この記事で分かること
- 樹脂めっきとは:プラスチック(樹脂)の表面に金属の薄い膜を形成する技術です。金属の軽さや成形しやすさ、コストの低さを維持しつつ様々な機能を付加することができます。
- 六価クロムの環境負荷が大きい理由:強い毒性と発がん性を持ち、環境中で移動しやすく分解しにくいことから、環境負荷の大きな物質となっています。
- 三価クロムでの代替の問題点:膜厚の形成が難しい・析出速度が遅い、色調が六価クロムと異なる、管理の難しさ、機能性、コスト高などの課題があります。
塚田理研の樹脂めっきの六価クロム不使用検討
塚田理研は、環境負荷が高い六価クロムを使用しない次世代の樹脂めっき技術の開発に積極的に取り組んでいます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC19BHO0Z10C25A5000000/
塚田理研に限らず、六価クロムを使用しない樹脂めっきの検討が行われています。
樹脂めっきは、何に利用されるのか
樹脂めっきは、プラスチック(樹脂)の表面に金属の薄い膜を形成する技術です。これにより、プラスチックが持つ軽量性、成形しやすさ、コストの低さを維持しつつ、金属が持つ様々な特性(意匠性、耐食性、導電性など)を付与することができます。
1. 自動車部品
樹脂めっきの最大の用途の一つであり、多くの部品で利用されています。
- 外装部品: バンパー、グリル、エンブレム、ドアハンドル、ルーフレール、フォグランプカバーなど。金属的な光沢や高級感を与え、耐食性や耐候性を向上させます。軽量化により燃費向上にも貢献します。
- 内装部品: シフトレバー、シートベルト部品、エアコン吹き出し口、インパネ周りの加飾部品など。意匠性の向上と、耐摩耗性、耐熱性を付与します。
- 機能部品: ECUケース、センサー類など。電磁波シールド性や放熱性を付与し、電子部品の誤作動を防ぎます。
2. 家電製品
デザイン性と機能性の両面で活用されています。
- 外装部品: テレビやオーディオ機器の操作パネル、装飾部品、冷蔵庫の取っ手など。金属光沢による高級感やデザイン性の向上。
- 内部部品: パソコン、スマートフォン、医療機器の筐体やカバーなど。電磁波シールド効果により、電子ノイズの発生や誤作動を防ぎます。
- スイッチ・操作部品: 照明器具のスイッチ、調理家電の操作ボタンなど。耐久性や耐摩耗性を向上させます。
3. 建築資材・住宅設備
水回りの製品を中心に幅広く利用されています。
- 水栓金具: 蛇口、シャワーヘッド、レバーなど。美しい金属光沢と耐食性を付与します。
- 浴室・インテリア用品: ドアノブ、タオルハンガー、装飾パネルなど。デザイン性の向上と耐久性の確保。
4. 電子部品・精密機器
導電性や電磁波シールド性が重要な分野です。
- コネクタカバー類: シールド性や導通性を付与し、信号の安定化を図ります。
- Molded Interconnect Device (MID): 2色成形品へのめっきにより、3次元立体配線を形成し、電子回路やモバイル機器用アンテナなどに利用されます。複雑なマスキング工程が不要になり、設計の自由度が高まります。
- 各種筐体・カバー: 電磁波シールド性、放熱性、剛性の向上。
5. 医療機器
特に信頼性と安全性が求められる分野です。
- 内視鏡、耳体温計、腹腔鏡などの部品: 生体適合性やX線不透過性(金めっきなど)を付与し、感染症リスクの低減や診断精度向上に貢献します。
- 各種筐体・カバー: 電磁波シールド性や剛性の向上。
6. その他
- アミューズメント関連部品: パチンコ台やゲーム機の装飾部品など。デザイン性、シールド性、導通性を付与します。
- 装飾品・雑貨: 指輪、ネックレス、ブレスレット、イヤリングなどのアクセサリー、腕時計部品、家具、生活雑貨など。高級感のある金属光沢を与え、デザイン性を向上させます。
- 玩具: フィギュアや変身アイテムなど、高級感を出すためや特定の機能(導電性など)を持たせるために利用されます。
樹脂めっきの主なメリット
- 軽量化: 金属部品の代替として利用することで、製品全体の軽量化に貢献します。特に自動車や航空機分野で重要視されます。
- コスト削減: 金属加工に比べて、材料費や加工プロセスの簡略化により製造コストを低減できます。
- デザイン性・意匠性: プラスチックの複雑な形状への加工の自由度を活かし、金属では難しい立体的なデザインや、光沢感のある美しい外観を実現できます。
- 機能性の付与:
- 耐食性・耐候性: 錆びにくく、屋外での使用にも耐える特性。
- 耐摩耗性: 表面硬度を高め、傷つきにくくします。
- 導電性: プラスチックを導電体に変え、電子部品などに利用可能にします。
- 電磁波シールド性: 電子機器から発生する電磁波ノイズを遮断し、誤動作を防ぎます。
- 放熱性: 熱伝導性を向上させ、内部の部品の過熱を防ぎます。
- 剛性: 薄肉の樹脂部品に金属膜を形成することで、機械的な強度を向上させます。

樹脂めっきは、プラスチック(樹脂)の表面に金属の薄い膜を形成する技術です。金属の軽さや成形しやすさ、コストの低さを維持しつつ様々な機能を付加することができます。
六価クロムはなぜ環境負荷が高いのか
六価クロムが環境負荷が大きいとされる理由は、主にその強い毒性と発がん性にあります。具体的には以下の点が挙げられます。
高い毒性
- 六価クロムは非常に強い酸化作用を持つため、生体に対して強い毒性を示します。
- 皮膚や粘膜に付着すると、皮膚炎や腫瘍を引き起こす可能性があります。
- 粉塵を吸入すると、鼻中隔穿孔(鼻の隔壁に穴が開くこと)や呼吸器系の疾患(喘息など)の原因となります。
- 汚染された水を摂取すると、嘔吐などの急性症状のほか、長期的なばく露により消化器系のがん、肝炎、腎機能障害を引き起こすリスクがあります。
- 国際がん研究機関(IARC)により、発がん性物質に分類されています。
環境中での高い移動性
- 六価クロムは水に溶けやすく、地下水に溶け込むことで広範囲に汚染を拡散させる可能性があります。
- 土壌中に存在する場合、粉末となって飛散したり、雨水によって地下水に浸透したりすることで、周辺環境に影響を及ぼします。
- 自然環境中では比較的分解されにくく、一度流出すると長期的に影響を及ぼす可能性があります。
自然界での発生と人工的な排出
- 三価クロムは自然界に広く存在し、比較的毒性が低いとされていますが、特定の条件下(pHが低い環境や酸化剤が存在する場合など)で酸化されて毒性の強い六価クロムに変化することがあります。
- セメントやセメント系地盤改良材の原料中に含まれる三価クロムが、地盤改良工事の際に土壌の特性や水和反応の阻害によって六価クロムとして溶出するリスクが指摘されています。
- 過去には、メッキ工場や化学工場などで六価クロムが使用され、その廃液や廃棄物が適切に処理されずに土壌や地下水を汚染する事例が多数発生しました。
- これらの理由から、六価クロムは環境汚染対策法における特定有害物質に指定され、多くの国でその使用が厳しく規制されています。環境基準値も設定されており、その基準値以下になるよう対策が講じられています。

六価クロムは強い毒性と発がん性を持ち、環境中で移動しやすく分解しにくいことから、環境負荷の大きな物質となっています。
三価クロムはなぜ環境負荷が小さいのか
三価クロムが環境負荷が小さいとされる理由は、六価クロムと比較して毒性がはるかに低いことと、自然界に安定的に存在していることに集約されます。具体的には以下の点が挙げられます。
低い毒性
- 発がん性がない: 国際がん研究機関(IARC)の評価でも「発がん性が認められていない」と分類されており、六価クロムのような発がん性はありません。
- 生体への影響が小さい: 三価クロムは、六価クロムのような強い酸化作用を持たないため、細胞やDNAに直接的な損傷を与えることが少ないです。皮膚炎や呼吸器系の疾患を引き起こすリスクも、六価クロムに比べて著しく低いとされています。
- 必須ミネラルとしての役割: むしろ、三価クロムは人間の体にとって必須ミネラルの一つであり、糖代謝(インスリンの働きを助ける)に重要な役割を果たしています。一部のサプリメントにも含まれるほど、比較的安全な物質と認識されています。ただし、過剰摂取は避けるべきです。
環境中での安定性と低い移動性
- 水に溶けにくい: 三価クロム化合物は水にほとんど溶けないため、環境中に流出しても広範囲に拡散しにくい性質があります。一方、六価クロムは水に溶けやすく、地下水汚染の原因となります。
- 自然界に広く存在: 三価クロムは土壌や岩石、植物など自然界に広く存在しており、比較的安定した状態で存在します。通常、自然環境下で毒性の高い六価クロムに変化することは稀です(特定の条件下、例えば酸性度が高く強い酸化剤が存在する場合などには、三価クロムが酸化されて六価クロムに変化する可能性はゼロではありませんが、一般的ではありません)。
排出時のリスクが低い
- 三価クロムは毒性が低いため、製造プロセスや廃棄物処理において、六価クロムのような厳格な処理や還元が不要であり、廃水処理の負荷も小さいです。
- これらの理由から、三価クロムは六価クロムの代替物質として、メッキ加工や防錆処理など様々な産業分野で積極的に導入が進められています。環境規制(RoHS指令など)においても、三価クロムは一般的に規制対象外とされており、環境に配慮した材料として注目されています。

三価クロムは毒性が低く、自然環境にも広く存在するため、放出時の環境中への負荷も小さくなっています。
樹脂めっきを三価クロムにする問題点はなにか
樹脂めっきを三価クロムにすることには、環境負荷低減という大きなメリットがある一方で、以下のようにいくつかの技術的・コスト的な問題点が存在します。
- 膜厚の形成が難しい・析出速度が遅い
- 三価クロムめっきは、六価クロムめっきに比べて膜厚を厚く形成することが難しいという課題があります。
- 析出速度も遅い傾向にあるため、同じ膜厚を得るのに時間がかかり、生産性が低下し、結果としてコストが高くなる要因となります。このため、現在は主に装飾用途に限定されることが多いです。
- 色調の課題:
- 従来の三価クロムめっきは、六価クロムめっきと比較して、やや黒みがかったり、黄みがかったりすることがありました。六価クロムめっきの持つ、青みのあるシャープな光沢感を完全に再現することが難しい場合があります。
- 特に外観品質が重視される自動車の内外装部品などでは、わずかな色調の違いも問題となることがあります。近年では、この色調の課題を克服した三価クロムめっき液も開発されていますが、まだ課題が残る場合もあります。
- 耐食性の課題:
- 一般的に、三価クロムめっきは、六価クロムめっきと比較して耐食性で劣るとされることがあります。特に、塩水噴霧試験などの耐食性評価で、六価クロムめっきと同等かそれ以上の性能を安定して出すことが難しい場合があります。
- 耐食性を高めるためには、後処理が必要となることがあり、工程の増加やコストアップにつながります。
- めっき浴の管理の難しさ:
- 三価クロムめっき浴は、六価クロムめっき浴に比べて、浴組成の管理が難しいとされています。不純物の影響を受けやすかったり、めっき液の安定性が低かったりすることがあります。
- これにより、めっき品質の安定化や、安定的な量産が難しい場合があります。
- コストの増加:
- 上記の膜厚形成の難しさ、析出速度の遅さ、浴管理の難しさなどから、三価クロムめっきは六価クロムめっきに比べて、めっき時間が長くなったり、管理に手間がかかったりするため、製造コストが高くなる傾向にあります。
- 機能性の限界(特に硬度・耐摩耗性):
- 樹脂めっきは装飾用途が主ですが、金属めっきにおいては、六価クロムの硬質クロムめっきは非常に高い硬度と耐摩耗性を持つことで知られています。三価クロムめっきで、この硬質クロムめっきと同等の機能性を樹脂に付与することは、現状では非常に難しいとされています。
これらの課題を克服するため、めっき液メーカーやめっき加工メーカーは、日々研究開発を進めており、色調や耐食性、生産性などを改善した三価クロムめっき技術が実用化されつつあります。
環境規制の強化に伴い、今後も三価クロムめっきの利用は拡大していくと考えられますが、上記の課題をいかに解決していくかが普及のカギとなります。

膜厚の形成が難しい・析出速度が遅い、色調が六価クロムと異なる、管理の難しさ、機能性、コスト高などの課題があります。
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