この記事で分かること
マンガン(Mn)系化合物の保磁力が温度上昇で高まる理由
熱膨張に伴う結晶構造変化により、磁化方向を固定する「結晶磁気異方性定数」が温度上昇で急増するためです。保磁力の決定式(Hc ∝ K1/Ms)の分子が増大し、高温ほど磁気反転に強くなります。
フェライトの耐熱性が高い理由
最初から酸化物で高温でも酸化劣化せず、高いキュリー温度(約450℃)と強固な超交換相互作用を持つためです。また、温度上昇に伴い保磁力が上がる特有の性質も、高温下での減磁を防ぐ要因です。
量産・実用化における問題点
マンガン系は高純度な結晶合成や微粉末の酸化防止が難しく、原料ビスマスの供給制約もあります。フェライトは磁力が低いためモーターが大型・重量化する点や、寒冷地での性能低下(低温減磁)が課題です。
レアアースの代替技術:ジスプロシウム2
財務省の貿易統計などから2026年上半期(1〜6月)における日本のレアアース(希土類)輸入量は、中国による対日輸出規制導入前(2024年同期)の約2割にまで大きく落ち込んでいることが判明しました。
EV(電気自動車)の駆動用モーターや半導体製造装置・材料に不可欠なレアアースの調達急減に対し、ベトナムや米国など中国以外からの代替調達や内製化が進んでおらず、サプライチェーンへの強い懸念が広まっています。
第三国ルートの本格化など調達先の多角化を進めてるとともに、代替技術の実用化が強く望まれています。
前回はジスプロシウムの用途と代替技術である窒化鉄系化合物に関する記事でしたが、今回は別の代替技術であるマンガン(Mn)系化合物やフェライトに関する記事となります。
マンガン系化合物はなぜ高温で耐熱性が高まるのか
マンガンビスマス(LTP-MnBi)などのマンガン系化合物で温度が上がると保磁力(耐熱性)が高まる理由は、「温度上昇に伴い、磁化を特定の方向に固定する力である『結晶磁気異方性エネルギー』が著しく増大する」という極めて珍しい物性を持つためです。
通常、ネオジム磁石などの一般的な強磁性体では、熱運動によってスピンの整列が乱れるため、結晶磁気異方性定数 K1 が低下し、保磁力 Hc も下がります(負の温度係数)。
しかし、MnBiでは以下の物理的メカニズムにより正の温度係数(温度上昇で保磁力上昇)を示します。
1. 格子変化に伴う異方性定数 K1 の急増
NiAs型結晶構造を持つMnBiは、温度が上がると熱膨張により格子定数の比($c/a$ 軸長比)が変化します。
この格子の変形とスピン軌道相互作用(電子の軌道運動とスピンの結びつき)の変化により、低温下では磁化容易軸が面内または傾斜していた状態から、室温〜200℃にかけて c 軸方向へ向かう磁気異方性定数 K1 が急激に高まります。
2. 保磁力決定の物理式(Hc ∝ K1 / Ms)による増幅
保磁力 Hc は、概ね結晶磁気異方性定数 K1 に比例し、飽和磁化 Ms に反比例します。
- 分子(K1):温度上昇(室温〜200℃)に伴って大幅に増加
- 分母(Ms):熱運動により緩やかに減少分子が増大し分母が減少する相互作用により、150℃〜200℃の高温域における保磁力Hc は室温時の1.5〜2倍近くにまで膨らみます。
この「温めると外部磁場によって磁力がひっくり返りにくくなる(熱減磁に強くなる)」性質を利用し、高温下で弱くなるネオジム磁石と組み合わせるハイブリッド磁石などの応用研究が進められています。

熱膨張による結晶格子の変化で、磁力方向を固定する「結晶磁気異方性定数」が温度上昇に伴い急増するためです。保磁力の決定式( Hc ∝ K1/Ms )の分子が増大し、高温ほど外部磁界による磁気反転に強くなります。
フェライトの耐熱性が高い理由は何か
フェライトが優れた耐熱性(熱減磁への耐性や環境劣化への強さ)を持つのは、「化学的に安定な酸化物セラミックスであること」と「物理構造的なキュリー温度が高いこと」が根本的な理由です。
1. 高いキュリー温度(約450℃)
磁性を失う限界温度であるキュリー温度(Tc)が約450℃と、ネオジム磁石(約310℃)に比べて大幅に高く設定されています。そのため、150〜200℃程度の車載モーター環境でも自発磁化が失われにくい特徴を持ちます。
2. 酸素を介した強固な「超交換相互作用」
金属原子同士が直接つながる希土類磁石とは異なり、フェライトは鉄イオン(Fe3+)同士が酸素イオン(O2-)を挟んで強固に結合しています。この「超交換相互作用」による磁気的結合が熱運動に対して強いため、高温下でもスピンの配列が乱れにくくなっています。
3. 化学変化を起こさない「完全酸化物」
ネオジムなどの金属系磁石は高温大気下で激しく酸化し、化学的に急激な性能低下(錆び)を起こします。
これに対し、フェライトは最初から安定した「酸化物(セラミックス)」であるため、高温環境下であっても酸化による特性劣化を起こしません。
4. 温度上昇で保磁力が高まる「正の温度係数」
一般の磁石は加熱すると保磁力(外部磁界による減磁への耐性)が低下しますが、ストロンチウムフェライトなどは室温から100〜150℃付近まで「温度が上がると保磁力が上昇する」特殊な結晶磁気異方性の変化を示します。
このため、実用加熱域において熱減磁を起こしにくいという特有の強みを持っています。

最初から酸化物で高温でも酸化劣化せず、高いキュリー温度(約450℃)と強固な超交換相互作用を持つためです。また、温度上昇に伴い保磁力が上がる特有の性質も、高温での減磁を防ぐ大きな要因です。
量産での問題点は何か
マンガン(Mn)系化合物やフェライトは、脱レアアースを実現する有力な候補である一方、車載用EVモーターなどで大量生産・実用化する際にはそれぞれ異なる技術的・産業的課題が存在します。
マンガン(Mn)系化合物の量産課題
マンガンビスマス(MnBi)などのマンガン系化合物は、高温下での優れた保磁力を持ちますが、主に製造プロセスと原料調達にハードルがあります。
- 高純度な結晶構造(低温相)の大量合成が困難
強力な磁性を発揮させるには「低温相(LTP)」と呼ばれる特定の結晶構造を高純度で生成する必要があります。しかし、溶融・冷却の過程でマンガンとビスマスが分離しやすく、非磁性な不純物相が発生して磁力性能が低下します。 - 粉砕・焼結時の激しい酸化
マンガンは非常に酸化しやすい金属です。磁石として整形するために微粉末化・焼結を行う際、厳重な不活性ガス雰囲気(酸素を遮断した環境)での管理が必須となり、製造設備の維持・安全対策コストが膨らみます。 - 原料ビスマス(Bi)の供給制限
マンガン自体は安価で潤沢ですが、組み合わせるビスマス(Bi)は主に鉛や銅の製錬副産物として作られるため世界的な生産量が限られています。世界中で車載用に大規模採用されると、ビスマス自体の供給不足や価格高騰を招くリスクがあります。 - 室温での磁束密度不足
150℃以上の高温領域では優れている一方、室温(20℃前後)での基本的な磁力(残留磁束密度)はネオジム磁石に及ばないため、始動時や常温時も含めた全体設計の難易度が高くなります。
フェライトの量産・車載適用での課題
フェライトは安価で大量に製造されていますが、高性能なEVモーター向けに適用する場合には物理的特性上の弱点が大きな問題になります。
- 磁力の低さによるモーターの「大型化・重量増加」
残留磁束密度がネオジム磁石の1/3〜1/4程度しかありません。同じ出力・トルクを確保しようとすると大量の磁石が必要になり、モーターが巨大化・重量化して電費(燃費)を著しく損ないます。 - 「低温減磁」のリスク(寒冷地での性能低下)
高温には強い反面、マイナス20〜30℃といった極寒環境下では保磁力が急低下する物理特性を持っています。冬場の寒冷地で強い負荷(逆磁界)がかかると、永久減磁(元の磁力に戻らなくなる現象)を起こす危険があります。 - セラミックス特有の脆さ(衝撃・振動への弱さ)
焼き物(セラミックス)であるため割れやすく脆い性質を持ちます。走行中の過酷な振動や熱ストレスに耐える構造設計が必要であり、組付け工程での破損リスクが高まります。 - 専用モーター構造への完全改修が必要
低磁力を補うため、従来のラジアルギャップ型ではなく「アキシャルギャップ構造」などの特殊なモーター構造や高回転化が必要となり、既存のモーター製造ラインをそのまま転用できないコスト的・設備的障壁があります。
| 比較項目 | マンガン系化合物(MnBiなど) | フェライト(SrFe₁₂O₁₉等) |
| 主なネック | 合成の純度制御・酸化対策・Bi資源量 | 磁力の弱さ・低温減磁・重量増 |
| ボトルネックとなる工程 | 均一な相の生成・不活性環境での焼結 | 磁力不足を補う特殊モーター設計・車載信頼性試験 |
| 実用化への対応策 | ナノ組織制御技術・Bi低減プロセス | アキシャルギャップ構造・高回転型インバータ制御 |

マンガン系は高純度な結晶合成や微粉末の酸化防止が難しく、原料ビスマスの供給制約もあります。フェライトは磁力が低いためモーターが大型・重量化する点や、寒冷地での性能低下(低温減磁)が主な課題です。

コメント