この記事で分かること
1. 紫外線を80%カットする仕組み
ガラスの原料に紫外線を特異的に吸収する金属酸化物を独自配合しています。コーティング膜に頼らず、0.1mmという極薄のガラス本体そのものが有害な紫外線を熱へ変換し、80%遮断する仕組みです。
2. ガラスを極限まで薄くする方法
溶けたガラスをV字型の型からあふれさせ、下方に引っ張って固める「オーバーフロー成形法」を用います。機械に触れず空気中で引き伸ばすため、傷がなく、フィルムのように曲げられる薄さと強さを両立できます。
3. 宇宙空間での主な用途
人工衛星や成層圏飛行体(HAPS)に搭載される、折りたたみ式「フレキシブル太陽電池」や精密センサーの表面保護カバーです。圧倒的な軽さと柔軟性で、強力な紫外線や有害ガスから機器を守ります。
日本電気硝子の超薄板カバーガラス
日本電気硝子は宇宙向け超薄板カバーガラスの新ブランド「Starveil™(スターベイル)」を発表しています。
宇宙空間や成層圏(HAPSなど)では、地上よりもはるかに強力な紫外線(UV-C〜UV-B領域)が降り注ぎ、太陽電池モジュールなどの有機部材を急速に劣化させるため、紫外線を遮断することが必要です。
一方で、人工衛星の打ち上げコストを抑えるため、宇宙用部材には極限の軽量化が求められます。スターベイルは過酷な宇宙環境において人工衛星の太陽電池や精密機器を保護するための高い紫外線遮蔽性能と圧倒的な軽量性を両立させています。
どのように紫外線を80%カットするのか
日本電気硝子の「Starveil™」が紫外線を80%カットする仕組みは、主にガラスそのものの「組成(化学成分)」による吸収です。
ガラスの素材レベルで工夫がなされており、これに必要に応じて光学コーティング(薄膜)技術を組み合わせるアプローチを取っています。
1. 特殊な酸化物の添加による「紫外線吸収」
通常の透明なガラス(窓ガラスなど)は、UV-Aなどの長波長の紫外線はある程度通してしまいます。
Starveil™は、ガラスを溶融(ブレンドして溶かす)する段階で、紫外線を特異的に吸収する金属酸化物(チタンやセレン、あるいはセリウムなど)を独自の比率で高精度に配合しています。
- 紫外線(エネルギーが高い光)がガラスに入射すると、これらの添加成分の電子がエネルギーを吸収し、熱などの別エネルギーへと変換されます。
- これにより、厚さわずか100μm(0.1mm)という超薄型でありながら、波長300nmの紫外線を80%も内部でブロック(吸収遮蔽)することができます。
2. 「吸収」だからこその剥離・劣化ゼロ
紫外線を防ぐ方法には「反射(コーティング)」と「吸収(組成)」の2つがありますが、Starveil™はガラス自体が吸収する性質を持っています。
- 宇宙空間では、強力な宇宙線や激しい熱サイクル(マイナス100℃以下〜プラス100℃以上)に晒されます。
- 表面の膜(コーティング)だけに頼る設計だと、経年劣化で膜が剥がれたり、クラック(ひび割れ)が入って紫外線カット能力が落ちるリスクがあります。
- ガラスそのものにカット能力を持たせることで、宇宙環境で長期間運用しても紫外線遮蔽性能が絶対に劣化しない高い信頼性を確保しています。
3. 可視光は通す「カットライン(急峻性)」の制御
単に紫外線を吸い取る成分を増やすだけなら簡単ですが、そうすると太陽光発電に必要な「可視光(目に見える光)」まで遮られてしまい、ガラスが茶色く濁ってしまいます。
日本電気硝子は、長年培ったガラスの組成制御技術により、「有害な紫外線(UV-C〜UV-B)はしっかり吸い取るが、発電に必要な光(可視光〜赤外線)は92%もそのまま通す」という、光の波長ごとの透過率を急激に変化させる絶妙な成分バランスを実現しています。
同社の仕様では、この高い紫外線遮蔽性能を持つ本体ガラスに対して、さらに表面へ「UVカットフィルター(光学多層膜コーティング)」をハイブリッドで組み合わせることも可能としています。
これにより、ターゲットとする衛星の仕様に合わせて、カットしたい特定の紫外線波長をピンポイントで100%近くまでシャットアウトするカスタマイズにも対応しています。

Starveil™は、ガラスの原料に紫外線を特異的に吸収する金属酸化物を独自配合しています。コーティング膜に頼らず、0.1mmという極薄のガラス本体そのものが有害な紫外線を熱へ変換し、80%遮断する仕組みです。
なぜ金属酸化物が紫外線を吸収するのか
金属酸化物が紫外線を吸収するのは、物質の中にある「電子のジャンプ(電子遷移)」という現象が理由です。「バンドギャップ(禁制帯幅)」という物理的な仕組みで説明されます。
1. 電子をジャンプさせる「エネルギーの壁」
金属酸化物の結晶の中では、電子が安定して存在できる低いエネルギーの部屋(価電子帯)と、電子が自由に動いて電気を流せる高いエネルギーの部屋(伝導帯)があります。
この2つの部屋の間には、電子が入れない隙間(エネルギーの壁)があり、これをバンドギャップと呼びます。
2. 紫外線のエネルギーが「壁の高さ」と一致する
電子が上の部屋へジャンプするには、この壁を飛び越えるだけのエネルギーを外部から受け取る必要があります。
光は波長が短いほど高いエネルギーを持っていますが、チタンやセリウムなどの金属酸化物が持つ「壁の高さ(バンドギャップの大きさ)」は、ちょうど「紫外線のエネルギー」とぴったり一致します。
E = hν = hc/λ
- 紫外線(波長が短い):エネルギーが高いため、電子が壁を飛び越えてジャンプします。このとき、光のエネルギーが電子に吸い取られるため、「光(紫外線)が吸収された」状態になります。
- 可視光(波長が長い):エネルギーが低すぎて壁を越えられないため、電子を素通りします。これが「光が透き通って見える(透明)」という現象です。
3. 吸収されたエネルギーのゆくえ
紫外線によって上の部屋にジャンプした電子は、そのまま留まることはできず、すぐに元の安定した下の部屋に戻ってきます。
この戻るときに、吸収した紫外線のエネルギーを光ではなく「熱(格子の振動)」として周囲に逃がすため、ガラスを傷つけることなく安全に紫外線を消し去ることができます。

金属酸化物の電子は「バンドギャップ」というエネルギーの壁を持ちます。この壁の高さが紫外線の高いエネルギーと一致するため、光が電子を上の階層へジャンプさせるエネルギーとして吸い取られ、熱へと変換されます。
どのように薄くするのか
日本電気硝子が「Starveil™」のような最薄30µm}(0.03mm)という紙のような薄さを実現しているのは、「オーバーフロー成形法」という独自の高度な製造技術によるものです。
後からガラスを削ったり磨いたりして薄くしているのではなく、「溶けた状態から一気に極薄のシート状に引き伸ばして固める」というアプローチを取っています。
1. 独自の「オーバーフロー成形法」
この製法では、断面がV字型(あるいは樋のような形)をした耐火物の型を使います。
- あふれさせて融合する: 溶けたガラスをこの型の上部から流し込み、両側の縁からあふれ(オーバーフロー)させます。
- 外側に触れずに固まる: あふれた2つのガラスの流れは、V字型の底で合流して1枚のシートになり、そのまま下方向へ垂直に引っ張られながら冷やし固められます。
ガラスの表裏両面が、固まるまで空気以外の何にも触れないのが最大のメリットです。ローラーなどの機械に触れないため、表面に微細な傷(マイクロクラック)が一切つきません。傷がないガラスは、極限まで薄くしても割れにくく、柔軟に曲げられる強さ(フレキシブル性)を持ちます。
2. 驚異の「巻取技術」による超薄化
下へ引っ張るスピードや温度のバランスを精密にコントロールすることで、ガラスの厚みを100µmや30µmといった狙い通りの極薄サイズに調整します。
さらに、流れてくる極薄ガラスを破損させずに連続で切断し、フィルムのように美しくロール状に巻き取る「巻取技術」も合わさることで、世界トップクラスの「薄くて長いガラス」の量産を可能にしています。
このように、「何にも触れさせずに重力と引力で引き伸ばす成形」と「割らずに巻き取る高度なハンドリング」の組み合わせによって、宇宙で使える超薄板ガラスが生み出されています。

溶けたガラスをV字型の型からあふれさせ、下方に引っ張って冷やし固める「オーバーフロー成形法」を用います。機械に触れず空気中で極薄シート状に引き伸ばすため、傷がなく、曲げられるほど薄く強いガラスが作れます。
宇宙空間での用途は何か
「Starveil™」の宇宙空間での主な用途は、人工衛星や宇宙探査機、宇宙構造物における「外装保護カバー(カバーガラス)」です。
1. 次世代「フレキシブル太陽電池」の保護
現在の宇宙ビジネス(ニュースペース)では、打ち上げコストを下げるため、折りたたんで打ち上げ、宇宙空間で大きく広げる「軽量・薄膜(フレキシブル)太陽電池」の開発が主流になっています。
- 役割: 太陽電池の表面にStarveil™を貼り付けることで、発電効率(可視光の透過率92%)を維持したまま、強力な紫外線や宇宙放射線からセル(発電素子)の劣化を防ぎます。
- メリット: ガラス自体が30〜10μmと薄く曲げられるため、太陽電池パネルをロール状に丸めてロケットに搭載し、宇宙で展開する運用に最適です。
2. 精密センサーや光学機器の「窓・シールド」
人工衛星に搭載される地球観測用カメラ、宇宙ゴミ(デブリ)検知センサー、光通信機器などのレンズや受光部を守る「窓(ウィンドウ)」として使われます。
- 役割: 観測に必要な光を邪魔することなく、機器の電子回路やレンズ基材を紫外線による変色や劣化から守ります。
3. HAPS(成層圏通信プラットフォーム)の機体表面
宇宙空間の一歩手前、高度約20kmの成層圏を飛行して「空飛ぶ基地局」となる無人飛行体(HAPS)への採用も期待されています。
- 役割: 成層圏は地上よりも紫外線が非常に強く、機体やソーラーパネルの劣化が激しい環境です。Starveil™の「1m2あたり約246g」という圧倒的な軽さは、長期間飛び続ける必要があるHAPSの超軽量化設計に大きく貢献します。
紫外線だけでなく、宇宙空間に存在する「原子状酸素(アトミックオキシゲン)」という、あらゆる物質を酸化・浸食してしまう極めて有害なガスに対しても、ガラス分子が強固なバリアとなって機体内部の有機素材(プラスチックやフィルムなど)をガードします。

人工衛星や成層圏飛行体(HAPS)に搭載される、折りたたみ式「フレキシブル太陽電池」や精密センサーの表面保護カバーが主な用途です。圧倒的な軽さと柔軟性で、強力な紫外線や有害ガスから機器を守ります。

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