光格子時計による秒の再定義

この記事で分かること

光格子時計とは何か

レーザー光で作った格子にストロンチウム原子100万個を閉じ込め、その振動数を計測する次世代原子時計です。300億年に1秒という超高精度を誇り、香取秀俊教授が2001年に考案しました。

なぜ精度が高いのか

セシウムの5000万倍速い光の振動を「振り子」に使い、「魔法波長」の格子で原子を外乱から隔離、さらに100万個の原子を同時計測して誤差を平均化する三つの仕組みが重なるためです。

秒の再定義とは何か

現行の「セシウム原子時計による1秒」の定義を、より精度の高い光格子時計に切り替える国際的な取り組みです。2022年に国際度量衡総会が告知し、2030年の実施が予定されています。

光格子時計による秒の再定義

 光格子時計は、2001年に東京大学の香取秀俊助教授(当時)によって考案されました。

 特別な波長のレーザー光で作った極めて小さな格子状の入れ物に100万個ものストロンチウム原子を閉じ込め、それぞれの原子の振り子(振動数)を同時に観測することで、驚異的な精度を実現します。

 300億年に1秒という超高精度を誇り、小型化・商用化も進み、2030年の「秒の再定義」の有力候補として、防災・GPS・経済安全保障など幅広い分野での活用が期待されています。

光格子時計とは何か

 光格子時計とは、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光で作った極めて小さな格子状の入れ物に100万個ものストロンチウム原子を1個ずつ閉じ込め、それぞれの原子の振り子(振動数)を同時に観測することで、驚異的な精度を実現する時計です。

 時計の精度は「何を振り子の代わりにするか」で決まります。1秒間に400兆回振動するストロンチウム原子の赤色光を使うことで、セシウム原子時計の精度を3桁改善し、18桁の精度で時間を読めるようになりました。

従来の原子時計との違い

 既存のセシウム原子時計では、セシウム原子が共鳴・放射する約9.2GHzのマイクロ波を測定していましたが、光格子時計ではストロンチウム原子が共鳴・放射する約429THzの赤色光を高精度に測定します。測定精度は約3桁向上しています。

 精度の差は歴然で、セシウム原子時計の精度は15桁で6000万年に1秒のずれであるのに対し、光格子時計の精度は18桁、ずれは300億年に1秒です。

なぜ「光格子」に閉じ込めるのか

 光格子に原子を1つずつ捕獲することで、原子同士の相互作用が起きない状態で原子の振動数を精密に測定できます。

 光格子全体には多数の原子を捕獲でき、原子の振動数を一度に測定して平均を取ることで、短時間で高い精度が得られます。

どのように活用されているか

 精度の高さは、時刻を刻む以上の応用を可能にします。人が歩く程度の速さや、わずか1cmの高低差で生じる重力の違いによる時間の遅れを検出できるため、高度計や重力ポテンシャル計として噴火・津波の予知への貢献が期待されています。 

 また、衛星測位システム(GPS)に代わる新たな測地技術にも貢献すると考えられています。

 香取教授らの研究グループは、東京スカイツリーの展望回廊と地上階に光格子時計を設置し、「重力の大きい場所では時間の流れが遅くなる」というアインシュタインの一般相対性理論を実際に検証しました。

小型化と社会実装

2024年に装置容量を従来の920リットルから250リットルへ小型化することに成功し、重さ約200キロで数年内に商用化が見込まれるレベルに達しました。2030年までに予定されている「1秒」の定義の変更でも、光格子時計は有力な新定義の候補となっています。

光格子時計はレーザー光の格子にストロンチウム原子を閉じ込め、その振動を計測する超高精度時計です。精度は300億年に1秒の誤差で、防災・GPS・相対性理論の検証など多分野への応用が進んでいます。


なぜズレが小さいのか

 

 時計の精度には振り子が重要です。時計の高性能化には、より高速に振動する発振器を使うことが有効です。

 1960年にレーザーが発明されると、光の発振器を使った原子時計を作ろうという流れが生まれ、1980年代ごろから光原子時計の研究が本格化しました。

 振り子の振動が速ければ速いほど、1秒を細かく刻めるため誤差が小さくなります。

 セシウム原子時計が約9.2GHzのマイクロ波を使うのに対し、光格子時計は約429THzの赤色光を使います。これだけ周波数が高いと、測定精度が約3桁も向上します。単純に言えば、「振り子が1秒間に振る回数」が約5000万倍になるイメージです。

「光格子」が原子を外乱から守る

 高精度を実現するもう一つの鍵が、原子を閉じ込める「光格子」の仕組みです。「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光で作った格子に原子を1つずつ捕獲することで、原子同士の相互作用が起きない状態で振動数を精密に測定できます。

 原子が互いに影響し合ったり、外部の熱や電磁波にさらされたりすると、振動数がわずかにずれてしまいます。

 光格子はいわば原子を「卵パック」のような個室に隔離することで、この外乱を徹底的に排除しています。

100万個の原子を同時に計測して平均を取る

 さらに精度を高めているのが、大量の原子を一度に使う点です。光格子全体には多数の原子を捕獲でき、原子の振動数を一度に測定して平均を取ることで、短時間で高い精度が得られます。

 1個の原子だけを測定すると、わずかなブレが誤差になります。しかし100万個の原子の振動数を同時に計測して平均すれば、個々のブレが打ち消し合い、極めて安定した値が得られるのです。これは統計的な精度向上であり、光格子時計の大きな強みの一つです。

「魔法波長」というアイデアの革新性

 光格子時計が2001年に香取教授によって考案された際の核心的アイデアが、この「魔法波長」です。

 原子をレーザー光で閉じ込めると通常は原子の振動数が乱れてしまいますが、特定の波長(魔法波長)のレーザーを使うと、閉じ込めによる影響がキャンセルされ、原子本来の振動数を乱さずに測定できます。

 この発想こそが、光格子時計を単なる「光を使った時計」ではなく、革命的な精度を持つ装置にした本質的な理由です。


光格子時計のズレが小さい理由は、①セシウムの5000万倍速い光の振動を利用、②「魔法波長」の格子で原子を外乱から隔離、③100万個の原子を同時計測して誤差を平均化、という三つの革新が重なり合っているためです。

ストロンチウムが使われるのはなぜか

 光格子時計に使う原子に求められる最重要条件は、「極めて安定した振動数で光を吸収・放出する電子遷移を持つこと」です。

 ストロンチウム原子の光学遷移の固有周波数は、過去10年近くの間、世界中の多数の機関で測定されてきた結果、相対不確かさ1.9×10⁻¹⁶の範囲内で429,228,004,229,872.99Hzであることが確認されています。これほど安定した周波数を持つ原子は、時計の「振り子」として理想的です。

魔法波長が実験で実現しやすい

 光格子時計の核心である「魔法波長」との相性も、ストロンチウムが選ばれる大きな理由です。原子を光の定在波(光格子)でトラップすると、一般的にはトラップに用いる光の振動電場によって原子のエネルギー状態が変化(シュタルクシフト)してしまいます。

 しかし、ある特定の波長(魔法波長)で原子をトラップすると、基底状態と励起状態のシュタルクシフトが一致するため、光の摂動を受けない原子と同じ時計遷移周波数が測定できます。

 そして決定的なのが、ストロンチウム原子では、この魔法条件が実験で容易に実現できるパラメーター範囲内にあることが確認されており、19桁精度の時計の実現に向けた重要なステップとなっています。

 つまり、ストロンチウムは「魔法波長が扱いやすい周波数帯に存在する」という、実験上の大きな利点を持っているのです。

レーザー冷却との相性の良さ

 光格子時計では、絶対零度近くまで冷やしたストロンチウム原子を格子の中に1つずつ入れる構造になっています。

 原子は温度が高いと熱運動によって振動数がわずかにずれる(ドップラー効果)ため、極限まで冷却することが不可欠です。ストロンチウムはレーザー冷却に適した電子構造を持ち、この超低温化が比較的容易に実現できます。

黒体放射の影響を抑えやすい

 精度を損なう要因の一つが、装置内部から放射される熱(黒体放射)による周波数のわずかなずれです。 

 ストロンチウム原子やイッテルビウム原子の光格子時計では、黒体放射シフトを抑えるために冷凍機を使った低温環境を用意し、その中で実験を行うことで18桁の精度を達成しています。ストロンチウムはこの黒体放射の影響が理論的に評価しやすく、補正計算の信頼性が高い点も強みです。

国際標準としての実績

 香取教授らはストロンチウム原子の共鳴遷移を探し出し、光格子中で精密な分光を実現しました。さらにストロンチウム原子の魔法波長を決定し、光格子時計として初の時計動作を実現しました。

 この測定はその後、米国・フランスの研究機関の追試により再現性が確認され、2006年に「秒」の再定義の有力な候補として国際的に採択されています。

 こうした積み重ねにより、ストロンチウムは世界標準の地位を確立しました。なお、現在はNICTを含む世界6機関がストロンチウムもしくはイッテルビウムの光格子時計を開発しており、協定世界時(UTC)が刻む1秒を校正する能力を持つ二次周波数標準として国際的に認められています。


ストロンチウムが選ばれる理由は、①時計に最適な電子遷移の安定性、②魔法波長が実験的に扱いやすい周波数帯に存在すること、③レーザー冷却との高い相性、④黒体放射の補正が計算しやすいこと、の四点が揃っているためです。米仏での追試でも再現性が確認され、国際標準の座を確立しています。

秒の再定義とは何か

「1秒」の定義は、時代の技術水準に合わせて繰り返し見直されてきました。かつては地球の自転を基にして1秒は平均太陽日の86400分の1とされていましたが、地球の自転速度は潮汐摩擦などの影響で一定でないことが判明し、より変動の少ない地球の公転を基にした「暦表時」が1956年に採用されました。

 しかしそれも長くは続きませんでした。1967年の国際度量衡総会で、宇宙開発が要求する精度に地球の不安定な自転では応えられなくなったことを理由に、セシウム原子の振動9,192,631,770回を1秒とする新定義が採択されました。こ

 れが現在も使われている定義で、約60年間変わっていません。

なぜ今、再び定義を変える必要があるのか

 近年、光の周波数を利用する光周波数標準が急速に進歩し、従来のセシウム原子時計を上回る精度を示すようになりました。

 国際度量衡局によれば、最先端の光周波数標準の一部はセシウム噴水時計よりも大幅に低い不確かさと高い安定性を実現しており、時計技術の進歩に対して現在の「秒」の定義が追いつかなくなりつつあります。

 「物差しより測る対象のほうが精密になってしまった」状態です。より正確な時計が生まれた以上、定義そのものも更新すべきという判断です。

2030年に何が起きるのか

 4年に1回開かれる国際度量衡総会が2022年に「2030年に再定義をする」と告知しました。2026年に再定義の方法を決めて、2030年に批准する予定です。 

 現在の定義である「セシウム原子時計による1秒」を再定義する方法として、「単一イオン光時計」と光格子時計が挙がっており、単一イオン光時計は計測に時間がかかるという不利な点があることから、光格子時計が有力候補となっています。

日本勢が主導権を握る動き

 2026年5月、島津製作所と理化学研究所は、時間や距離の単位を管理する国際機関・国際度量衡局と覚書を締結しました。日本発の光格子時計が改定に有用かどうかを共同で実証する取り組みです。

 国際度量衡局のアネット・クー局長は「この覚書は秒の再定義に向けたロードマップの重要な一歩になる」と説明しています。覚書は、島津の可搬型光格子時計で標準候補となっている光格子時計や単一イオン光時計の精度を比較するという内容です。

 格子時計が「秒」の定義を決める最有力候補となっており、すでに国内外の研究機関から複数の問い合わせが寄せられています。

再定義が社会に与える影響

 秒の再定義は、単なる学術的な出来事ではありません。GPS・通信・金融取引・電力網など、現代社会のあらゆるインフラは「正確な1秒」を前提に動いています。

 定義が更新されることで計測精度が飛躍的に向上し、自動運転や次世代通信技術の高度化、さらには防災・測地技術の精密化にも波及することが期待されています。

 また、日本が独自の原子時計群で正確な時刻を刻めるようになることは、GPSなど他国の技術への依存を減らすという経済安全保障上の意義も持ちます。


「秒の再定義」とは、現行のセシウム原子時計による定義を、より精度の高い光格子時計などに切り替える国際的な取り組みです。2030年の実施に向け、日本発の光格子時計が最有力候補として浮上しており、GPS・通信・安全保障など社会基盤全体への影響が期待されています。

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