無酸素銅の粒径 なぜ高温で粒径が大きくなるのか?どうやって粒径の粗大化を抑制できるのか?

この記事で分かること

  • 高温で粒径が大きくなる理由:高温では原子の動きが活発になり、結晶粒界が持つ余分なエネルギーを減らそうとします。このため、小さい結晶粒が消滅し、周囲のより大きな結晶粒が成長していく「粒成長」という現象が起こり、粒径が大きくなります。
  • 粒径の粗大化を防ぐ方法:主に微量の特定元素を添加することで抑えられます。これらの添加元素が結晶粒界に集まったり(ドラッグ効果)、微細な第二相粒子を形成し粒界の移動を物理的に妨げたり(ピン止め効果)することで、粒成長を抑制します。
  • 粗大化を防ぐ利点:、材料の強度や硬度、延性などの機械的特性が維持されます。また、表面が平滑に保たれ、めっき外観や光学認識性が向上し、加工品質や製品の信頼性も安定します。

無酸素銅の粒径

 三菱マテリアルが、熱処理時の結晶粒の粗大化を極めて抑制できる新しい無酸素銅「MOFC®-GC」を開発したことを発表しました。

 https://www.mmc.co.jp/corporate/ja/news/press/2025/25-0625.html

 電動車などの電子部品・モジュールの品質向上や工程安定化に貢献することが期待されています。特に、AMB基板などのセラミックス基板の回路層材料として採用することで、光学認識性の向上、表面粗さの低減(平滑性の向上、ばらつき低減)、めっき外観の改善といった効果が見込まれています。

 前回は無酸素銅全般の解説でしたが、今回は粒径が変化する理由や抑制する方法についての記事となっています。

無酸素銅とは何か

 無酸素銅(むさんそどう、Oxygen-Free Copper, OFC)とは、純度99.96%以上の高純度銅で、酸素の含有量を極限まで少なくした銅のことです。特に、純度99.99%以上のものはOFHC銅(Oxygen-Free High Conductivity Copper)とも呼ばれます。

一般的な純銅である「タフピッチ銅」には微量の酸素(酸化銅として)が含まれており、これが特定の条件下で問題を引き起こすことがあります。それに対し、無酸素銅は酸素をほとんど含まないため、以下のような優れた特性を持っています。

無酸素銅の主な特徴

  1. 高い導電率と熱伝導率: 酸素や不純物が極めて少ないため、銅本来の優れた電気伝導性(電気を通しやすさ)と熱伝導性(熱を伝えやすさ)を最大限に発揮します。
  2. 水素脆化(ぜいか)を起こさない: タフピッチ銅は、水素を含む雰囲気中で高温にさらされると、銅中の酸化銅と水素が反応して水蒸気を生成し、それが内部に蓄積されることで脆くなる「水素脆化」という現象を起こします。無酸素銅は酸素をほとんど含まないため、この水素脆化の心配がありません。そのため、溶接やろう付けなどの高温工程を伴う製品に適しています。
  3. 優れた加工性: 不純物が少なく結晶構造が整っているため、非常に柔らかく、展延性(薄く広げられる性質)や絞り加工性、曲げ加工性、溶接性に優れています。
  4. ガス放出特性が低い: 真空中で加熱してもガスを放出しにくいため、真空機器の部品としても適しています。

無酸素銅は、酸素含有量を極めて少なくした高純度銅(純度99.96%以上)です。電気・熱伝導率に優れ、水素脆化を起こさないという特徴を持っています。

高温で、銅の粒径が大きくなるのはなぜか

 高温で銅の結晶粒が大きくなる現象は、「粒成長(Grain Growth)」と呼ばれ、金属材料で一般的に見られる現象です。その主な理由は、結晶粒界が持つ余分なエネルギーを減らそうとする自然なプロセスによります。

  1. 結晶粒界のエネルギー:金属は多くの小さな結晶(結晶粒)が集まってできており、それぞれの結晶粒は異なる結晶方位を持っています。この結晶粒同士の境界面を「結晶粒界」と呼びます。結晶粒界では、原子の並びが不規則になり、結晶内部に比べて不安定な状態(原子がより高いエネルギー状態)にあります。この不安定さが、結晶粒界の持つ「余分なエネルギー(粒界エネルギー)」の源となります。
  2. エネルギーを減らす方向への変化:自然界の法則として、物質はエネルギーが低い安定した状態になろうとします。結晶粒界の持つ余分なエネルギーを減らすためには、結晶粒界の総面積を減らすことが最も効率的です。
  3. 高温での原子の移動:常温では原子の動きは比較的制限されていますが、高温になると原子の熱運動が活発になり、原子が結晶格子の位置から離れて移動しやすくなります(拡散)。この原子の移動が可能になることで、結晶粒界が動きやすくなります。
  4. 小さい粒が消滅し、大きい粒が成長:粒成長の過程では、表面積の小さい(つまり曲率の大きい)結晶粒は、隣接する大きい結晶粒に原子を取り込まれ、徐々に縮小して消滅していきます。一方で、表面積の大きい(曲率の小さい)結晶粒は、周囲の小さい粒を取り込んで成長し、より大きな結晶粒となります。これは、小さい粒の方が粒界エネルギーの寄与が大きいため、そのエネルギーを解放しようとする力が強く働くためです。

まとめ

 高温にさらされると、銅原子の動きが活発になり、結晶粒界が持つ余分なエネルギーを減らすために、小さい結晶粒が消滅し、隣接する大きい結晶粒がその原子を取り込んで成長していく現象が起こります。これが、高温で銅の粒径が大きくなる主要な理由です。

 粒成長が進行しすぎると、銅の機械的特性(強度や延性など)が変化し、製品の信頼性に影響を与えることがあるため、三菱マテリアルの「MOFC®-GC」のように、粒成長を抑制する技術が重要になります。

高温では原子の動きが活発になり、結晶粒界が持つ余分なエネルギーを減らそうとします。このため、小さい結晶粒が消滅し、周囲のより大きな結晶粒が成長していく「粒成長」という現象が起こり、粒径が大きくなります。

粒径の粗大化を防ぐにはどうすれば良いか

 銅の結晶粒成長を抑制する方法はいくつかあり、主な技術は以下の通りです。

1. 不純物(添加元素)の利用:ピン止め効果(Zener pinning)

 最も一般的な方法の一つは、ごく微量の特定の元素を添加することです。これらの添加元素は、以下の2つのメカニズムで粒成長を抑制します。

  • 粒界偏析によるドラッグ効果:添加された不純物原子が結晶粒界に偏析(集まる)する性質を持つ場合、粒界の移動を阻害します。粒界が動こうとすると、そこに偏析した不純物原子も一緒に移動する必要があり、これが粒界の動きを遅らせる「抵抗(ドラッグ効果)」として働きます。
  • 第二相粒子の析出によるピン止め効果(Zener pinning):添加元素が銅の結晶中で、銅とは異なる安定な化合物(第二相粒子)を形成し、それが微細な粒子として結晶粒内に分散する場合、この第二相粒子が結晶粒界に「ピン」のように作用し、粒界の移動を物理的に妨げます。これにより、粒成長が強く抑制されます。三菱マテリアルの「MOFC®-GC」も、このような特定の添加元素を独自に配合することで、この効果を最大限に引き出していると考えられます。

2. 熱処理条件の最適化

  • 焼鈍(アニール)温度と時間の制御: 粒成長は高温で活発になるため、焼鈍温度を必要以上に上げない、または焼鈍時間を短くすることで、粒成長を抑制できます。ただし、適切な物性を得るためには、ある程度の熱処理が必要です。
  • 冷却速度の制御: 熱処理後の冷却速度を速めることで、粒成長が進行する時間を短縮し、粒径の粗大化を抑制することができます。

3. 加工履歴の制御

  • 加工度の調整: 圧延などの加工により、結晶粒は変形し、内部にひずみが蓄積されます。その後の再結晶や粒成長の挙動は、加工度によって変化します。適切な加工度と熱処理を組み合わせることで、微細な結晶粒を得たり、粒成長を抑制したりすることが可能です。

4. その他

  • 薄膜化: 配線などが極めて薄い場合、物理的な制約から粒成長が抑制される傾向があります。
  • 均一な粉末成形: 粉末冶金の場合、焼結前の粉末の密度を均一にすることで、異常粒成長(特定の粒だけが異常に大きくなる現象)を抑制できます。

 三菱マテリアルの「MOFC®-GC」のような高性能な無酸素銅は、上記の技術、特に微量な添加元素の精密な制御と、最適な熱処理プロセスの組み合わせによって、世界最高水準の粒成長抑制性能を実現していると考えられます。材料開発における化学組成とプロセス技術の融合が鍵となります。

粒径の成長は、主に微量の特定元素を添加することで抑えられます。これらの添加元素が結晶粒界に集まったり(ドラッグ効果)、微細な第二相粒子を形成し粒界の移動を物理的に妨げたり(ピン止め効果)することで、粒成長を抑制します。また、熱処理条件の最適化も有効です。

粒径が大きくならないメリットは何か

 銅の粒径が大きくならない(結晶粒の粗大化が抑制される)ことには、様々なメリットがあります。特に電気・電子部品の分野では、以下の点が重要です。

機械的特性の維持・向上

  • 強度・硬度の維持: 粒径が小さいほど、結晶粒界の総面積が増え、転位(材料の塑性変形に関わる結晶の欠陥)の移動を妨げる障壁が増えます。これにより、材料の強度や硬度が維持・向上します。粒成長が起こると、粒界の数が減り、強度が低下する可能性があります。
  • 延性の維持: 過度な粒成長は、特定の条件下で延性(破断せずに変形できる能力)を低下させる場合があります。粒径を均一に保つことで、材料全体の均質な変形特性が維持されます。

表面品質の安定化

  • 平滑性の維持: 粒成長が抑制されることで、材料表面の凹凸が抑制され、より平滑な表面が得られます。これは、めっき処理の均一性や、光学的な認識性(カメラなどでの検査精度)に直結します。例えば、AMB基板では、回路層の銅表面の平滑性が、半導体チップの実装精度や信頼性に影響を与えます。
  • めっき外観の改善: 表面の粗さが小さいと、めっきが均一に析出しやすくなり、外観品質が向上します。

加工性の安定化

  • 均一な加工特性: 結晶粒の大きさが不均一だと、材料全体の加工特性(曲げ、絞りなど)もばらつきやすくなります。粒径を均一に保つことで、加工時の品質が安定し、歩留まりの向上につながります。

信頼性の向上

  • 高温環境での安定性: 熱処理や高温環境下での使用時に粒成長が抑制されることで、材料の物性が変化しにくく、製品の長期的な信頼性が向上します。
  • ワイヤボンディング性の向上: 半導体パッケージなどで使われるワイヤボンディング(チップとリードフレームなどを細いワイヤで接続する技術)において、銅の表面状態が良好であることは、ボンディング強度や信頼性にとって重要です。粒成長抑制による表面平滑性の維持は、この特性にも貢献します。

 三菱マテリアルの「MOFC®-GC」のように、高温での粒成長が抑制された無酸素銅は、特に高集積化・高信頼性が求められる今日の電子部品(例:パワー半導体、EV用部品)において、材料の性能を最大限に引き出し、最終製品の品質向上に大きく貢献する重要な技術と言えます。

粒径が大きくならないと、材料の強度や硬度、延性などの機械的特性が維持されます。また、表面が平滑に保たれ、めっき外観や光学認識性が向上し、加工品質や製品の信頼性も安定します。

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