この記事で分かること
1. なぜ回収が難しいのか
EVモーターの銅コイルは、放熱や絶縁のために強固な樹脂(ワニス)で鉄心とガチガチに固められているため、物理的な分離が困難です。丸ごと粉砕すると鉄などの不純物が混ざり、高純度な銅として再利用できません。
2. どのように回収しやすくするのか
主に、加熱すると結合が壊れて脆くなる特殊な固定樹脂(ワニス)の開発と、溶接部を切断すれば直線的にスポッと引き抜けるモーター構造(設計)の最適化です。これにより、鉄と混ざらず高純度な銅を回収できます。
3. 欧州の規制の内容
欧州の環境規制(新ELV規則案等)は、設計段階から将来の解体しやすさを義務付け、主要部品や素材のトレーサビリティの確保や、将来的なリサイクル素材の一定割合の使用義務化をメーカーに求める厳しい内容です。
日立Astemoの銅コイル回収を容易にしたEV用モーター
EVの普及に伴い、モーターに使用されるネオジム磁石(レアアース)の回収だけでなく、高純度な「銅」のクローズドループ・リサイクル(製品から製品への再資源化)が自動車サプライチェーン全体の巨大な課題となっています。
日立Astemoは欧州の厳格な環境規制(欧州電池規則やリサイクル指令の強化など)を見据えて銅コイルの回収(分離)を容易にしたEV用モーターの開発を進めています。
モーターの銅コイルとは何か
モーターの「銅コイル」とは、電気を流して磁力を発生させる(または磁プラから電気を生み出す)ために、銅製の線を何重にもぐるぐると巻き付けた部品のことです。
EV用モーターだけでなく、家電、スマートフォン、発電機にいたるまで、「電気を使って動くもの」にはほぼ100%入っている重要部品です。
1. 銅コイルの役割(モーターが回る仕組み)
モーターは「電気の力」を「回転する力(運動エネルギー)」に変える機械です。ここで銅コイルは、電気を磁力に変換する「電磁石」の役割を果たしています。
- 電流を流す: 銅コイルに電気を流すと、コイルの周囲に強力な磁界(磁力)が発生します(小学校で習った電磁石の原理です)。
- 磁石同士が反発・吸引する: モーターの内部には、コイルのほかに「永久磁石」も入っています。コイル(電磁石)から出た磁力と、永久磁石の磁力が「N極とS極で引き合う」「N極同士で反発する」という現象を起こします。
- 回転する: この引き合い・反発する力を連続的にコントロールすることで、モーターの軸が勢いよく回り始めます。
2. なぜ「銅」でなければならないのか?
コイルの材料としては、圧倒的に「銅(電気銅)」が使われます。理由は主に3つあります。
- 電気の通りやすさ(導電率)がトップクラス:金属の中で最も電気が通りやすいのは「銀」ですが、高価すぎるため量産品には使えません。銅は銀に次いで電気抵抗が極めて低く、コストと性能のバランスが最高に優れています。電気抵抗が低い=電気のロス(熱になって逃げる分)が少ないということです。
- 加工しやすい(延性が高い):コイルにするには、金属を髪の毛ほどの細さから、細長いうどんのような形まで、切らずに長く引き伸ばし、さらにそれをキツく曲げて巻く必要があります。銅は柔らかく、この加工に非常に適しています。
- 熱を逃がしやすい(熱伝導率が高い):モーターは動くとどうしても熱を持ちます。銅は熱を逃がす能力も高いため、モーターが焼け付くのを防ぐのに役立ちます。
3. 銅コイルの見た目と構造(なぜ「赤茶色」なのか?)
よく目にするモーターのコイルは、キラキラした十円玉のような赤茶色(または暗い茶色)をしています。
あれは銅がむき出しになっているわけではなく、表面に「エナメル」などの薄い絶縁樹脂がコーティングされています(この線を「エナメル線」や「マグネットワイヤ」と呼びます)。
もしコーティングがない(裸の銅線)だと、隣り合う銅線同士が接触したときに電気がショートしてしまい、ただの「銅の塊」になって電磁石になりません。何重にも巻いた線を電気が「ぐるぐると順番に流れる」ようにするために、薄い絶縁の膜が絶対に不可欠なのです。
EV時代に銅コイルが注目される理由
冒頭の「アステモ」のニュースに繋がりますが、EV(電気自動車)のモーターは、従来の家電用モーターとは比較にならないほど巨大で、大量の高純度な銅を使います。
EV1台につきの銅の使用量は、ガソリン車の数倍とも言われており、世界中でEVシフトが進むと「銅の資源不足」や「価格高騰」が懸念されています。
そのため、使い終わったモーターから、この綺麗にコーティングされた銅線をいかに効率よく「ピュアな銅」として回収し、再び新しいEVモーターにリサイクルできるかが、今まさに自動車業界の大きな覇権争いのテーマになっています。

モーターの銅コイルとは、電気を流して磁力を発生させ、モーターを回転させるための「電磁石」の役割を持つ部品です。電気抵抗が極めて低い銅製の線に絶縁コーティングを施し、何重にも巻き付けて作られます。
なぜ回収が難しいのか
EVモーターの銅コイル回収が難しい最大の理由は、「ガチガチの樹脂(ワニス)で、他の部品と強力に一体化されていため」です。
① 分離できない「強力な接着」
モーターの性能(絶縁や放熱)を保つため、銅コイルはワニスという強固な樹脂で隙間なく固められ、周囲の鉄心(電磁鋼板)と完全に一体化しています。手作業や単純な機械では、銅線だけを綺麗に引き剥がすことができません。
② 不純物が混ざる「ダウングレード」
現状の一般的なリサイクルでは、モーターを丸ごとシュレッダーで粉砕します。その結果、銅に鉄や樹脂が混ざった「質の低いスクラップ」になってしまい、EVモーターに再利用できるような高純度の銅に戻すことが困難になります。
③ 複雑な「巻き方」
近年の高性能モーターは、太い角型の銅線を複雑に折り曲げて高密度に敷き詰める構造(ヘアピン構造など)をしています。これが樹脂で固められているため、物理的に絡み合ってさらに分解を難しくしています。

EVモーターの銅コイルは、放熱や絶縁のために強固な樹脂(ワニス)で鉄心とガチガチに固められているため、物理的な分離が困難です。丸ごと粉砕すると鉄などの不純物が混ざり、高純度な銅として再利用できません。
どのように回収しやすくするのか
日立Astemoなどが進めている「回収を容易にするアプローチ」は、主に「材料(樹脂)のイノベーション」と「構造(設計)のイノベーション」の2つの軸で成り立っています。
ガチガチに固めるのをやめるのではなく、「使うときは頑丈、捨てるときはスルッと外れる」仕掛けを作ることがポイントです。
1. 材料の工夫:熱や刺激で「剥がれる」特殊樹脂
最大の障害だった「ワニス(固着樹脂)」を、リサイクル時にだけ無力化できる特殊な素材に変えるアプローチです。
- 熱分解・易解体性ワニスの採用:通常の使用温度(100〜150℃程度)ではビクともしませんが、廃棄時にそれ以上の特定の高熱をかけると、樹脂の分子結合が壊れてサラサラに溶ける、またはボロボロに脆くなる特殊な樹脂を使用します。
- 接着力のコントロール:熱を加えることで、鉄心(鋼板)と銅線の間の接着力が極端に低下し、ペリペリと剥がしやすくなる特性を持たせます。
2. 構造の工夫:バラしやすさを計算した設計(Design for Disassembly)
銅線の巻き方や配置そのものを、最初から「引き抜きやすさ」を前提に設計します。
- ストレート引き抜き(ヘアピン構造の最適化):近年のEVモーターで主流の「ヘアピン形状(U字型の角型銅線を差し込む構造)」を応用します。頭の溶接部分を機械でスパッと切断した後、熱で樹脂を緩め、反対側からピンを抜くように直線的にスルッと引き抜く構造です。
- カセット式(モジュール化):鉄心に直接銅線を巻くのではなく、あらかじめ絶縁体で作られた「カセット(枠)」に銅線を仕込み、それを鉄心のスロットに差し込む方式です。解体時はカセットごと外せるため、鉄と銅が混ざりません。
劇的に変わる回収プロセスのイメージ
| 従来のプロセス(難しい) | これからのプロセス(アステモなど) |
| 1. モーターを丸ごとシュレッダーで粉砕 | 1. 特定の温度で加熱し、樹脂を溶かす・脆化させる |
| 2. 鉄・銅・樹脂が混ざったバラバラのクズに | 2. 機械で銅線の端を掴み、スポッと引き抜く |
| 3. 分離できず、質の低い金属へ(ダウングレード) | 3. 純度100%に近い「銅」としてそのまま再利用 |
このように、化学(材料)と機械(設計)の両面からアプローチすることで、これまで不可能だった「銅のクローズドループ・リサイクル」を実現しようとしています。

主に、加熱するとボロボロに脆くなる特殊な固定樹脂(ワニス)の開発と、溶接部を切断すれば直線的にスポッと引き抜けるモーター構造(設計)の最適化です。これにより、鉄と混ざらず高純度な銅を回収できます。
欧州の規制の内容は
アステモなどの自動車部品メーカーが対応を急ぐ、欧州(EU)の環境規制は「車を作って売るだけでなく、廃棄・リサイクルまでメーカーが全責任を持て」という非常に厳しいものです。
1. 新ELV規則(使用済自動車規則案)の改定
これが今回の「銅コイル回収」に最も直結する、自動車そのもののリサイクル規制です。現在、従来の「指令(各国の法律に委ねる)」から、より強制力の強い「規則(EU全域で一斉適用)」への移行が進められています。
- 解体しやすい設計の義務化(Design for Disassembly):自動車メーカーは、車両の設計段階から「将来どのように解体・リサイクルするか」を明確にしなければなりません。特にEVモーターなどは、容易に取り外せて分解できる構造にすることが求められます。
- 再生プラスチックの使用義務:新車に使用するプラスチックの25%以上をリサイクル由来にすること、さらにそのうちの25%は、廃車から回収されたプラスチック(クローズドループ)でなければならない、といった厳しい数値目標が掲げられています。
2. 欧州電池規則(新バッテリー規則)の拡張と連動
EVの心臓部である「バッテリー」に関する規制ですが、その思想がモーターなどの主要部品にも波及しています。
- デジタル・パスポート(トレーサビリティ):バッテリーや主要な駆動部品にQRコードなどを付与し、原材料の採掘地から、製造、CO2排出量(カーボンフットプリント)、リサイクル履歴までをデジタルデータで一元管理させます。「どこの国の、どの鉱山から出た銅やレアアースなのか」が証明できなければ、欧州での販売が実質不可能になります。
- リサイクルコンテンツ義務(リサイクル素材の使用義務):将来的に、製品(磁石など)を製造する際、コバルト、リチウム、ニッケルなどの一定割合に「リサイクルされた原料」を使うことを義務付ける方針です。この流れがモーターの「銅」や「永久磁石のレアアース」にも適用される見通しとなっており、「市場から自社で高純度な金属を回収するルート」を持たないメーカーは、将来的に新車を作れなくなるリスクがあります。
欧州規制の「真の狙い」
EUがこれほど厳しい規制を敷く理由は、単なる環境保護だけではありません。
- 中露への資源依存からの脱却(経済安全保障):EVに必要なレアアースや重要鉱物の多くは、中国などの特定国に精錬や供給を握られています。域内の廃棄車両から金属を100%回収できれば、他国に頼らない自給自足(サーキュラーエコノミー)が可能になります。
- 欧州発のルールで世界を主導する(ルール形成戦略):環境先進国として先んじて厳しい法律を作り、それを「国際標準」にすることで、日本の自動車メーカーや米国のテック企業に対して、欧州企業が優位に立とうとする狙いがあります。
アステモが「壊しやすいモーター」を作るのは、この欧州という巨大市場から締め出されないための必須条件だからです。

欧州の環境規制(新ELV規則案等)は、設計段階から将来の解体しやすさを義務付け、主要部品や素材のトレーサビリティの確保やリサイクル素材の一定割合の使用(義務化)をメーカーに求める厳しい内容です。

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