マトリックス支援レーザー脱離イオン化法 1価イオンとして測定できる利点は何か?

この記事で分かること

  • マトリックス支援レーザー脱離イオン化法とは:試料をマトリックスという薬剤と混ぜ、レーザーを当ててイオン化する方法です。マトリックスが衝撃を和らげるため、巨大な分子を壊さず1価イオンとして測定でき、シンプルで分かりやすいデータが得られるのが特徴です。
  • 1価イオンとして測定できる利点:一価イオンは、m/z 値がそのまま分子量(+1)に対応するため、チャートが非常にシンプルで直感的に読み取れるのがメリットです。特に混合物やポリマーの測定では、ピークが重なりにくく、成分の特定が容易になります。
  • 得意な分析:不純物に強く、迅速な同定や高分子の分布をシンプルに把握したい場合は、1価イオンが主体のMALDIが向いています。数分で菌種を特定する微生物同定、ポリマーの連なりをシンプルに解析する高分子分析、そして組織上の成分分布を可視化するイメージングなどに適しています。

マトリックス支援レーザー脱離イオン化法

 機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。

  高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。 

 今回は、質量分析法のイオン化の一種であるマトリックス支援レーザー脱離イオン化法に関する記事となります。

マトリックス支援レーザー脱離イオン化法とは何か

 マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI:Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization)は、ESIと並んで「ソフトな」イオン化法の代表格です。

 試料を「マトリックス」と呼ばれる特殊な薬剤と混ぜて結晶化させ、そこにレーザーを照射してイオン化する手法です。この技術の基本原理は、島津製作所の田中耕一氏が開発し、2002年のノーベル化学賞を受賞しました。


MALDIの仕組み:レーザーの衝撃を和らげる

  1. 試料の調製測定したい試料を、過剰量の「マトリックス(光を吸収しやすい小さな有機化合物)」と混ぜて、プレート上で乾燥・結晶化させます。
  2. レーザー照射結晶にパルスレーザーを当てます。すると、マトリックスがレーザーのエネルギーを身代わりに吸収し、急激に加熱・気化します。
  3. 脱離とイオン化マトリックスが爆発的に蒸発する際に、一緒に取り込まれていた試料分子も壊れずに気相へ放り出されます。この過程でマトリックスから試料へプロトン(H+)が受け渡され、イオンが生成します。

MALDIの主な特徴

  • 1価イオンが主役ESIと異なり、基本的には電荷が1つの「1価イオン([M+H]+)」が生成されます。
    • メリット: スペクトルが非常にシンプルで、混合物でも分子量の特定が容易です。
  • 極めて高い耐塩性ESIに比べて、試料に含まれる塩分や不純物の影響を受けにくいため、生体試料をそのまま測るのに適しています。
  • 飛行時間質量分析計(TOF)との組み合わせレーザーを「打った瞬間」をスタート地点にできるため、イオンが飛ぶ時間を測るTOF型(Time of Flight)と相性が抜群です。

ESIとの比較

項目ESI(エレクトロスプレー)MALDI(マルディ)
状態液体(溶液)固体(結晶)
電荷数多価イオンになりやすい1価イオンがメイン
得意な分析LCとの直結、精密な構造解析迅速な同定、ポリマー解析、イメージング

試料をマトリックスという薬剤と混ぜ、レーザーを当ててイオン化する方法です。マトリックスが衝撃を和らげるため、巨大な分子を壊さず1価イオンとして測定でき、シンプルで分かりやすいデータが得られるのが特徴です。

LCMSとの使い分けは

 「LC/MS(ESI)」と「MALDI」の使い分けは、「試料の状態」「得たい情報のシンプルさ」で決まります。

 「混合物を詳しく分けるならLC/MS」、「固体を素早く、あるいは分布をそのまま見るならMALDI」です。


1. LC/MS (主にESI) を選ぶべきケース

 液体クロマトグラフィーで「分ける」工程があるため、複雑なものに適しています。

  • 混合物の分析: 数百種類の成分が混ざった血液や尿、食品などを成分ごとに分離して測りたいとき。
  • 微量成分の定量: 特定の薬物がどれくらい含まれているか正確に測りたいとき(LCで不純物を除けるため精度が高い)。
  • 巨大分子の精密測定: 多価イオンが出るため、超巨大なタンパク質でも分解能高く測定できます。

2. MALDI を選ぶべきケース

 レーザーで「その場」を撃つため、スピードと簡便さに優れます。

  • 迅速な同定: 菌種の特定(微生物同定)など、一刻も早く結果を知りたいとき。
  • 不純物に強い: 塩分などが混じっていてもイオン化が阻害されにくいため、前処理が楽です。
  • 合成高分子(ポリマー)の分布: 分子の連なりを「1価イオン」としてそのままの分布で観測できるため、解析が非常にシンプルです。
  • イメージング: 切断した生体組織の「どこに」どの成分があるか、位置情報を保ったまま視覚化したいとき。

比較まとめ

項目LC/MS (ESI)MALDI
主な用途複雑な混合物の分離・定量迅速な同定・高分子の分布・組織解析
スペクトル多価イオン(複雑だが精密)1価イオン(シンプルで明快)
前処理しっかり分離・精製が必要比較的ラフでもOK
測定時間数分〜数十分(LCの分離時間)数秒〜数分

混合物の分離や精密な定量には、LC/MS (ESI)が最適です。一方、不純物に強く、迅速な同定や高分子の分布をシンプルに把握したい場合は、1価イオンが主体のMALDIが向いています。

マトリックスとはどんな物質なのか

 MALDIで使われるマトリックスとは、一言で言えば「レーザーのエネルギーを吸収し、試料分子を優しく気体にするための身代わり剤」です。

 具体的には、以下のような性質を持つ小さな有機化合物(芳香族酸など)が選ばれます。


マトリックスの3つの条件

  1. レーザー光を吸収する: 使用するレーザー(通常は紫外線)の波長を効率よく吸収できる構造(ベンゼン環などの芳香環)を持っていること。
  2. 試料を分散させる: 試料分子をマトリックスの結晶の中に閉じ込め、試料同士が凝集するのを防ぐこと。
  3. プロトンを与える: 蒸発する際に、試料分子にプロトン($H^+$)を受け渡してイオン化を助ける能力があること。

代表的なマトリックスの例

 ターゲット(分析したいもの)によって使い分けられます。

物質名(略称)主な対象物
CHCA(シナピン酸誘導体)ペプチド、低分子タンパク質
SA(シナピン酸)高分子タンパク質
DHB(ジヒドロキシ安息香酸)糖鎖、合成高分子
DCTB非極性な合成高分子

役割のイメージ

 マトリックスは、「クッション材」兼「着火剤」です。試料分子が直接レーザーの強烈な熱で焼き切られないよう、マトリックスが熱を肩代わりして爆発的に蒸発し、その勢いで試料をふんわりと空中に連れ出してくれるのです。

マトリックスは、レーザー光を吸収しやすい芳香族有機化合物(芳香族酸など)です。試料を包み込んで結晶化し、レーザーの衝撃を和らげる「身代わり」として蒸発することで、試料を壊さず安全にイオン化させる役割を担います。

MALDIにはどのような応用例があるのか

 MALDI(マルディ)はその「迅速さ」と「不純物への強さ」を活かし、研究室レベルから病院、工場まで幅広く応用されています。


1. 微生物の迅速同定(臨床検査)

現在、病院の細菌検査で最も普及している応用例の一つです。

  • 内容: 患者から採取した菌をマトリックスと混ぜて測定し、得られたチャート(フィンガープリント)をデータベースと照合します。
  • メリット: 従来の培養法では数日かかっていた菌種の特定が、わずか数分で完了するため、早期の適切な治療(抗菌薬の選択など)に繋がります。

2. 合成高分子(ポリマー)の解析

プラスチックやゴムなどの合成高分子の構造を調べます。

  • 内容: ポリマーの「末端構造」や「重合度(鎖の長さ)の分布」を測定します。
  • メリット: 1価イオンとして検出されるため、チャート上のピークの間隔を計算するだけで、原料(モノマー)が何であるか、どれくらいの長さか一目で分かります。

3. 質量分析イメージング(MSI)

 組織上の分子分布を可視化する技術です。

  • 内容: 切片上の脂質、代謝物、薬物などの位置情報を画像化します。
  • メリット: 「どこに・何があるか」を直接見られるため、がんの診断支援や薬の効き方の調査に革命をもたらしました。

主な応用は、数分で菌種を特定する微生物同定、ポリマーの連なりをシンプルに解析する高分子分析、そして組織上の成分分布を可視化するイメージングです。前処理が簡単で結果が速いという特性が現場で重宝されています。

イメージングとは何か

 質量分析におけるイメージング(質量分析イメージング:MSI)とは、組織や材料の表面をスキャンして、「どの成分が」「どこに」「どれくらい存在するか」を画像化する技術です。

 イメージング質量分析は「成分の分布(分子の地図)」を見ることができます。


仕組み:分子の地図を作る

  1. 試料の準備生体組織(マウスの臓器など)を薄くスライスし、プレートに貼り付けます。MALDIを用いる場合は、その上にマトリックスを均一に塗布します。
  2. 細かくスキャン(二次元測定)レーザーを格子状に少しずつずらしながら照射し、各点(ピクセル)ごとに質量分析を行います。
  3. 画像化特定の質量($m/z$)に注目し、その信号強度を色で塗り分けます。すると、特定の薬物やタンパク質が分布している場所が、サーモグラフィーのような画像として浮かび上がります。

イメージングの凄さ

  • 「目に見えない」分布がわかる通常の染色法では、あらかじめターゲットが決まっていないと色をつけられませんが、MSIは「未知の成分」も含めて一斉に可視化できます。
  • 薬の動きを追える投与した薬が脳のどの部位まで届いているか、あるいはがん組織の内部まで浸透しているか、といった「創薬」の現場で非常に重宝されます。
  • 形と成分の融合顕微鏡写真と重ね合わせることで、「この細胞が集まっている場所には、この脂質が多い」といった生物学的な深い考察が可能になります。

試料表面をレーザー等で細かくスキャンし、各地点の成分を質量分析する技術です。特定の分子の存在量を色で表示することで、薬物や代謝物の位置情報を「分子の地図」として可視化でき、創薬や医学研究に活用されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました