この記事で分かること

信越化学の高品質ジクロロシラン
中国商務部は2026年9月7日、日本から輸入される半導体用特殊ガス「ジクロロシラン(Dichlorosilane)」について、不当廉売(ダンピング)により自国産業が実質的な損害を受けたとする暫定決定を発表し、9月8日より80.8%〜99.2%の保証金を課す暫定反ダンピング措置を開始しました。
日米中による半導体製造装置や先端材料の輸出規制を巡る緊張が強まる中、中国側による経済的対抗措置の一環と見られており、信越化学工業を含む日本の主要化学メーカーの製品が対象となります。
前回はジクロロシランの用途やダンピングとされた理由に関する記事でしたが、今回は信越化学工業をはじめとした日本企業のジクロロシランの質が高い理由に関する記事となります。
ジクロロシランはどのように製造されるのか
ジクロロシラン(Dichlorosilane / DCS / SiH2Cl2)は、主にトリクロロシランの不均一化(再分配)反応によって製造されるほか、金属ケイ素と塩化水素の直接反応の副産物としても生成されます。
1. トリクロロシランの不均一化反応(主たる工業製法)
半導体用高純度ジクロロシランを製造する最も一般的かつ主流な方法です。
- 反応原理: 原料となるトリクロロシラン(Trichlorosilane / TCS / SiHCl3)を、アミン系樹脂などの触媒が存在する反応炉に通し、不均一化(Disproportionation)反応を起こさせます。
- 化学反応式:2 SiHCl3 ⇄ SiH2Cl2 + SiCl4(トリクロロシラン 2分子から、ジクロロシラン 1分子と四塩化ケイ素 1分子が生成)
- 精製プロセス: 反応後の混合物から、沸点の違い(ジクロロシランの沸点は約8.2℃)を利用した精密蒸留(Distillation)によってジクロロシランを分離・抽出し、高純度化します。
2. 金属ケイ素と塩化水素の直接反応(副生成物からの回収)
多結晶シリコン原料のトリクロロシランを合成するプロセスにおいて、副産物としてジクロロシランが生成されます。
- 反応原理:金属ケイ素(Silicon / Si)粉末に、約300℃の高温下で塩化水素(Hydrogen chloride / HCl)ガスを吹き付けて反応させます。
- 化学反応式:Si + 3 HCl → SiHCl3 + H2 (主反応)Si + 2 HCl → SiH2Cl2 (副反応)
- 精製プロセス: 生成したクロロシラン類(SiHCl3、SiCl4、SiH2Cl2など)の混合ガスを冷やして凝縮させ、蒸留塔で分離・回収します。
高純度化(半導体グレード)のポイント
半導体製造用のジクロロシランには、金属不純物や微量水分を極限まで排除したppb(10億分の1)レベル以上の超高純度が求められます。
そのため、製造過程で複数回の多段蒸留や特殊吸着剤による精製処理を経て出荷されます。

主に触媒を用いてトリクロロシラン(SiHCl3)を不均一化反応させ、精密蒸留で分離・精製して製造されます。また、金属ケイ素と塩化水素の直接反応時に生じる副生成物を回収・高純度化する製法もあります。
信越化学のジクロロシランはなぜ高品質なのか
信越化学工業のジクロロシランが高品質(超高純度)と評価される理由は、長年のシリコン化学で培った独自の精製技術と極限の品質管理体制にあります。
pptレベル(1兆分の1)の超高純度精製技術
半導体製造では微小な不純物が回路の欠陥に直結します。信越化学は多段蒸留や特殊な吸着処理技術により、微量の金属不純物(鉄、ニッケル等)や水分、他のシラン系化合物を極限まで排除し、99.9999%(6N)以上の安定した純度を実現しています。
容器内面処理と充填・輸送技術
ジクロロシランは水分や空気と反応して劣化・腐食を起こしやすいガスです。シリンダー(充填容器)の内面特殊不活性化処理や、移送時に水分・酸素の混入を完全にシャットアウトするライン制御ノウハウにより、工場出荷から顧客のウエハ製造炉に届くまで高純度を維持します。
シリコン化学の一貫した技術基盤
金属シリコンからシリコーン、半導体ウエハ、各種プロセスガスまでを手掛ける世界トップクラスの総合シリコンメーカーであり、原料化学反応や装置の腐食防止、ハンドリングに関する技術・知見の蓄積が極めて豊富です。
厳格な品質保証とロット間均一性
先進の分析機器を用いた検査体制とプロセス制御により、製品ごとの品質のばらつきを徹底的に抑えています。これにより、半導体メーカーは歩留まりを落とさずに安定した薄膜形成プロセスを維持できます。

多段蒸留や特殊吸着による超高純度精製技術に加え、容器内面処理など輸送・保管時の品質劣化を防ぐ技術を持つためです。総合シリコンメーカーとしての豊富な知見により、優れた品質均一性を実現しています。
中国企業との質の差はどれくらいか
信越化学工業など日本の主要化学メーカーと中国メーカーが製造するジクロロシラン(DCS)には、主に純度の桁数、微量不純物の制御技術、そして品質の安定性(ロット間ブレの無さ)において大きな差が存在します。
1. 中国企業との「質の差」はどれくらいか
| 比較項目 | 日本メーカー(信越化学など) | 中国国内メーカー |
| 製品純度 | 6N(99.9999%)以上の超高純度 | 4N〜5N(99.99%〜99.999%)主主体。一部6N品も登場しているが発展途上 |
| 金属不純物 | ppb(10億分の1)〜ppt(1兆分の1)レベルで制御 | ppm(100万分の1)〜ppbレベルで残存しやすい |
| 不純物・水分管理 | 精密蒸留・特殊吸着技術と容器(シリンダー)内面処理により極限まで除去 | 製造ラインやシリンダー充填時における水分・空気の微量混入リスクが高い |
| 品質の安定性 | ロット間(製品ごと)のばらつきがほぼ皆無 | ロットによる純度ブレが大きく、歩留まりの安定化が難しい |
最先端の半導体(数ナノ〜十数ナノメートル規模)や高品質なメモリ・パワー半導体の製造では、原料ガスに含まれるわずかな微量不純物でも回路破壊につながるため、日本企業の超高純度ガスが指定・採用され続けてきた経緯があります。
2. 低品質(不純物が多い)ジクロロシランで起こる不良
ジクロロシランの純度が低い場合、半導体製造工程(CVD・エピタキシャル成長工程)で以下のような重大な不具合が発生します。
① リーク電流(漏れ電流)の発生と動作不良(金属不純物の影響)
- 原因: 鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)などの金属不純物が微量でも混入していると、形成されたシリコン膜や窒化シリコン(Si3N4)膜の内部に取り込まれます。
- 不良内容: シリコン結晶の原子格子に歪みが生じ、電気を遮断すべき絶縁膜でリーク電流(漏れ電流)が発生します。これにより、トランジスタが正しくオン/オフしなくなったり、消費電力の増大や発熱、ICチップ全体の誤作動を引き起こします。
② パーティクル(ゴミ)付着とピンホール(水分・酸素の影響)
- 原因: ジクロロシラン中に微量の水分(H2O)や酸素(O2)が含まれると、反応炉に到達する前や成膜中に化学反応を起こし、微小なシリカ(SiO2)粒子や固体の副生成物が生まれます。
- 不良内容:
- ウエハ表面に微細なパーティクル(粉塵ゴミ)として付着し、配線のショート(短絡)や断線を発生させます。
- 形成した膜の中に目に見えない小さな穴(ピンホール)が開き、絶縁破壊を引き起こします。
③ 膜厚の不均一と密着性の低下(異種シラン・有機物の影響)
- 原因: 精製が不十分で、モノシラン(SiH4)やトリクロロシラン(SiHCl3)など他のシラン系化合物が混入している場合、成膜速度(デポジションレート)が設計とズレてしまいます。
- 不良内容: ウエハ上の膜厚が不均一になり、回路のパターン寸法(CD)にばらつきが生じます。また、膜の強度が落ちて剥がれやすくなる(密着性の低下)現象も起きます。
④ 製造装置や配線ラインの腐食
- 原因: 水分を含んだジクロロシランは容易に分解し、強力な腐食性を持つ塩化水素(HCl)を生成します。
- 不良内容: 工場内のガス供給パイプや高額なCVD装置の内部・バルブを腐食させ、腐食金属が二次的な汚染物質となってさらなる不良を引き起こします。
ジクロロシランが低品質である場合、半導体の歩留まり(良品率)が大幅に低下し、最悪の場合は製造ライン全体の停止や製品の信頼性低下につながります。そのため、中国の半導体メーカーにとっても、日本の高品質なジクロロシランから自国品へ完全に切り替えることには技術的なハードルが存在します。

日本品(純度6N以上)に比べ中国品は純度や安定性で劣ります。低品質品を使うと、微量金属や水分により絶縁膜のリーク電流、パーティクル付着による回路短絡、膜厚の不均一が発生し、歩留まりが大幅に低下します。


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