この記事で分かること
- ArF露光装置とは:フッ化アルゴン(ArF)エキシマレーザーを光源とする半導体製造装置です。フォトマスクの回路パターンをウェハに縮小・転写し、微細な電子回路を形成する役割を担います。
- 生産性向上の方法:フラッグシップ機の先進プラットフォームの導入により、ウェハ・レチクルステージの速度を向上させたこと、および装置の稼働安定性を最適化したことで実現しました。
- ArF露光装置に必要な性能、EUVとの棲み分け:先端の向けであるEUVを補完する役割として、成熟したプロセスノードの量産において、生産性を最大化するための高スループットとコスト効率、そして多層構造に対応するための高精度な重ね合わせ能力が特に求められます。
ニコンの生産性が向上したArF露光装置
ニコンが従来機種よりも生産性を約1.5倍に向上させたフッ化アルゴン(ArF)露光装置「NSR-S333F」を発表しています。
「NSR-S333F」は、半導体製造のミドルクリティカルレイヤー(中間層)向けのドライArFスキャナーで。従来機種と比較して、稼働の安定化やウェハステージ、レチクルステージの高速化などにより、生産性が約1.5倍に向上しています。
ArF露光装置とは何か
ArF露光装置とは、半導体製造の最も重要な工程の一つであるリソグラフィ(露光)に用いられる装置で、光源としてフッ化アルゴン(ArF)エキシマレーザーを使用するものです。
ArFエキシマレーザーが発する波長193nmの紫外線を利用することで、従来の光源よりもさらに微細な回路パターンをシリコンウェハ上に焼き付けることができます。この装置が、高性能なCPUやメモリなどの半導体チップの製造を可能にしています。
ArF露光装置の仕組みと役割
ArF露光装置は、回路パターンを正確にウェハに転写する役割を担っており、「人類史上最も精密な機械」とも呼ばれます。
1. 仕組み(フォトリソグラフィ)
露光装置は主に「光源」「光学系」「ステージ」の3つの要素で構成されています。
- ウェハに感光材を塗布: まず、シリコンウェハの表面に、光が当たると性質が変化する感光性樹脂(フォトレジスト)を塗布します。
- 光源: ArFエキシマレーザーを光源とし、波長193nmの紫外線を発します。波長が短いほど、より微細な回路を形成できます。
- 転写: 電子回路の設計図が描かれた原版(レチクルまたはフォトマスク)に光を照射し、投影レンズ(光学系)を通して、ウェハ上のフォトレジストに回路パターンを縮小して投影します(一般的に
に縮小)。
- 現像: 露光後、現像液に浸すことで、光が当たった部分(または当たらなかった部分)だけが溶け、レジスト上に回路パターンが形成されます。
2. ArFリソグラフィの進化
ArF露光装置は、さらなる微細化要求に応えるため、以下の2種類に進化しました。
種類 | 特徴 | 描画能力の目安 |
ArFドライ | レンズとウェハの間が空気(または窒素ガス)の状態。 | 約65nm程度 |
ArF液浸(えきしん) | レンズとウェハの間に純水などの液体を満たして露光する技術。 | 約45nm程度(またはそれ以下) |
液浸技術は、水などの液体を介することで光の屈折率を上げ、レンズの開口数(NA)を大きくすることに成功し、より高い解像度(微細化)を実現しました。これにより、ArF露光技術の寿命が大幅に延びました。
ArFと次世代技術(EUV)
ArF露光装置は、現在の半導体製造において非常に重要な役割を果たしていますが、さらなる微細化(7nm世代以下)の要求に対しては、次世代技術への移行が進んでいます。
技術 | 光源の波長 | 主な用途 |
ArF液浸 | ||
EUV (極端紫外線) | $7\text{ nm}$以下の最先端プロセス |
EUV露光装置はArFの約1/14という極めて短い波長を利用するため、より微細なパターンを一回の露光で形成できますが、装置が数百億円と高コストで、技術的難易度も非常に高いです。
現在でも、ArF液浸露光装置は、最先端のロジックやメモリデバイスの製造において、EUVと組み合わせて使われたり、成熟したプロセスラインの中核として重要な役割を担っています。

ArF露光装置は、フッ化アルゴン(ArF)エキシマレーザー(波長)を光源とする半導体製造装置です。フォトマスクの回路パターンをウェハに縮小・転写し、微細な電子回路を形成する役割を担います。
生産性を上げることができた理由は何か
ニコンのArF露光装置「NSR-S333F」において生産性を約1.5倍に向上させた主な方法は、以下の2点に集約されます。
生産性向上を実現した主な方法
- フラッグシップ機のプラットフォーム採用と高速化
- 先進プラットフォームの導入: フラッグシップのArF液浸スキャナー「NSR-S636E」の先進的なプラットフォームを採用しました。
- ステージの高速化: ウェハステージとレチクルステージの移動速度を向上させることで、露光サイクル全体にかかる時間を短縮し、スループット(時間あたりのウェハ処理枚数)を大幅に向上させました。これにより、枚/時以上の露光能力を実現しています。
- 稼働安定性の最適化
- システムの最適化: 装置全体の稼働安定性を追加で最適化し、停止時間や調整時間を削減することで、実質的な生産性を向上させました。
これらの改善により、従来機種の「NSR-S322F」と比較して、総合的な生産性が約1.5倍に向上しています。

生産性向上は、フラッグシップ機の先進プラットフォームの導入により、ウェハ・レチクルステージの速度を向上させたこと、および装置の稼働安定性を最適化したことで実現しました。
EUVよりも後進的な技術でも、新機種が必要な理由は
EUV露光機が最先端プロセスを担う中、今後のArF露光機に求められる性能は、「コスト効率」「生産性」「高精度な重ね合わせ」の3点に集約されます。
ArF露光機は、主にEUVを補完する役割や、成熟したプロセスノードの量産を担うため、極限の解像度よりも安定した高速運用能力が重視されます。
1. 究極のコスト効率と高スループット
ArF露光機は、EUVよりも安価な製造プロセスを提供するため、「いかに安く、早く」ウェハを処理できるかが重要になります。
- 生産性の最大化: スループット(単位時間当たりのウェハ処理枚数)のさらなる向上が求められます。これは、ニコンの「NSR-S333F」が実現したように、ステージの高速化や装置の稼働安定性の最適化によって達成されます。
- 光源の高出力化・高繰り返し化: スループット向上のため、レーザー光の繰り返し周波数の向上やレーザー出力の向上が重要となります。これにより、露光時間を短縮し、製造効率を高めます。
- 低ランニングコスト: 装置の信頼性を高め、メンテナンス頻度を減らすことで、製造ライン全体のランニングコスト削減に貢献することが求められます。
2. EUV世代に見合う高精度な重ね合わせ
半導体は数十層の回路を積み重ねて作られるため、「重ね合わせ精度(オーバーレイ)」は製造歩留まりに直結する極めて重要な性能です。
- 高精度な位置合わせ: EUV露光層とArF露光層の間、あるいはArF露光層同士の間で、ナノメートル単位の極めて高い重ね合わせ精度が要求されます。これは、回路の電気的な接続不良を防ぎ、歩留まりを維持するために不可欠です。
- 多様な基板・レジストへの対応: チップレット技術の進展に伴い、異なる材料や厚さの基板(インターポーザなど)や、厚いフォトレジスト層に対しても、高い精度と柔軟性をもって露光できる機能が求められています。
3. 汎用デバイス・中間層への柔軟な対応
ArF露光機は、最先端のクリティカルレイヤー(EUVが担当)以外の「ミドルクリティカルレイヤー」や、自動車・IoT向けの半導体製造の主力であり続けます。
- 露光プロセスの制御性: 高精度な波長制御やエネルギードーズ量制御(露光量制御)により、安定して均一な回路パターンを形成する能力が求められます。
- 広い焦点深度(DOF): ウェハ表面の凹凸や反りがある場合でも、回路パターンを正確に転写できる広い焦点深度が求められます。これは、特にレガシープロセスや先端パッケージングで重要です。

今後のArF露光機には、EUVを補完する役割として、生産性を最大化するための高スループットとコスト効率、そして多層構造に対応するための高精度な重ね合わせ能力が特に求められます。
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