この記事で分かること
1. パワーモジュール封止材とは
EVなどで大電力を制御する半導体チップを包み込む樹脂材料です。高電圧から回路を守る「電気絶縁性」、激しい発熱に耐える「耐熱・放熱性」、振動や湿気から守る「環境遮断性」を併せ持ち、内部を強固に保護します。
2. ガラス転移温度(Tg)とは
プラスチックなどの高分子材料が、加熱によって硬い「ガラス状態」から柔らかい「ゴム状態」へと急激に変化する境界温度です。これを超えると材料が軟化し、熱膨張率が数倍に跳ね上がる特性があります。
3. どのようにガラス転移温度を高くしたのか
熱に強い剛直な分子骨格の導入と、結合の網目を密にする架橋密度の最適化により分子の動きを抑制。さらに、独自のナノ配合技術によって高Tg化に伴う脆さを克服し、熱ストレスを逃がす低応力性を両立しました。
住友ベークライトの高ガラス転移温度封止材
住友ベークライトはSiCパワーモジュール向けにガラス転移温度(Tg)を230℃まで引き上げ次世代エポキシ樹脂封止材料量産を開始したことを発表しています。
SiC(シリコンカーバイド)半導体は、従来のSi(シリコン)に比べて高温(200℃以上)環境下での動作が可能ですが、従来の周辺材料、特に封止材料の耐熱性がボトルネック(熱の壁)になっていました。
今回の住友ベークライトによる固形エポキシでのTg 230℃達成は、車載インバータの「200℃動作」をサプライチェーン側から強固に支えるマイルストーンと言えます。
パワーモジュール封止材とは何か
パワーモジュール封止材とは、電気自動車(EV)のインバータや産業機器、鉄道などの大電力を制御する「パワーモジュール」の内部を包み込み、熱、湿気、衝撃、そして高電圧からチップを保護するための専用材料です。
主にエポキシ樹脂をベースにした化学材料(固形または液状)が使われており、地味に見えますが、パワー半導体の性能を極限まで引き出すための「縁の下の力持ち」として非常に重要な役割を担っています。
1. 封止材の「4つの重要な役割」
パワーモジュールの中には、Si(シリコン)やSiC(炭化ケイ素)といった半導体チップが剥き出しの状態で高密度に配置され、それらが細い金属ワイヤで結ばれています。封止材は、これらを完全に埋め尽くすように成形され、以下の役割を果たします。
- 電気絶縁性の確保(ショートを防ぐ)パワーモジュール内には数百〜数千ボルトの極めて高い電圧がかかります。チップや配線同士が空気中で放電(ショート)しないよう、隙間を絶縁性の高い樹脂で満たして電気的に遮断します。
- 優れた耐熱性と放熱サポートパワー半導体は動作時に激しく発熱します。封止材自体が熱で溶けたり劣化したりしない「高い耐熱性」と、発生した熱を効率よく外の放熱板(ヒートシンク)へ逃がす「熱伝導性」が求められます。
- 環境遮断(湿気・チリからの保護)外部からの水分やホコリ、化学物質がチップに触れると、腐食や劣化の原因になります。これらを完全にシャットアウトして、車のエンジンルームのような過酷な環境でも10年、20年と動く耐久性を担保します。
- 機械的保護(振動・衝撃の吸収)自動車の走行時の振動や、急激な温度変化による材料の膨張・収縮(熱ストレス)によって、内部の細い配線が切れないよう、モジュール全体をガッチリと固定して保護します。
2. 封止材の種類:主流は「エポキシ樹脂」
現在、パワーモジュールの封止材は主に以下の2つのタイプが使い分けられています。
| 種類 | 主な特徴と用途 |
| トランスファーモールド樹脂 (固形エポキシ樹脂) | 加熱してドロドロに溶かした樹脂を型に流し込んで固める方式。機械的強度や耐湿性が極めて高く、現在のEV用インバータの主流。住友ベークライトなどが非常に強い市場シェアを持っています。 |
| ゲル封止材 (シリコーンゲル) | ぷにぷにとした柔らかいゲル状の樹脂を流し込む方式。樹脂自体が柔らかいためチップへの応力(負担)が少ないのがメリットですが、ケースが必要なため大型になりやすく、現在の小型・軽量化トレンドではモールド樹脂への置き換えが進んでいます。 |
3. なぜ今、封止材の技術革新が叫ばれているのか?
背景にあるのは、次世代パワー半導体である「SiC(シリコンカーバイド)」の普及です。
従来のSi(シリコン)チップは、温度が150℃〜175℃あたりが限界でした。そのため、これまでの封止材もその温度に耐えられれば十分でした。
しかし、新材料のSiCは「200℃以上の高温でも平気で動く」という驚異的なポテンシャルを持っています。チップが200℃で動こうとしているのに、周りを包む封止材が175℃で悲鳴を上げて(軟化したり分解したりして)しまっては、SiCの性能をフルに発揮できません。

パワーモジュール封止材とは、EVなどで大電力を制御する半導体チップを包み込む樹脂材料です。高電圧から回路を守る「電気絶縁性」、激しい発熱に耐える「耐熱・放熱性」、振動や湿気から守る「環境遮断性」を併せ持ち、内部を強固に保護します。
ガラス転移温度とは何か
ガラス転移温度(Glass Transition Temperature:一般に Tgと表記)とは、プラスチックやゴムなどの高分子(ポリマー)材料を加熱したときに、硬い「ガラス状態」から、柔らかい「ゴム状態(または流動状態)」へと性質が急激に変化する温度のことです。
身近な例でいうと、冬場に屋外に放置したプラスチックのバケツがパリンと割れやすくなったり(Tg 以下のガラス状態)、温かいお湯をかけるとフニャフニャと変形しやすくなったりする(Tg 以上のゴム状態)境界の温度を指します。
分子の状態はどう変わるのか?
高分子材料は、長い紐のような分子が複雑に絡み合ってできています。
- Tg 未満(ガラス状態)温度が低いため、分子全体がエネルギー不足で凍りついたようにカチカチに固まっています。この状態では材料は硬く、変形しにくい性質を持ちます。
- Tg 以上(ゴム状態)熱エネルギーを得ることで、凍りついていた分子の主鎖(骨格部分)が「クネクネ」と自由に動き始めます(ミクロブラウン運動)。これにより、材料は急激に柔らかくなり、引っ張ると伸びるようになります。
なぜ半導体(SiC)の封止材で Tg が重要なのか
半導体を包む封止材(エポキシ樹脂)において、Tg は「材料の物理的・機械的スペックが保証される限界温度」を意味します。
- 熱膨張率の急変(クラックの原因)樹脂は Tg を超えてゴム状態になると、熱膨張率(温められたときに膨らむ割合)が数倍に跳ね上がります。 周辺のシリコン(チップ)や銅(フレーム)などの金属は温度が上がってもほとんど膨張率が変わらないため、樹脂だけが急激に膨らむと、その界面に猛烈な引き裂き力(熱ストレス)が発生し、剥離やチップの破壊(クラック)を引き起こします。
- 強度の低下Tg を超えると樹脂が軟化するため、チップを固定して保護する力が大幅に低下します。
SiC半導体が200℃の高温で駆動する場合、封止材の Tg がそれより低い(例えば195℃)と、動作中に樹脂が「ゴム化」してモジュールが壊れてしまいます。住友ベークライトが Tg 230℃ を達成したということは、200℃を超える超高温下でも樹脂が「ガラス状態(硬く、膨張しにくい状態)」をキープできるため、極めて高い信頼性を保てるということを意味しています。

ガラス転移温度とは、プラスチックなどの高分子材料が、加熱によって硬い「ガラス状態」から柔らかい「ゴム状態」へと急激に変化する境界温度です。これを超えると材料が軟化し、熱膨張率が跳ね上がる特性があります。
どのようにガラス転移温度を高くしたのか
住友ベークライトが「スミコン® EME-G785シリーズ」でガラス転移温度(Tg)を230℃まで引き上げたアプローチは、大きく分けて「分子の骨格」と「結合の網目(架橋)」の2つのレベルからアプローチした独自の分子設計技術に基づいています。
高分子材料が「ガラス状態」から「ゴム状態」へ移行するのは、熱によって分子鎖がクネクネと動き始める(ミクロブラウン運動)ためです。これを防ぐために、以下の手法が取られました。
① 主鎖骨格の剛直化(分子を動きにくくする)
エポキシ樹脂の基本となるバックボーン(主鎖骨格)に、熱が加わっても変形・回転しにくい「硬い構造」を導入しています。
具体的には、分子構造内にベンゼン環やナフタレン環などの芳香族環、あるいはジシクロペンタジエン骨格などの剛直な脂環式構造を高密度に組み込むことで、熱エネルギーを与えられても分子鎖全体が容易に動けないように制限しました。
② 架橋密度の最適化(網目を細かく・強くする)
樹脂が硬化する際、分子同士を結びつける「架橋(クロスリンク)」の数を増やし、3次元の網目構造を緻密にしています。
多官能(1分子中に結合の手を多く持つ)エポキシ樹脂や硬化剤を精緻にコントロールして組み合わせることで、熱で分子が動こうとしても、周囲の強いネットワークによって引き留められる状態を作り出しました。
2. 低応力性とのトレードオフ解消
実は、上記の「骨格を硬くする」「網目を細かくする」という手法は、材料科学においては古典的なアプローチです。しかし、これを行うと「材料が非常に脆くなり、熱で膨張・収縮した際の内部応力(歪み)が跳ね上がる」という致命的なトレードオフ(二律背反)が発生します。
パワーモジュールは、硬いシリコン/SiCチップや、銅などの金属フレームと樹脂が密着しているため、樹脂が硬くて突っ張ると、温度変化の際に界面からベリベリと剥がれたり、樹脂自体にクラック(ひび割れ)が入ったりします。
住友ベークライトはこの難題を、独自のナノレベルでの配合・変性技術でクリアしました。
- 「硬いのに、しなやか」なナノ相分離構造剛直なエポキシマトリクス(基材)の中に、熱ストレスを吸収する特殊な柔軟成分(低応力化剤など)をナノメートル単位で均一に分散、あるいは共重合させていると推測されます。
- これにより、分子レベルでは230℃まで動かない「高い耐熱性」を持ちながら、マクロな材料としては外部や界面からの応力を効率よく「いなす」ことができる、理想的な物性を実現しました。
3. なぜ「固形」での達成が凄いのか
高耐熱な樹脂としてはポリイミドなどもありますが、これらは成形が難しく、コストも高くなります。
住友ベークライトの凄みは、半導体パッケージングで最も量産性に優れ、実績もある「固形エポキシ樹脂(トランスファーモールド成形用)」のフォーマットのまま、この超高耐熱と低応力を両立させた点にあります。
これにより、既存のモールド設備やプロセスを大きく変更することなく、次世代SiCモジュールの製造へスムーズに移行できる道を開いたのです。

熱に強い剛直な分子骨格の導入と、結合の網目を密にする架橋密度の最適化により分子の動きを抑制。さらに、独自のナノ配合技術によって高Tg化に伴う脆さを克服し、熱ストレスを逃がす低応力性を両立しました。

コメント