この記事で分かること
1. サランラップの製造方法
主原料の樹脂に添加剤を混ぜ、加熱して筒状に押し出します。これを空圧で風船状に膨らませる「二軸延伸」により、分子を整列させ強度とバリア性を向上させます。その後、冷却して薄いシート状に巻き取り製品化します。
2. ナフサからポリ塩化ビニリデンの合成
ナフサを熱分解したエチレンと、食塩由来の塩素を反応させて、中間体の塩化ビニリデンモノマーを合成します。これを触媒などで重合(ポリマー化)することで、粉末状のポリ塩化ビニリデン樹脂が製造されます。
3. 値上げが避けられない理由
原料ナフサの高騰に加え、地政学リスクに伴うエネルギー・物流費の上昇がコストを直撃しているためです。安価な原料在庫が底を突き、安定供給を維持するには、上昇分を段階的に価格へ転嫁せざるを得ない状況にあります。
サランラップの値上げ
4月13日、旭化成の小堀秀毅会長が、看板商品である「サランラップ」の値上げが避けられないとの認識を示しました。
原材料費や物流費の上昇がいよいよ最終製品の価格に反映され始めた形といえます。
サランラップはどのように製造されるのか
サランラップ(旭化成)の主成分は、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)という非常にバリア性の高い樹脂です。一般的なポリエチレン製のラップとは異なり、酸素や水蒸気を通しにくいという特徴があります。
その製造工程は、大きく分けて「原料調合」「押出成形」「延伸(えんしん)」「仕上げ」の4つのステップで行われます。
1. 原料の調合
まず、粉末状のPVDC樹脂に、柔軟性を出すための添加剤(脂肪酸誘導体などの柔軟剤)や、熱による劣化を防ぐ安定剤を混ぜ合わせます。サランラップ特有の「密着性」や「耐熱性」はこの配合によって調整されます。
2. 溶融・押出(インフレーション法)
調合された原料は、加熱された「押出機(エクストルーダー)」に投入され、ドロドロの液体状に溶かされます。
- 環状ダイ: 溶けた樹脂は、円形の隙間がある「ダイ」と呼ばれる金型から筒状に押し出されます。
- バブルの形成: 押し出された筒の中に空気を吹き込み、巨大な風船のような「バブル」を作ります。
3. 二軸延伸(ここが強度の肝)
サランラップの製造において最も重要なのが、この「二軸延伸」という工程です。
- バブルを上下左右に引き伸ばすことで、樹脂の分子がきれいに整列(配向)します。
- これにより、薄くても破れにくく、かつコシのある独特の質感が生まれます。
4. 冷却・裁断・巻き取り
十分に延伸されたバブルを冷風で冷やして固めた後、平らに押しつぶしてシート状にします。
- スリット: 用途に合わせた幅(30cmや22cmなど)にカットします。
- 巻き取り: 数千メートル単位の巨大なロールに巻き取ります。
5. 最終製品化
巨大な親ロールから、家庭で使いやすい長さ(20mや50mなど)に小分けして紙管に巻き戻します。最後に、おなじみの刃が付いたパッケージに箱詰めされて完成です。
技術的ポイント:なぜ「サランラップ」は高性能なのか
サランラップが他素材と一線を画す理由は、その分子構造にあります。
- 高密度: 分子が非常に密に並んでいるため、酸素を通す割合がポリエチレン製ラップの約1/200以下です。
- 自己粘着性: 樹脂そのものが持つ極性(電気的な引き合い)を利用して、器にピタッとくっつくよう設計されています。
工業的には、この薄い膜を均一な厚み(数ミクロン単位)で高速に生産し続ける点に、高度なプロセス管理技術が凝縮されています。

主原料のポリ塩化ビニリデンに添加剤を混ぜ、加熱して筒状に押し出します。これを空圧で風船状に膨らませる「二軸延伸」により、分子を整列させ強度とバリア性を向上。冷却後、薄いシート状に巻き取り製品化します。
なぜ値上げが避けられないのか
サランラップの値上げが避けられない理由は、主に「原料コスト」「エネルギー価格」「供給網」の3つの構造的な問題が同時に悪化しているためです。
1. 原料ナフサの価格高騰
サランラップの主原料であるポリ塩化ビニリデン(PVDC)は、原油を精製して得られる「ナフサ」から作られます。
- 現在、中東情勢の緊張(ホルムズ海峡の地政学リスクなど)により、原油およびナフサの輸入価格が大きく跳ね上がっています。
- ラップの製造原価に占める原材料費の比率が高いため、原料安の頃の在庫が尽きると、企業努力だけでは吸収できないコスト増に直結します。
2. 製造・輸送エネルギーの増大
サランラップの製造には、樹脂を高温で溶かす工程や、巨大なバブルを維持するための空調管理など、大量の電力を消費します。
- 燃料価格の上昇による電気代の負担増に加え、ガソリン代の上昇に伴う**物流費(トラック運賃など)**も製品価格を押し上げる要因となっています。
3. 供給網の不安定化
原材料となる化学素材の需給バランスが世界的に崩れています。
- 特に高機能なバリア性を持つ樹脂の原料は代替が効きにくいため、世界的なインフレや為替(円安)の影響をダイレクトに受けてしまいます。
旭化成の小堀会長が述べたように、「少しずつ値段に転嫁していく」という方針は、「赤字を出して生産を止めるのではなく、コストを価格に反映させることで安定供給を維持する」という、インフラ維持のための苦渋の選択といえます。

主原料ナフサの価格高騰に加え、円安や地政学リスクによるエネルギー・物流費の上昇が製造コストを直撃しているためです。企業努力での吸収が限界に達し、安定供給維持のため段階的な価格転嫁が避けられない状況です。
ポリ塩化ビニリデンはナフサからどのように製造されるのか
ポリ塩化ビニリデン(PVDC)の主原料は確かにナフサですが、製造工程は非常に複雑で、複数の化学反応を経て作られます。大きく分けると、以下の3つのステップで製造されます。
1. ナフサから「エチレン」と「塩素」へ
まず、原油を精製して得られるナフサを熱分解し、エチレンを取り出します。これに、食塩水を電気分解して得られる塩素を反応させます。
2. 「塩化ビニリデンモノマー」の合成
エチレンと塩素を反応させて「1,1,2-トリクロロエタン」を作り、さらにそこから塩化水素を抜き取る(脱塩酸反応)ことで、中間体である塩化ビニリデンモノマー(VDC)を合成します。
- この段階ではまだサラサラとした液体です。
3. 重合反応(ポリマー化)
この液体状のモノマーを、巨大な反応釜の中で熱や触媒を加えてつなぎ合わせる「重合(じゅうごう)」というプロセスを行います。
- 多くの場合は「塩化ビニル」など他の成分を少量加えて共重合させ、加工しやすいポリ塩化ビニリデン(PVDC)の粉末樹脂を完成させます。
このように、ナフサという「油」の成分と、食塩由来の「塩素」を化学的に結合させることで、あの強力なバリア性を持つ樹脂が生まれます。中東情勢によるナフサ価格の変動が、巡り巡ってラップの価格に直撃するのはこのためです。

ナフサから抽出したエチレンと食塩由来の塩素を反応させ、中間体の塩化ビニリデンモノマーを合成します。これを重合(ポリマー化)することで、粉末状のポリ塩化ビニリデン樹脂が製造されます。油と塩が主原料です。
今後の価格の見通しはどうか
今後の価格の見通しについては、「短期的には段階的な値上げ、中長期的には高止まり」という局面が続くと予想されます。
1. 直近の見通し:在庫切れに伴う「段階的転嫁」
小堀会長の発言にある通り、現在はまだ「比較的安く仕入れた原料の在庫」が残っている状態です。
- 値上げのタイミング: 今後数ヶ月かけて在庫が入れ替わるタイミングで、店頭価格へ順次反映される見通しです。
- 上げ幅: 一気に大幅値上げするのではなく、コスト上昇分を少しずつ価格に上乗せしていく「段階的転嫁」が示唆されています。
2. 中長期的な要因:ナフサ価格の異常高騰
価格が再び下落に転じるかどうかは、主原料であるナフサの価格次第ですが、情勢は不透明です。
- 地政学的リスク: ホルムズ海峡周辺の緊張による事実上の封鎖状態が続いているため、原油価格以上にナフサの需給が逼迫しています。
- マージンの拡大: 2026年3月時点でナフサのマージン(原油価格との差)が通常の数倍に跳ね上がる「ナフサ・ショック」が起きており、原油価格が安定してもラップの原料コストが下がりにくい構造になっています。
3. 他製品への波及と市場全体のトレンド
サランラップだけでなく、石油化学製品全体で値上げラッシュが起きています。
- 産業界の影響: すでに塗料や断熱材、他の合成樹脂製品では20%〜40%規模の大幅な価格改定が発表されています。
- 円安の影響: 為替が円安水準で推移していることも、輸入コストを押し上げる要因として重くのしかかっています。
総じて、エネルギー情勢の劇的な改善がない限り、「安売り」が難しくなり、以前よりも高い価格帯が「新常態(ニューノーマル)」になる可能性が高いと言えます。

短期的には安価な原料在庫の枯渇に伴い、段階的な値上げが続く見通しです。中長期的にも地政学リスクによるナフサ価格の高騰や円安が響き、以前の低価格帯に戻るのは難しく、価格は高止まりする可能性が高いでしょう。

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