この記事で分かること
- 根岸カップリング反応とは:有機亜鉛化合物と有機ハロゲン化物を、パラジウムやニッケル触媒を用いて結合させる反応です。高い反応性と広い汎用性を持ち、医薬品や液晶材料などの複雑な有機分子合成に不可欠な手法です。
- なぜ有機亜鉛化合物は反応性が高いのか:亜鉛は炭素との電気陰性度の差が適度なため、「反応に必要な活性」と「他の官能基を壊さない選択性」を両立しています。特に触媒への有機基の受け渡し(トランスメタル化)が極めてスムーズなのが強みです。
- パラジウムとニッケルはどのように使い分けるのか:安定性と実績のあるパラジウムは、芳香族などの標準的な結合に第一選択されます。一方、安価でパワフルなニッケルは、パラジウムでは反応しにくいsp3炭素や塩化物を強引に結合させる際に重宝されます。
根岸カップリング反応
触媒とは、それ自身は変化せずに、化学反応を促進させる物質のことです。反応に必要なエネルギーの壁(活性化エネルギー)を下げることで、通常よりも低い温度や短い時間で効率よく反応を進める役割を担っています。酸化チタン触媒
現代の化学工業のプロセスの約90%に何らかの触媒が関わっていると言われているなど、私たちの生活のあらゆる場面で活躍しています。
今回は根岸カップリング反応に関する記事となります。
根岸カップリング反応とは何か
根岸カップリング(Negishi Coupling)は、有機合成化学において非常に重要なクロスカップリング反応の一つです。
1977年に根岸英一博士(2010年ノーベル化学賞受賞)によって報告されました。「異なる2つの有機分子を、パラジウムやニッケル触媒を使ってつなぎ合わせる技術」です。
1. 反応の基本式
この反応の最大の特徴は、有機亜鉛化合物を使用することにあります。
RーX + R’ーZnX’ →RーR’ + ZnXX’
- R-X: 有機ハロゲン化物(芳香族ハライド、ビニルハライドなど)
- R’-ZnX’: 有機亜鉛化合物
- 触媒: パラジウム (Pd) または ニッケル (Ni)
2. 根岸カップリングの利点
他のカップリング反応(鈴木・宮浦カップリングなど)と比較して、以下のようなメリットがあります。
- 反応性が高い: 亜鉛を使うため、他の金属(スズやホウ素)を用いる反応に比べて反応が速く進みやすいです。
- 守備範囲が広い: sp3 炭素(鎖状の構造など)同士の結合にも比較的強く、医薬品や液晶材料の合成に広く使われています。
- 官能基許容性: 多くの官能基(エステルやシアノ基など)が存在していても、それらを壊さずに反応させることができます。
3. 反応のプロセス(触媒サイクル)
反応は主に以下の3つのステップで進みます。
- 酸化的付加: 触媒のパラジウムが R-X の間に割り込みます。
- トランスメタル化(金属交換): パラジウム上の Xと、有機亜鉛の R’ が入れ替わります。
- 還元的脱離: パラジウムから R と R’ が結合して出ていき、目的の分子 R-R’が完成します。触媒は再び元に戻ります。
根岸カップリングは、「亜鉛の力を借りて、狙った場所で炭素同士を結合させる反応です。この技術のおかげで、以前は合成が困難だった複雑な天然物や最先端の材料が作れるようになりました。

根岸カップリングは、有機亜鉛化合物と有機ハロゲン化物を、パラジウムやニッケル触媒を用いて結合させる反応です。高い反応性と広い汎用性を持ち、医薬品や液晶材料などの複雑な有機分子合成に不可欠な手法です。
なぜ有機亜鉛化合物の反応性が高いのか
根岸カップリングにおいて、亜鉛(Zn)が優秀である理由は「金属としての性格(電気陰性度)」のバランスが絶妙だからです。
1. 炭素との結合の「ほどよい」イオン性
金属と炭素の結合の強さは、それぞれの電気陰性度の差で決まります。
- マグネシウム(グリニャール試薬など): 反応性が強すぎて、他の官能基(エステルなど)まで攻撃してしまいます。
- ホウ素やスズ: 安定していますが、反応させるには塩基や熱などの「押し」が必要です。
- 亜鉛: 電気陰性度が約1.6であり、炭素(2.5)との差が適度です。そのため、「反応するエネルギーは持っているが、余計なところまでは攻撃しない」という高い選択性を発揮します。
2. トランスメタル化の速さ
触媒サイクルの中で最も重要な「パラジウムに有機基を渡す工程(トランスメタル化)」において、亜鉛は非常にスムーズに動きます。
亜鉛は空の軌道を持ち、パラジウム錯体と中間体を作りやすいため、ホウ素などと比較しても圧倒的に低温・短時間で反応が進むことが多いのです。
3. 多彩な官能基との共存
亜鉛は「ソフトな低極性」という性質を持っています。これにより、分子内に反応しやすい部位(ケトン、エステル、アミドなど)があっても、それらを無視して目的のカップリング反応だけを遂行できます。
金属ごとの反応性イメージ
| 金属 (M-R) | 反応性 | 扱いやすさ・選択性 |
| リチウム (Li) / マグネシウム (Mg) | 非常に高い | 低い(何でも反応してしまう) |
| 亜鉛 (Zn) | 高い | 非常に高い(バランスが良い) |
| スズ (Sn) / ホウ素 (B) | 低い | 高い(安定しているが活性化が必要) |
この「絶妙な中庸」こそが、根岸博士が亜鉛を選び、ノーベル賞へとつながった鍵といえます。

亜鉛は炭素との電気陰性度の差が適度なため、「反応に必要な活性」と「他の官能基を壊さない選択性」を両立しています。特に触媒への有機基の受け渡し(トランスメタル化)が極めてスムーズなのが強みです。
sp3 炭素同士の結合に適しているのはなぜか
根岸カップリングが sp3 炭素(アルキル基など)同士の結合に強い理由は、主に「ベータ水素脱離(β-hydride elimination)」という副反応を抑えやすいからです。
通常のカップリング反応で sp3 炭素を扱おうとすると、結合を作る前に金属上のアルキル基から水素が取れてしまい、反応が失敗する(アルケンになってしまう)という大きな壁がありましたが、以下の理由から根岸カップリングでは克服されています。
1. トランスメタル化の圧倒的な速さ
亜鉛は他の金属(ホウ素やスズなど)に比べて、パラジウム触媒へ有機基を渡すステップ(トランスメタル化)が非常に高速です。
副反応が起きるスキを与える前に、素早く次のステップ(還元的脱離)へ進んで結合を完成させてしまうため、sp3炭素でも効率よく反応します。
2. 亜鉛の適度なルイス酸性
亜鉛は適度なルイス酸性(電子を引き寄せる性質)を持っており、これが触媒サイクルの中間体を安定化させます。この安定化効果により、不安定になりがちな sp3 アルキル錯体が分解するのを防いでいます。
3. ニッケル触媒との相性
根岸カップリングではパラジウムだけでなくニッケル(Ni)もよく使われます。ニッケルはパラジウムよりも sp3 炭素の反応に有利な性質を持っており、亜鉛試薬はこのニッケル触媒とも非常に相性が良いため、難易度の高い結合も可能になります。

sp3炭素の反応で起きやすいベータ水素脱離という副反応よりも、亜鉛がパラジウムへ有機基を渡すトランスメタル化の方が圧倒的に速いからです。このスピードにより、分解される前に結合を完成させられます。
パラジウムとニッケルはどのように使い分けるのか
パラジウム(Pd)とニッケル(Ni)は、どちらも根岸カップリングで活躍しますが、「安定性とコスト」、そして「反応の難易度」によって使い分けられます。
1. パラジウム触媒 (Pd):安定と実績
最も一般的に使われる「王道」の触媒です。
- メリット: 触媒としての寿命が長く、安定しています。非常に多くの反応データがあるため、実験の予測が立てやすいです。
- 使い時: sp2 炭素(芳香族やビニル基)同士の結合や、標準的な反応条件で進めたい場合に第一選択となります。
2. ニッケル触媒 (Ni):安価でパワフル
パラジウムよりもサイズが小さく、電子を放出しやすい性質を持っています。
- メリット: パラジウムよりも圧倒的に安価です。また、パラジウムでは反応しにくい「かさ高い分子」や、反応性の低い有機塩化物(Cl)、難易度の高い sp3 炭素の反応を無理やり進めるパワーがあります。
- デメリット: 空気(酸素)に弱く、扱いが少しデリケートな場合があります。
使い分けのまとめ表
| 特徴 | パラジウム (Pd) | ニッケル (Ni) |
| コスト | 高い | 安い |
| 安定性 | 高い(扱いやすい) | 低い(酸素に敏感) |
| 得意な相手 | 芳香族 (sp2) | アルキル (sp3)・塩化物 |
| 反応性 | 標準的 | 非常に高い(強引) |
基本は「安定して確実なパラジウム」を使い、コストを抑えたい場合や、パラジウムでは反応が進まない「手強い分子(sp3 など)」を相手にする場合に「パワフルなニッケル」に切り替える、という使い分けが一般的です。

安定性と実績のあるパラジウムは、芳香族などの標準的な結合に第一選択されます。一方、安価でパワフルなニッケルは、パラジウムでは反応しにくいsp3炭素や塩化物を強引に結合させる際に重宝されます。

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