歪まない高い耐熱性と低熱膨張性を持ち、生成AI向けなど最先端半導体の高密度実装に不可欠な素材です。
3. なぜ低吸湿性が重要なのか
樹脂が水分を吸うと、ハンダ付け時の熱で水分が急激に気化・膨張し、基板が破裂する「ポップコーン現象」の原因になります。また、内部の微細な回路をサビさせたり、ショートを引き起こすため低吸湿性が重要です。
DICの好調決算
2026年5月15日に発表された、DICの2026年12月期 第1四半期(1〜3月期)の連結決算では、純利益が前年同期比3.1倍の191億円と非常に強い数字を叩き出しており、これを受けて午後の株式市場では同社の株価が急騰しました。
今回の好決算の最大の原動力となったのは、成長シャトルとして位置づけられているケミトロニクス事業の躍進です。世界的な半導体需要の旺盛な回復を背景に、パッケージ基板用や半導体製造プロセス向けのエポキシ樹脂、高付加価値な電子材料などの出荷が非常に強く伸びました。
今回の上半期(1〜6月期)の営業利益計画は「290億円」ですが、第1四半期(1〜3月)だけで245億円を稼ぎ出したため、進捗率は一気に84.5%に達しています。
現時点では、上半期および通期の業績予想は従来計画のまま据え置かれていますが、エレクトロニクス向けの需要がこのまま堅調に推移すれば、今後の上方修正への期待も十分に高まる内容と言えます。
増益の理由は何か
DICが今回、純利益3.1倍という大幅な増益を達成した主な理由は、大きく分けると「高付加価値製品(デジタル・半導体向け)の復調」と「構造改革・価格コントロール」の2点に集約されます。
1. デジタル・半導体材料(ケミトロニクス)の急回復
同社が成長の柱として注力している「ケミトロニクス事業」が業績を大きく牽引しました。
- 半導体市場の回復: 世界的な半導体・エレクトロニクス市場の本格的な復調に伴い、最先端パッケージ基板向けのエポキシ樹脂や、半導体製造プロセスに不可欠な高機能エレクトロニクス材料の出荷が非常に強く伸びました。
- 高利益率製品の構成比アップ: これらのデジタル材料は一般的な汎用ケミカルに比べて利益率(マージン)が高いため、売上の伸び以上に利益を押し上げる原動力となりました。
2. スプレッド(利ざや)の改善と適正な価格対応
- 原材料・燃料価格の落ち着き: 一時期の極端な原燃料高騰が沈静化したことで、製造コストが安定しました。
- 価格転嫁の浸透: コストが落ち着く一方で、これまで進めてきた「販売価格の適正化(製品価格へのコスト転嫁)」を維持できたため、売上原価率が下がり、製品1単位あたりの「利ざや(スプレッド)」が大幅に拡大しました。
3. 全セグメントでの構造改革効果
パッケージ用インクなどを扱うカラー&ディスプレイ事業や、機能性材料事業など、全社的に進めてきた不採算製品・事業の整理(構造改革)が進捗しました。これにより体質がスリム化し、需要回復の局面で利益が出やすい収益構造へと変化しています。
「需要が戻ってきた高利益率の半導体材料」を、「コスト管理と価格維持によって高まった高い収益効率」で売りまくったことが、今回の爆発的な増益の正体です。

半導体・デジタル市場の本格的な回復により、利益率の高い最先端パッケージ基板用エポキシ樹脂などの出荷が急増。さらに、原燃料価格の安定と製品への価格転嫁維持により、利ざやが大幅に拡大したことが主因です。
パッケージ基板用エポキシ樹脂とは何か
パッケージ基板用エポキシ樹脂とは、スマートフォンやデータセンターのサーバー、AI用プロセッサなどに搭載される「半導体パッケージ基板」に使用される、極めて高性能なプラスチック(絶縁材料)のことです。
半導体チップ(シリコン)とマザーボード(電子基板)の間を中継する基板において、電気を遮断する「絶縁層」や、回路を保護する材料として不可欠な存在です。
1. 主な役割
- 電気を漏らさない(高絶縁性)非常に微細な電子回路の間で、電気が漏れてショートするのを防ぎます。
- 熱に強く、変形しない(低熱膨張性)半導体は作動時に激しく発熱します。熱によって基板が反ったり歪んだりすると、微細な配線がちぎれてしまうため、熱を加えても極めて伸び縮みしにくい特性(低熱膨張)が求められます。
2. なぜ今、需要が急増しているのか?(生成AI・HBM等の影響)
現在の半導体業界では、チップ単体の微細化だけでなく、複数のチップ(CPU、GPU、高帯域幅メモリー=HBMなど)を一つの基板上に超高密度で並べる「次世代パッケージング技術(2.5D/3D実装)」が主流になっています。
これにより、パッケージ基板は大型化・多層化しており、使用されるエポキシ樹脂の量が増えるだけでなく、要求されるスペック(耐熱性や信号ロスの低減)が跳ね上がっています。
3. DIC(大日本インキ化学)の強み
DICはこの分野の世界大手であり、特に「低吸湿性(湿気を吸いにくい)」「高耐熱性」「低伝送損失(電気信号が弱まりにくい)」を高い次元で両立したエポキシ樹脂の開発・合成技術に強みを持っています。
今回の決算で業績を大きく牽引したのも、こうした生成AI向けデータセンターや最先端エレクトロニクスに使用される、付加価値の極めて高いグレードの樹脂製品です。

半導体チップとマザーボードを繋ぐ「パッケージ基板」に使われる高性能な絶縁材料です。激しい発熱でも歪まない高い耐熱性と低熱膨張性を持ち、生成AI向けなど最先端半導体の高密度実装に不可欠な素材です。
なぜ低吸湿性が重要なのか
パッケージ基板用エポキシ樹脂において、低吸湿性(水分を吸いにくい性質)が極めて重要な理由は、水分が原因で「半導体の破裂(ポップコーン現象)」や「回路のショート・腐食」が起き、電子機器が完全に破壊されてしまうからです。
1. 「ポップコーン現象」による基板の破裂を防ぐ
エポキシ樹脂が空気中の水分を吸ってしまうと、半導体を基板に実装する際(約260℃におよぶリフロー炉でのハンダ付け工程)に、中の水分が一瞬で沸騰して猛烈な水蒸気圧が発生します。
これにより、樹脂の内部から「ポン!」と弾けるようにクラック(ひび割れ)が入ったり、剥離が起きたりします。これがスナック菓子のようであることからポップコーン現象と呼ばれ、不良品の最大の原因になります。
2. 回路のショート(イオンマイグレーション)を防ぐ
基板の内部には、ミクロン単位の極めて微細な銅の配線が張り巡らされています。
樹脂が水分を含んでいると、電圧がかかった際、水分に溶け出した金属イオンが対極に向かって移動し、まるで木の枝(デンドライト)のように金属の結晶が伸びていく現象が起きます。これが対極に達すると回路がショートし、機器が故障します。
3. 微細な銅配線のサビ(腐食)を防ぐ
水分は単純に内部の金属配線をサビつかせます。特に最先端のAI半導体向け基板などは配線が極限まで細いため、わずかな腐食でも断線(電気の通り道が途切れること)に直結します。
そのため、DICなどが開発する最先端の樹脂には、分子構造を工夫して「徹底的に水分子を寄せ付けない(吸湿率を極限まで下げる)」という高度な化学技術が詰め込まれています。

樹脂が水分を吸うと、ハンダ付け時の熱で水分が急激に気化・膨張し、基板が破裂する「ポップコーン現象」の原因になります。また、内部の微細な回路をサビさせたり、ショートを引き起こすため低吸湿性が重要です。(100文字)
どのように低吸湿性を実現しているのか
エポキシ樹脂の低吸湿性を実現するために、化学メーカーは主に
① 親水基の抑制(水となじむ部分を無くす)
② 疎水性骨格の導入(水を弾く壁を作る)
③ 自由体積の減少(水の通り道を塞ぐ)
という3つのアプローチを分子設計レベルで組み合わせています。
1. 親水基(水酸基:-OH)の生成を抑える
通常のエポキシ樹脂は、硬化(接着・凝固)反応の過程で、水分子と結合しやすい「水酸基(-OH)」が分子内にどうしても発生してしまいます。これが吸水率を高める最大の原因になります。
- 対策(アクティブエステル硬化): 近年の最先端基板材料では、硬化剤にフェノール類ではなく「アクティブエステル(活性エステル)硬化剤」などが多用されます。これにより、硬化反応が起きても水酸基(-OH)をほとんど発生させない(あるいは極性の低いエステル基に置き換える)設計が可能になり、吸湿性を劇的に下げることができます。
2. 疎水性の高い化学構造(骨格)を組み込む
分子のバックボーン(主鎖)に、水を激しく弾く油に近い性質(疎水性)を持つ炭化水素や芳香環を大量に組み込みます。
- ジシクロペンタジエン(DCPD)骨格: 非常に嵩高く、強い疎水性を持つ脂環式構造です。これをエポキシ樹脂の骨格に組み込んだ「DCPD型エポキシ樹脂」は、水分子を物理的に寄せ付けないシールド効果を発揮します。
- ナフタレン骨格・ビフェニル骨格: ベンゼン環が連結した剛直な芳香族構造です。これらも高い疎水性を持ち、同時に耐熱性も引き上げることができます。
3. 分子の隙間(自由体積)を減らし、高密度化する
樹脂が高分子として固まる際、分子の並び方に立体的な隙間(自由体積)があると、そのわずかなスペースに水分子(H₂O)が入り込んで留まってしまいます。
- 対策: 分子の三次元的な架橋(網の目)密度を緻密にコントロールし、硬化時に分子同士が隙間なくギチギチにパッキングされるように設計します。物理的に「水の居場所」をなくすアプローチです。
このように、「反応の仕組み(硬化システム)」と「骨格の形(分子デザイン)」の両面からアプローチすることで、相反しやすい「高耐熱」と「低吸湿」を限界まで両立させています。

硬化時の親水基(水酸基)の発生を抑制し、分子骨格に水を強力に弾く疎水性構造(ジシクロペンタジエン型等)を導入。さらに分子同士の結合密度を高めて物理的な隙間を無くすことで、優れた低吸湿性を実現します。(101文字)
パッケージ基板用エポキシ樹脂のシェアはどうか
パッケージ基板用(および半導体向け)エポキシ樹脂の市場は、高度な有機合成技術が要求されるため、日本企業がグローバルサプライチェーンにおいて圧倒的なシェアと存在感を握っている市場です。
その中で、今回好決算を発表したDICは世界トップ(No.1)の地位を確立しています。シェアの構造と主要なプレイヤーの立ち位置は以下の通りです。
1. DICの市場ポジション:世界シェアNo.1
DICは、公式の投資家向け資料でも「配線基板用エポキシ樹脂」および「封止材用エポキシ樹脂」において世界シェア第1位であることを明記しています。
特に同社が強いのは、一般的な汎用品ではなく、前述したジシクロペンタジエン(DCPD)型やナフタレン型といった、生成AIやデータセンター向けの「高耐熱・低吸湿」が求められる最先端パッケージ基板向けの特殊エポキシ樹脂の領域です。ここで圧倒的な市場支配力を持っています。
2. 日本企業の独壇場と主要なプレイヤー
この分野は川上(原料樹脂)から川中(基板材料)まで、日本メーカーが強力なネットワークを築いています。
- 三菱ケミカルグループ特殊エポキシ樹脂の強力な競合です。特に結晶性エポキシ樹脂(ビフェニル骨格など)に強みを持ち、基板の薄型化や高熱伝導化のニーズにおいてDICと市場を分け合っています。
- 日鉄ケミカル&マテリアルエポキシ樹脂の老舗であり、独自の分子設計による高耐熱・低吸湿樹脂を展開し、パッケージ基板向けに高い実績を持っています。
- レゾナック(旧昭和電工・日立化成)エポキシ樹脂そのものだけでなく、それを使って作られるパッケージ基板のコア材料「銅張積層板(CCL)」で世界大手の企業です。材料の配合・特許総合力でトップクラスのプレイヤーです。
「味の素(ABF)」との関係
パッケージ基板のシェアを語る上で外せないのが、味の素ファインテクノが製造する「ABF(味の素ビルドアップフィルム)」です。主要なCPUやGPUのパッケージ基板の絶縁材として、世界シェアをほぼ独占(100%近く)しています。
このABFの主成分こそが「特殊エポキシ樹脂」です。味の素は樹脂そのものをゼロから作るメーカーではなく、DICや三菱ケミカルなどが作る最先端のエポキシ樹脂を仕入れ、独自のノウハウで最適なフィルム状に調合(ブレンド)して提供しています。

現在の生成AIブーム(NVIDIAのGPUなど)により、味の素のABFやレゾナックの基板材料の需要が爆発していますが、その最上流にある「一番いいエポキシ樹脂」を世界で最も供給しているのがDICです。

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