この記事で分かること
- MEMSデバイスの高周波スイッチとは:半導体プロセスで作られた超小型の機械式スイッチです。静電気力などで微細な可動部を動かし、RF信号の経路をON/OFFします。
- 可動部の機械的に動く理由:電気信号(電圧)を印加することで生じる静電気力(静電引力)によって機械的に動きます。対向する電極間に働くこの引力が、可動部を引きつけ、接点を開閉させます。
- ウエハの直接接合が必要な理由:微細な可動接点を大気中の汚染や湿気から隔離し、高い気密性を確保するため不可欠です。また、キャビティ内を真空・低圧に保ち、スイッチの高性能化(高速動作、低ダンピング)を実現するためにも必要です。
MEMSデバイスの高周波スイッチ
チップの微細化による性能向上の限界が見え始めていることから、半導体製造において前工程から後工程へと性能向上開発の主戦場が移り始めています。複数のチップを効率的に組み合わせて性能を引き出す「後工程」の重要性が増しています。
前回はDNAチップに関する記事でしたが、今回はMEMSデバイスの高周波スイッチに関する記事となります。
MEMSデバイスの高周波スイッチとは何か
MEMS(メムス)デバイスの高周波スイッチは、微小電気機械システム(Micro-Electro-Mechanical Systems)技術を用いて作られた、高周波(RF: Radio Frequency)信号の経路を切り替えるための超小型の機械式スイッチです。
MEMS高周波スイッチの基本
MEMS高周波スイッチは、従来の半導体スイッチ(GaAs FETなど)や機械式リレーの欠点を克服するために開発されました。
- 動作原理:
- シリコン基板などの上に、カンチレバー(片持ち梁)やブリッジ(橋)のような微細な可動構造を作り込みます。
- 電気信号(主に静電気力)を印加することで、この微細な可動部を機械的に動かし、接点を開閉させ、高周波信号の電気的接続を切り替えます。
- 原理は機械式リレーに似ていますが、そのサイズは極めて小さく(マイクロメートルオーダー)、半導体プロセスで作られます。
主な特長(優位性)
MEMS高周波スイッチは、その機械的な動作原理から、高周波回路において非常に優れた性能を発揮します。
- 低挿入損失(Low Insertion Loss):
- スイッチがONの状態のときに信号経路に加わる損失が非常に小さいです。これは、接点の接触抵抗が低く、電気的な絶縁性が高いためです。
- これにより、信号の劣化を最小限に抑え、特に広帯域(DCから数十GHz)にわたって良好な特性を実現します。
- 高アイソレーション(High Isolation):
- スイッチがOFFの状態のときに、入力端子と出力端子間の信号漏れ(分離度)が非常に小さいです。
- これにより、送信と受信の切り替えや、複数の周波数帯域の切り替え時に、ノイズや干渉を大幅に低減できます。
- 高Q値:
- コンデンサやインダクタなどの受動素子も同時に集積できるため、回路全体のQ値(品質係数)を高めることができ、フィルタなどの性能向上に寄与します。
- 小型・軽量:
- 半導体製造技術(8インチプロセスなど)を用いて作られるため、WL-CSP(ウェハレベルチップスケールパッケージ)などにより、世界最小クラスの小型化が可能です。
- 高い電力処理能力:
- 従来の半導体スイッチよりも高いRF/DC電力を処理できるものもあります。
主な用途
これらの優れた特性から、MEMS高周波スイッチは以下のような分野で利用が広がっています。
- モバイル通信機器(スマートフォン、タブレットなど):
- アンテナと送信/受信回路間の切り替え(送受信スイッチ)。
- 多数の周波数帯域に対応するためのアンテナチューニングやフィルタバンクの切り替え。
- 計測機器:
- 広帯域かつ高精度な信号切り替えが求められるテスト機器や測定器。
- 軍事・航空宇宙:
- 高い信頼性と低損失が求められる通信システム。
これらのスイッチは、今日の5G/6Gのような高速・多周波数の無線通信システムの実現に不可欠なキーデバイスとなっています。

MEMS(微小電気機械システム)高周波スイッチは、半導体プロセスで作られた超小型の機械式スイッチです。静電気力などで微細な可動部を動かし、RF信号の経路をON/OFFします。低挿入損失、高アイソレーション、広帯域性に優れ、主に5Gなどの無線通信機器のアンテナ切り替えなどに使われます。
微細な可動部はなぜ電気信号で機械的に動くのか
微細な可動部が電気信号で機械的に動くのは、以下のように主に静電気力(静電引力)を利用しているからです。MEMS高周波スイッチをはじめ、多くのMEMSアクチュエータ(動作器)は、この静電気力で微細構造を動かしています。
1. 対向する電極(コンデンサ構造)
可動部(例えばカンチレバーやビーム)と、その下側にある固定された電極の2つが向かい合って配置されています。これは平行板コンデンサと同じ構造です。
2. 静電引力の発生
- 可動部と固定電極の間にDC電圧(駆動のための電気信号)を加えます。
- 電圧を加えることで、2つの電極はそれぞれ正と負の電荷を帯びます。
- 異なる電荷は互いに引き合う静電引力(クーロン力)を発生させます。
3. 機械的な動き
- この静電引力が、可動部を固定電極の方向に引きつけます。
- 可動部は非常に小さく軽量で、梁(はり)のようなバネ構造で支えられているため、この引力によってたわんだり、下方向に引っ張られたりして、機械的に変位します。
- MEMSスイッチの場合、この変位によって可動部の接点が固定電極(信号ライン)に接触し、RF信号の経路がON(接続)に切り替わります。
その他のアクチュエーション原理
静電気力以外にも、MEMSデバイスでは用途に応じて以下のような力が利用されることもあります。
- 圧電効果(Piezoelectric Actuation):
- 圧電素子に電圧をかけると、素子がわずかに変形(伸び縮み)する性質を利用します。MEMSミラーやMEMSスピーカーなどに使われます。
- 電磁力(Electromagnetic Actuation):
- 可動部に形成されたコイルに電流を流し、固定磁石との間に生じるローレンツ力を利用します。
- 熱膨張(Thermal Actuation):
- 電気を流すことで構造の一部が発熱し、その熱膨張やバイモルフ構造の反りを利用して動きを生み出します。
MEMS高周波スイッチでは、一般的に静電気力が最もシンプルで、高速・低消費電力という利点から広く採用されています。

微細な可動部は、電気信号(電圧)を印加することで生じる静電気力(静電引力)によって機械的に動きます。対向する電極間に働くこの引力が、可動部を引きつけ、接点を開閉させます。
なぜ高周波に特化しているのか
MEMS高周波スイッチが高周波(RF)に特化している、あるいは高周波特性に優れているのは、その動作原理と構造が従来の半導体スイッチ(FETなど)や大型の機械式スイッチの弱点を克服しているためです。最も大きな理由は、以下に示すように、機械的な動作によって理想的な電気特性を実現できる点にあります。
1. 理想的な導体による「低挿入損失」
- ON状態(接続時): MEMSスイッチは、可動接点が固定接点に直接機械的に接触することで信号経路を作ります。この接点には、抵抗値の低い金属(金など)が使われます。
- メリット: 半導体スイッチのように電子部品の抵抗成分や寄生容量(後述)を介さないため、信号経路の抵抗が極めて小さくなります。これにより、信号のエネルギー損失(挿入損失)を最小限に抑えられ、高周波信号が劣化しにくいです。
2. 理想的な絶縁体による「高アイソレーション」
- OFF状態(非接続時): スイッチがOFFのとき、可動部は固定接点から物理的に離れます。この間には空気や真空などの理想的な絶縁体が存在します。
- メリット: 高周波信号がOFF状態の接点を飛び越えて漏れ出す現象(クロストークやリーク)を大幅に抑制できます。つまり、ON/OFF間の信号の分離度(アイソレーション)が非常に高くなります。
3. 半導体固有の欠点からの解放
- 非線形性の解消:
- 半導体スイッチは、入力される信号の電力(電圧)レベルによって特性が変化する「非線形性」を持ちます。特に大電力のRF信号を扱う際に、信号が歪む(高調波が発生する)原因となります。
- MEMSスイッチは、本質的にシンプルな機械的接点であるため、この非線形特性から解放されます。これにより、大電力(高直線性)の信号でも忠実に伝送できます。
4. 寄生容量・インダクタンスの抑制
- 超小型化: 半導体プロセスで製造されるため、スイッチ自体を極めて微細に作ることができます。
- メリット: 信号経路が短く、構造が単純なため、高周波で問題となる寄生容量(意図しないコンデンサ成分)や寄生インダクタンス(意図しないコイル成分)を最小限に抑えることができます。
- これにより、DCから数GHz、さらには20GHz以上といった超広帯域にわたって安定した性能を発揮します。
これらの特長から、MEMSスイッチは5G/6G通信や高性能計測器など、広帯域で低損失、高アイソレーションが求められる高周波システムにおいて、従来のスイッチに代わる重要な技術として利用されています。

機械的な接点により、ON時は抵抗が低い理想的な導体として挿入損失を極小化し、OFF時は空気や真空で高アイソレーションを実現するためです。半導体スイッチ特有の非線形性もなく、高周波信号を劣化させません。
MEMS高周波スイッチの製造でウエハの直接接合が必要な理由は何か
MEMS高周波スイッチの製造において、ウエハの直接接合(ダイレクトボンディング)が必要な主な理由は、微細な可動構造の保護と性能維持のためです。特に、以下の3点が重要となります。
1. 微細構造の気密封止(ハーメチック・エンカプセルレーション)
MEMS高周波スイッチは、マイクロメートルサイズの可動接点を持ちます。
- 汚染からの保護: 可動部は、製造後のダイシング(チップ分割)工程や、パッケージング、そして最終的な使用環境(大気中の水蒸気、酸素、微粒子など)から完全に隔離される必要があります。これらが侵入すると、接点の酸化や汚染が発生し、スイッチの主要な利点である低挿入損失や高い信頼性が損なわれてしまいます。
- ウエハレベルパッケージング(WLP): ウエハ直接接合は、この封止をウエハ全体レベルで一括して行う「ウェハレベルパッケージング」を可能にします。これにより、製造コストを抑えつつ、個々のチップを封止するよりも高い気密性を確保できます。
2. 動作環境の最適化(真空・低圧環境の実現)
MEMSスイッチの性能を最大限に引き出すためには、可動部が動作するキャビティ(空洞)内の圧力を制御する必要があります。
- ダンピングの低減: 可動部が高速で動作するとき、周囲の空気が抵抗(ダンピング)となり、応答速度やQ値(品質係数)を低下させます。
- 真空封止: ウエハを接合する際、キャビティ内を真空または低圧にすることで、この空気抵抗を極限まで減らすことができ、スイッチの高速動作と低消費電力化に貢献します。
3. 複雑な立体構造の実現(構造分離と集積化)
ウエハ直接接合は、2つの異なるウエハを積み重ねて一体化することで、単一のウエハ加工では困難な複雑な3次元構造を作り出すことを可能にします。
- 例えば、RF回路が形成されたウエハ(下層)と、可動構造や蓋となるウエハ(上層)を別々に加工し、最適な状態で接合することで、高機能なMEMSスイッチを実現します。
- これにより、RF特性に優れたウエハ材料と、機械的特性に優れたウエハ材料の異種材料集積も可能になります。
直接接合(フュージョンボンディング)は、中間層なしで共有結合に近い強固な接合を形成するため、高い気密性と熱的安定性が求められるMEMSデバイスに特に適しています。

ウエハの直接接合は、微細な可動接点を大気中の汚染や湿気から隔離し、高い気密性を確保するため不可欠です。また、キャビティ内を真空・低圧に保ち、スイッチの高性能化(高速動作、低ダンピング)を実現するためにも必要です。

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