この記事で分かること
マスバランス方式
バイオマスなどの環境原料と化石資源を混ぜて製造し、投入量に応じた環境価値を特定の製品に割り当てる計算手法です。既存設備をそのまま活用し、高品質と低コストを維持した脱炭素化を実現します。
塗料のバイオマス原料
食料と競合しないトウゴマ(ひまし油)、サトウキビの廃糖蜜、木材由来の松ヤニなどが使われます。これらを発酵・合成して基礎化学品に変え、耐久性の高いアクリルやウレタン樹脂を作ります。
バイオナフサ・エタノールの製造
エタノールは糖蜜や木くずを酵母で発酵・蒸留して作ります。ナフサは廃食油などの酸素を水素反応で除去するか、木くずをガス化した後、化学触媒で石油と全く同じ炭化水素へと合成して製造します。
日本ペイントのマスバランス方式採用塗料
日本ペイントはバイオマスバランス式低炭素水性1液無機系塗料「グリーンループ BMK」を発表しています。
環境配慮型塗料の普及において、これまで最大のネックだったのが「サプライチェーンの分断とコスト」でした。植物由来の原料(バイオマス)だけで塗料を作ろうとすると、専用の製造ラインやタンクを丸ごと新設しなければならず、製品価格が跳ね上がってしまいます。
マスバランス方式によって、既存の高度なプラントや製造プロセスをそのまま活用できるため、高品質な無機系塗料の性能を一切落とさずに、高い環境付加価値を持った製品を市場に供給できるようになります。
建築・塗料業界におけるデカルボナイゼーション(脱炭素化)を加速させる一手として、非常に合理的なアプローチといえます。
マスバランス方式とは何か
マスバランス方式(物質収支方式)とは、環境に優しい原料(バイオマスやリサイクルプラスチックなど)と、従来の化石資源原料を製造プロセスの中で混ぜて一緒に加工し、投入した環境原料の量(価値)を特定の製品に割り当てる計算手法のことです。
化学、プラスチック、塗料、鉄鋼など、サプライチェーンが複雑で、既存の製造設備が巨大な「装置産業」において、脱炭素化を現実的に進めるための世界的なスタンダード(ISCC PLUS認証などが代表例)となっています。
なぜ混ぜるのか?(最大の特徴とメリット)
もし「100%バイオマス原料の塗料やプラスチック」を作ろうとすると、その製品専用の巨大な貯蔵タンク、パイプライン、化学反応炉を完全に独立させて新設しなければなりません。これには莫大な設備投資がかかり、製品価格も跳ね上がってしまいます。
マスバランス方式は、この課題をクリアします。
- 既存設備のそのまま活用:従来の化石資源用の巨大プラントに、バイオマス原料を数%〜数十%だけ混ぜて一緒に流します。
- 品質の均一性:同じ設備・同じ工程で製造されるため、環境価値を割り当てられた製品も、従来の化石資源100%の製品と「全く同じ分子構造・全く同じ高性能」を維持できます。
- コストの抑制:設備投資を抑えられるため、クリーンな製品を市場に比較的安価で、かつ大量に供給できます。
仕組みのイメージ(「グリーン電力」と同じ考え方)
家で使う電気をイメージするとわかりやすいです。
私たちが「太陽光発電のクリーンな電気(環境価値)」を契約したとしても、送電線から家の中に流れてくる電気そのものは、近くの火力発電所の電気と混ざり合っており、物理的に区別することはできません。
しかし、「お金を払って購入した分のクリーンな電気は、自分の家が消費した(価値を所有した)」とみなされます。
マスバランス方式もこれと同じです。
1.原料の投入:物理的な混合。
プラントに「化石資源(石油など)80トン」と「バイオマス原料 20トン」を混ぜて投入します。
2.同一ラインでの製造:化学反応・加工。
混ざった状態のまま、既存のラインで合計100トンの製品を製造します。この時点では、どの分子がバイオマス由来かを区別することはできません。
3.環境価値の割り当て:帳簿上の処理(アロケーション)。
完成した100トンのうち、投入した20トン分(20%)の環境付加価値を、特定の「環境配慮型製品」に100%分として集中して割り当てます。
4.製品の出荷:市場流通。
結果として、「バイオマス100%認証製品」が20トン、残りの「通常製品」が80トンとして市場に出荷されます。
なぜ今、世界中で導入が進んでいるのか
化学業界や材料メーカーが今すぐ100%グリーン原料にシフトすることは、供給量の観点からも技術的にも不可能です。
しかし、マスバランス方式であれば、例えば「今年は全体の5%をバイオマス原料にし、徐々にその比率を10%、20%へと高めていく」というように、既存の社会インフラを破壊することなく、グラデーション(段階的)に脱炭素へ移行できるため、現実的な解として急速に採用が広がっています。

マスバランス方式とは、バイオマスなどの環境原料と化石資源を混ぜて製造し、投入量に応じた環境価値を特定の製品に割り当てる計算手法です。既存設備をそのまま活用し、高品質と低コストを維持した脱炭素化を実現します。
塗料ではどんなバイオマス原料が使用されるのか
塗料に使用されるバイオマス原料は、主に植物から得られる油、糖、デンプン、あるいは木材の副産物などです。
これらは、人間が食べる食料と競合しない「非可食(ひかしょく)成分」や廃棄物が優先して使われます。塗料の主成分である「樹脂(プラスチック成分)」や「溶剤・添加剤」を作るための基礎化学品に変換して使用されます。
1. 植物油(ひまし油、大豆油、亜麻仁油など)
塗料に最も多く使われてきた定番のバイオマス原料です。
- トウゴマ(ひまし油):非可食の代表格です。ひまし油から誘導される脂肪酸は、ウレタン塗料の主成分である「ポリウレタン樹脂」や「エポキシ樹脂」の原料になります。強靭で粘り強い塗膜を作るのに最適です。
- 大豆油・亜麻仁油:古くから天然の「乾性油(空気中の酸素と反応して固まる油)」として、油性塗料や合成樹脂(アルキド樹脂)のベースに使われています。
2. トウモロコシやサトウキビ(デンプン・廃糖蜜)
これらはアクリル塗料や水性塗料の主成分である「アクリル樹脂(エマルション)」の原料になります。
- 廃糖蜜:砂糖を精製した後に残るドロドロした副産物です。これを微生物で発酵させてバイオエタノールやバイオエチレンを作り、最終的に塗料の骨格となる「アクリル酸」などのモノマー(分子の単位)へと合成します。
3. 木材・パルプの副産物(ロジン、トール油)
製紙工程などで発生する松ヤニ由来の成分です。
- ロジン(松ヤニ):塗料の密着性を高めたり、光沢を出したりする補助樹脂として使われます。
- トール油脂肪酸:塗料用樹脂の変性(性能調整)に使われ、乾燥を速くしたり柔軟性を与えたりします。
マスバランス方式における「バイオマス原料」
今回の日本ペイント「グリーンループ BMK」のようなマスバランス方式の場合、これら植物由来の成分から、化学プラントの上流で「バイオナフサ」や「バイオエタノール」などの基礎原料を作り、石油由来の原料とブレンドされます。
最終的に製品になる段階では、既存の高度な合成化学技術によって「見た目も、分子構造も、耐久性も、石油由来100%の塗料と完全に同じバイオマスアクリル・無機ハイブリッド樹脂」へと仕上がります。

塗料のバイオマス原料には、食料と競合しないトウゴマ(ひまし油)、サトウキビの廃糖蜜、木材由来の松ヤニなどが使われます。これらを発酵・合成して基礎化学品に変え、耐久性の高いアクリルやウレタン樹脂を作ります。
バイオナフサやバイオエタノールはどのように製造するのか
バイオエタノールとバイオナフサは、どちらも植物などの生物資源(バイオマス)から作られますが、「微生物に作らせる(発酵)」か、「化学プラントで強制的に作り変える(化学合成)」かという点で、製造アプローチが大きく異なります。
1. バイオエタノールの製造方法
バイオエタノールは、主に植物の「糖分」を微生物(酵母など)に発酵させて作ります。お酒を造るプロセスと基本は同じです。原料の進化によって第1世代から第2世代にシフトしています。
① 糖質・デンプン質原料(第1世代:サトウキビ、トウモロコシ等)
- 糖化・発酵:サトウキビの搾り汁(廃糖蜜)はそのまま酵母を加えて発酵させます。トウモロコシなどのデンプンは、まず酵素を使って「糖」に分解(糖化)してから発酵させます。
- 蒸留・脱水:発酵液(アルコール度数約10%)を蒸留し、さらに特殊な分離膜(ゼオライト膜など)で水分を極限まで除去して、純度99.5%以上の燃料用エタノールに仕上げます。
② セルロース質原料(第2世代:木くず、稲わら、廃建築資材等)
食料と競合しないため現在の主流になりつつありますが、植物の骨格(セルロース)は非常に頑丈で分解しにくいのが難点です。
- 前処理・糖化:木くずを強力な酸やアルカリ、熱水で破砕(前処理)し、結晶化したセルロースを剥き出しにします。そこに高性能な酵素を投入して、時間をかけて糖に変えます。その後の発酵・蒸留プロセスは第1世代と同じです。
2. バイオナフサの製造方法
バイオナフサは石油のナフサと同等の「炭化水素(炭素と水素の化合物)」であるため、発酵ではなく高度な化学触媒反応によって製造されます。主に以下の2つのルートがあります。
ルートA:廃食油や植物油の「水素化精製」(HEFA法 / HVO法)
現在、最も商業化が進んでいるルートです(フィンランドのNeste社などが有名)。ケンタッキーや工場から回収した「使用済み揚げ物油(廃食油)」や「ひまし油」を原料にします。
- 水素化脱酸素(脱水素・加水分解):植物油(トリグリセリド)に高温・高圧下で水素を反応させ、分子内にある「酸素(O)」を水)や二酸化炭素として力づくで引き剥がします。
- クラッキング(分解)と異性化:酸素が抜けて純粋な炭化水素になった鎖状の分子を、触媒を使って適度な長さにブチブチと切断(クラッキング)し、扱いやすい形に変形(異性化)させます。
- 留分(蒸留):石油精製と全く同じように、沸点の違いで成分を分けます。このとき、メインで取れるのが持続可能な航空燃料(SAF)やバイオディーゼルですが、その過程で軽質成分として「バイオナフサ」が同時に得られます。
ルートB:木質バイオマスの「ガス化・FT合成」(BTL法)
木くずや都市ゴミを丸ごと資源に変える技術です。
- ガス化:木くずを超高温で不完全燃焼させ、一度「一酸化炭素」と「水素」のクリーンな合成ガス(シンガス)にまでバラバラに分解します。
- FT合成(フィッシャー・トロプシュ合成):このガスに特殊な金属触媒を反応させ、炭素と水素を再結合させて人工的な合成原油(液体炭化水素)を作り出します。これを蒸留精製することで、高品質なバイオナフサを抽出します。
- バイオナフサ:廃食油や木質ガスを「化学プラントの触媒と熱」で石油成分と同じ構造に合成して作る(C5〜C12前後の混合物)。
- バイオエタノール:植物の糖を「微生物」で発酵・蒸留して作る(C2化合物)。

- バイオエタノール:サトウキビの廃糖蜜や木くずを酵素で糖化し、微生物(酵母)で発酵・蒸留して製造します。
- バイオナフサ:廃食油や植物油の酸素を水素反応で除去するか、木くずをガス化後、化学触媒で石油と同じ炭化水素へと合成して製造します。

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