この記事で分かること
- 従来の切削油:石油由来の「鉱物油」を主成分とし、加工性能を高めるため塩素や硫黄などの添加剤を配合したものが主流でした。安価で潤滑性に優れますが、環境負荷が高く、人体への影響や廃油処理の難しさが課題でした。
- 使用される生分解性物質の種類:植物油脂(菜種油やヤシ油など)や、それを加工した合成エステルが使用されています。これらは分子内に微生物が分解しやすい結合を持ち、高い潤滑性と環境への安全性を両立しているのが大きな特徴です。
- 生分解性物質を切削油として使用できる理由:分解性のエステル分子は、磁石のように金属表面へ吸着する「極性」を持つため、強固な油膜を形成します。これにより、環境負荷を抑えつつ鉱物油以上の潤滑性能と安全性を実現しています。
栗本鐵工所の生分解性切削油
従来の鉱物油ベースの切削油には、廃油処理による環境負荷や、油煙(オイルミスト)による作業環境の悪化という課題がありました。
栗本鐵工所が開発した生分解性切削油は、製造現場の環境負荷低減と作業者の健康保護を両立させる画期的な製品として注目されています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00769619
これまでの切削油には何が使われていたのか
これまでの切削油は、主に石油を精製した「鉱物油」をベース(基油)としたものが主流でした。
大きく分けると、原液のまま使う「不水溶性(油性)」と、水に薄めて使う「水溶性」の2種類がありますが、どちらも長年、石油由来の成分が中心的な役割を果たしてきました。
1. 主な基油(ベースとなる油)
- 鉱物油(石油由来): 最も一般的です。安価で潤滑性が高く、錆びにくいのが特徴ですが、火災のリスクや環境負荷、独特の油臭があります。
- 合成油: 化学的に合成された油で、鉱物油よりも高性能(熱に強く寿命が長いなど)ですが、コストが高くなります。
2. 添加剤(性能を高めるための成分)
油だけでは補えない性能(極度の熱や圧力への耐性)を出すために、以下のような化学物質が添加されてきました。
- 塩素系極圧剤: かつては加工性能を劇的に高めるために「塩素化パラフィン」などが多用されました。しかし、廃油焼却時のダイオキシン発生や、人体への影響(発がん性リスク)が問題視され、現在は「塩素フリー」への転換が進んでいます。
- 硫黄・リン系添加剤: 塩素の代わりに、金属表面と反応して膜を作る成分として使われます。
- 界面活性剤: 水溶性切削油において、本来混ざらない「油と水」を混ぜ合わせるために使われます。
3. 従来品の課題(なぜ生分解性が求められるのか)
これまでの切削油には、以下のような現場の悩みがありました。
- 環境汚染: 万が一、土壌や河川に漏れた場合、石油由来の油は自然界で分解されず、長期間環境に悪影響を及ぼします。
- 健康被害: 現場で発生する「オイルミスト(油煙)」を吸い込むことによる呼吸器への影響や、強力な化学成分による手荒れが問題でした。
- 廃棄コスト: 劣化した油は産業廃棄物として高いコストをかけて処理する必要があります。
- 火災リスク: 特に不水溶性のものは引火点があるため、常に火災の危険がつきまといます。
これまでは「加工のしやすさ(潤滑性)」と「低コスト」を最優先し、石油由来の油に強力な化学薬品(塩素など)を混ぜたものが使われてきました。

従来は石油由来の「鉱物油」を主成分とし、加工性能を高めるため塩素や硫黄などの添加剤を配合したものが主流でした。安価で潤滑性に優れますが、環境負荷が高く、人体への影響や廃油処理の難しさが課題でした。
どんな生分解性物質が使用されているのか
栗本鐵工所の生分解性切削油や、一般的な環境配慮型切削油で使用されている主な生分解性物質は、「植物油」とそれを化学的に安定させた「エステル」です。具体的には、以下のような物質が使われています。
1. 植物油脂(天然由来)
菜種、ヤシ(ココナッツ)、パーム、ヒマワリなどの植物から採取された天然の油です。
- 特徴: 分子内に極性(電気的な偏り)を持つため、金属表面に強力な油膜を形成し、優れた潤滑性を発揮します。
- メリット: 微生物による分解スピードが非常に速く、環境負荷が最小限です。
2. 合成エステル(化学修飾)
植物油の主成分である脂肪酸とアルコールを化学反応させて作った物質です。
- 特徴: 天然の植物油が持つ「酸化しやすい(腐敗しやすい)」という弱点を、化学構造を変えることで克服しています。
- メリット: 高い生分解性を維持しつつ、過酷な加工熱にも耐えられる安定性を持っています。栗本鐵工所の「クリカット」シリーズ等でも、この「植物系合成エステル」が性能の鍵を握っています。
3. 多価アルコール(水溶性の場合)
水に溶かして使うタイプでは、グリセリンなどの多価アルコール誘導体が潤滑成分や湿潤剤として使用されることがあります。これらも自然界で速やかに分解されます。
なぜこれらの物質が選ばれるのか?
従来の鉱物油(炭化水素)と生分解性物質(エステル等)の構造的な違いが、環境への優しさを決めています。
| 物質の種類 | 分子構造の特徴 | 分解の仕組み |
| 鉱物油 | 炭素と水素が強固につながった鎖状構造 | 微生物が鎖を壊しにくく、分解に非常に時間がかかる。 |
| 植物油・エステル | 構造の中に「エステル結合」という切れやすいポイントがある | 微生物がこの結合を分解できるため、速やかに自然に還る。 |

主に植物油脂(菜種油やヤシ油など)や、それを加工した合成エステルが使用されています。これらは分子内に微生物が分解しやすい結合を持ち、高い潤滑性と環境への安全性を両立しているのが大きな特徴です。
生分解性物質で求められる性能を実現した方法は
切削油には、過酷な金属加工に耐えるための「3つの基本性能」が求められます。栗本鐵工所をはじめとするメーカーは、生分解性物質(エステル)の化学的特性を活かしてこれらを実現しています。
1. 切削油に求められる3つの基本性能
- 潤滑性(すべりを良くする)
- 工具と被削材の摩擦を減らし、工具の摩耗や発熱を防ぐ。
- 冷却性(冷やす)
- 加工点で発生する熱を素早く逃がし、製品の熱歪みや工具の軟化を防ぐ。
- 反溶着性・浸透性(くっつきを防ぐ)
- 削り屑(切り粉)が工具に焼き付くのを防ぎ、狭い隙間まで油を届かせる。
2. 生分解性物質(エステル)による実現方法
これまでの鉱物油は「ただの油」として表面を覆うだけでしたが、生分解性物質であるエステルは、その分子構造自体が「高性能な潤滑剤」として機能します。
① 分子の「吸着力」による潤滑(電気的な引き合い)
鉱物油は金属に対して無反応ですが、エステル分子は「極性(プラスとマイナスの電気的な偏り)」を持っています。
- 方法: エステル分子が磁石のように金属表面に吸着し、強固な「吸着膜」を形成します。
- 結果: 強い力がかかっても油膜が切れず、鉱物油以上の高い滑り性を発揮します。
② 高い「引火点」による安全な冷却
生分解性物質(植物由来エステル)は、鉱物油に比べて引火点が高いという特徴があります。
- 方法: 熱に強いため、高温下でも蒸発しにくく、安定して熱を奪い続けることができます。
- 結果: 油煙(ミスト)の発生が抑えられ、火災リスクを下げながら効率的に冷却できます。
③ 高い「洗浄性」による溶着防止
エステルには汚れを溶かす性質(親和性)があります。
- 方法: 金属粉や不純物を油の中に分散させ、工具への焼き付き(溶着)を防ぎます。
- 結果: 切り粉の排出がスムーズになり、加工面が美しく仕上がります。

切削油には高い潤滑・冷却・反溶着性が求められます。生分解性のエステル分子は、磁石のように金属表面へ吸着する「極性」を持つため、強固な油膜を形成します。これにより、環境負荷を抑えつつ鉱物油以上の潤滑性能と安全性を実現しています。

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