産総研による松脂からの黒鉛生成

この記事で分かること

従来の黒鉛電極の製造方法

石油・石炭由来のコークスを原料とし、粉砕や球状化、バインダーとの混練・炭化を経た後、2800〜3000℃の超高温で熱処理(黒鉛化)を施すことで、炭素原子を規則正しく再配列させて製造します。

松ヤニからの合成方法

松やにの樹脂酸を原料とし、結晶化しやすい分子構造に組み替えた人工ピッチを合成します。これを金属触媒を使わずに熱処理(炭化・黒鉛化)を施すことで、炭素原子を規則正しく再配列させて電池用の黒鉛を製造します。

どのように芳香族を多くするのか

松やにの樹脂酸に対し、パラジウム触媒を用いて脱水素反応を行うことで分子を芳香族化します。さらに塩化鉄などの酸化剤を加えて分子同士を結合させ、熱処理時に整列しやすい巨大な芳香族構造へと成長させます。

産総研による松脂からの黒鉛生成

 産総研は松やに(ロジン)から人造黒鉛の前駆体を合成し、無触媒で黒鉛化することに成功したことを発表しています。

 リチウムイオン電池の負極材などに使われる「人造黒鉛」は、これまで石油や石炭由来の副産物(コールタールピッチや石油コークスなど)に100%依存していました。今回発表は、非化石資源である植物由来の「松やに(樹脂酸)」に置き換え、実用的な黒鉛材料を合成できることを示した世界初の成果です。

 一般的にバイオマス(木材や植物)から炭を作る場合、そのまま加熱すると結晶構造がバラバラな「難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)」になりがちです。

 今回の手法では分子設計の妙により、綺麗な黒鉛構造(イージーカーボン)へ転換することに成功しています。

従来の黒鉛電極の製造方法は

 リチウムイオン電池(LIB)の負極材などに使われる「人造黒鉛(人工黒鉛)」の従来の製造方法は、石油や石炭の精製副産物を主原料とし、以下のような複数の熱処理と機械加工を経て作られます。

1. 原料の調達と調整(化石燃料由来)

 出発原料には、石油の流動接触分解装置や石炭タールから得られる「重質油」が使われます。これをディレードコーキングと呼ばれるプロセスで熱分解・重縮合させ、ニードルコークス(生コークス)と呼ばれる結晶性の高い炭素塊を製造します。

2. 粉砕・球状化(メカノケミカル処理)

 コークス塊を数μ〜数十μmのサイズまで細かく粉砕します。

 特にリチウムイオン電池の負極材にする場合、充放電時にリチウムイオンが全方向からスムーズに出入りできるよう、機械的な力を加えて粒子を丸く整える「球状化(あるいは造粒)」という工程を挟みます。

3. 混練・炭化(焼成)

 球状化したコークス粉末に、結合剤(バインダー)として石炭由来のコールタールピッチなどを混ぜて加熱しながら練り合わせます(混練)。

 その後、不活性雰囲気下(1,000〜1,300℃程度)で焼き、バインダー成分の揮発分を飛ばして炭化させます。

4. 黒鉛化(超高温処理)

 ここが製造における最大のエネルギー消費工程です。

 炭化した材料を「アチソン炉」や「連続式黒鉛化炉」と呼ばれる特殊な超高温電気炉に入れ、2,800〜3,000℃という気の遠くなるような高温で数日間熱処理します。

 この超高温によって、不規則だった炭素原子の配列が、綺麗に整列した「六方晶のグラフェンシートが積み重なった黒鉛結晶構造」へと再配列します。

5. 表面処理(コーティング)

 黒鉛化された粒子のままだと、初期の充放電時に電解液が分解されやすく、電池の寿命や効率(初期効率)が落ちてしまいます。そのため、粒子の表面に薄くピッチを被覆し、再度約1,000℃で軽焼成して「無定形炭素(ハードカーボン/ソフトカーボン)の保護層」を形成します。

従来法の課題(なぜ産総研の技術が求められるのか)

  • 膨大なCO2排出と電力消費: 3,000℃近い超高温を維持するために莫大な電気エネルギーを消費します。
  • サプライチェーンの偏り: 原料となる高品質なニードルコークスの製造や、安価な電力を背景とした黒鉛化処理の多くは特定の国(中国など)に大きく依存しています。
  • 化石燃料依存: 原料もバインダーも、すべて石油・石炭精製の「底(重質成分)」から来ているため、脱炭素化のボトルネックになっていました。

 産総研の「松やに」を使った技術は、ステップ3〜4にあたる「結晶の並びやすさ(配向性)」を分子設計の段階であらかじめ仕込んでおくことで、よりコントロールしやすく、かつカーボンニュートラルな手法で黒鉛骨格を作れる点が画期的だと言えます。

石油・石炭由来のコークスを原料とし、粉砕や球状化、バインダーとの混練・炭化を経た後、2800〜3000℃の超高温で熱処理(黒鉛化)を施すことで、炭素原子を規則正しく再配列させて製造します。

どのように松ヤニから製造するのか

 産総研が成功した「松やに」から黒鉛を製造するプロセスは、大きく分けて「①化学的な分子の改造」「②段階的な熱処理」の2つのフェーズに分かれます。植物特有の弱点を化学設計で克服した、具体的な製造手順は以下の通りです。

1. 原料の抽出

 松の樹液(松やに/ロジン)から、主成分である「樹脂酸(アビエチン酸などのテルペン類)」を抽出して出発原料とします。

2. 分子構造の再構築(ここが技術の核心)

 本来、木や植物をそのまま焼くと、溶けずに結晶がバラバラな炭(ハードカーボン)になってしまい黒鉛になりません。

 そこで、産総研チームは既存の石油系ピッチをモデルに、樹脂酸の化学構造をボトムアップで組み替えました。

  • 黒鉛のベースとなる「芳香族(ベンゼン環のつながり)」を多く持たせる。
  • 結晶化を邪魔する「酸素」を意図的に引き抜く(低酸素化)。

 これにより、熱をかけるとドロドロに溶けて分子が綺麗に整列する「人工の植物由来ピッチ(前駆体)」を合成します。

3. 段階的な熱処理(炭化)

 合成したピッチを、酸素のない状態で加熱します。

 ステップ2の分子設計が効いているため、加熱すると一度液体(液晶状態)になり、炭素分子たちが自発的に同一方向へ綺麗に整列しながら炭化していきます。

 この「綺麗に並びたがる性質」を仕込んであるため、有害な金属触媒などを使う必要がありません。

4. 超高温熱処理(黒鉛化)

 整列した炭化物を、さらに高温で熱処理します。

 ベースとなる原子の並びがすでに整っているため、熱を加えるだけでスムーズに結晶が育ち、最終的にリチウムイオン電池の負極として機能する「完璧な層状の黒鉛(グラファイト結晶)」が完成します。

なぜ「松やに」が選ばれたのか

 木材の主成分であるセルロースやリグニンは、酸素が多く構造が複雑なため、黒鉛のきれいな平らなシート(グラフェン骨格)にするのが非常に困難です。

 一方で、松やにの主成分である「テルペン類」は、もともと炭素がリング状に連なった骨格(環状構造)を豊富に持っています。 この天然の形が、黒鉛のハニカム構造へと化学的に作り変えやすかったという、材料科学的な相性の良さが最大のポイントです。

松やにの樹脂酸を原料とし、結晶化しやすい分子構造に組み替えた人工ピッチを合成します。これを金属触媒を使わずに熱処理(炭化・黒鉛化)を施すことで、炭素原子を規則正しく再配列させて電池用の黒鉛を製造します。

どのように芳香族を多くするのか

 産総研が発表した技術において、松やに(ロジン)の主成分である樹脂酸を「芳香族が多く、酸素が極めて少ない構造」に変えるために、触媒と酸化剤を用いた2段階の化学処理が行われています。

1. パラジウム触媒による「脱水素」と「脱炭酸」

 まず、原料の松やにを窒素雰囲気下で約420℃に加熱し、パラジウム炭素(Pd/C)触媒を作用させます。ここで2つの重要な化学反応が同時に起こります。

  • 脱水素反応(芳香族化): もともと環状(リング状)の骨格を持っていたテルペン類の分子から水素を引き抜くことで、分子構造を不飽和化させ、「3環系の芳香族炭化水素(ベンゼン環が3つつながった骨格)」へと一気に変換します。これが芳香族を増やす核となる反応です。
  • 脱炭酸反応(低酸素化): 樹脂酸が持つカルボキシ基(-COOH)から二酸化炭素を脱離させ、結晶化の邪魔になる酸素を効率よく取り除きます。

2. 塩化鉄による「酸化重合(オリゴマー化)」

 ステップ1で得られた3環系の芳香族分子は、まだサイズが小さくバラバラなため、そのまま焼くと黒鉛になる前に蒸発してしまいます。そこで、塩化鉄(III)(FeCl3)などの酸化剤を投入します。

  • 分子どうしの連結: 酸化反応によって、バラバラだった小さな芳香族分子どうしを強力に結合させ、より大きな網目状の芳香族連結構造(オリゴマー)へと成長させます。

この処理がもたらす効果

この2段階の精緻な分子設計により、松やには「加熱すると220〜340°Cでドロドロに溶け、液体の状態で分子が自発的に同一方向へ綺麗に並ぶ」という、石油系ピッチと全く同じ特性(異方性液晶ピッチ)を持つようになります。

 この「綺麗に並びたがる性質」があらかじめ仕込まれているからこそ、その後の超高温処理において、金属触媒を一切使わずに熱をかけるだけで完璧な層状の黒鉛結晶を作ることができるのです。

松やにの樹脂酸に対し、パラジウム触媒を用いて脱水素反応を行うことで分子を芳香族化します。さらに塩化鉄などの酸化剤を加えて分子同士を結合させ、熱処理時に整列しやすい巨大な芳香族構造へと成長させます。

なぜ酸素が邪魔なのか、どのように低酸素化するのか

 植物由来の材料を「黒鉛(グラファイト)」にする上で、酸素は最大の障害になります。理由は主に2つあります。

  • 分子がドロドロに溶けなくなる(最大の理由)酸素が多く含まれたまま加熱すると、炭素と酸素がランダムに結びつき、分子同士をガチガチに繋ぐ「架橋(クロスリンク)構造」を作ってしまいます。これにより、熱をかけても材料が融解(ドロドロに溶けること)できなくなり、分子が綺麗に並び替わることが不可能な「難黒鉛化性炭素(ハードカーボン/炭)」のまま固まってしまうのです。
  • 電池の性能(初期効率)が落ちる電極材料に酸素が残っていると、リチウムイオン電池として動かした際に、リチウムイオンがその酸素と余計な反応を起こして消費されてしまいます。その結果、電池の容量や寿命が大幅に低下します。

2. どのように低酸素化するのか

 産総研の手法では、触媒と熱の力を組み合わせた「脱炭酸反応」によって、ピンポイントで酸素を追い出しています。

  • CO2としてガス化して引き抜く松やにの主成分である樹脂酸は、分子の端に酸素を多く含む「カルボキシ基(-COOH」という部分を持っています。 ここにパラジウム炭素(Pd/C)触媒を加え、約420℃で加熱すると、このカルボキシ基が二酸化炭素(CO2)ガスへと変化し、分子から直接切り離されて外へ抜けていきます。

 この処理によって、ベースとなる炭素の骨格(リング構造)はそのまま維持しながら、不要な酸素だけを極限まで取り除くことに成功しています。

酸素があると分子が架橋して融解・整列できず黒鉛化が阻害されます。そのためパラジウム触媒と熱を用い、樹脂酸のカルボキシ基を二酸化炭素として脱離させる脱炭酸反応によって、効率的に酸素を追い出します。

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