この記事で分かること
1. 原料そのものが持つ独特のニオイとは
主成分である界面活性剤由来の脂っぽい臭いや、髪を補修するタンパク質、植物エキス、防腐剤などが放つ特有のニオイを指し、専門用語で「基剤臭」と呼びます。無香料製品において、使い心地を損なう課題でした。
2. どのように基剤臭を抑えたのか
第一工業製薬の「臭気中和法」を活用し、ニオイの感じ方を物理・心理両面から制御。さらに不純物を極限まで除いた高精製原料の厳選と、成分同士が反応してニオイを出さない分子レベルの処方設計により抑制しました。
3. なぜにおい分子で相殺し合うのか
特定の分子が鼻の受容体に結合するのを別の分子がブロックしたり、複数のニオイ信号が脳に届く過程で互いの特徴を打ち消し合ったりする「相殺防臭」の仕組みによります。音のノイズキャンセリングに近い原理です。
第一工業製薬とホーユーの無香性シャンプーとトリートメント
第一工業製薬とホーユーが、無香性のシャンプーとトリートメントを共同開発したと発表しています。
単に「香料を入れない」だけでなく、原料そのものが持つ独特のニオイ(基剤臭)まで徹底的に抑えることを目的としています。
原料そのものが持つ独特のニオイとは何か
シャンプーや化粧品において「原料そのものが持つ独特のニオイ」は、専門用語で「基剤臭」と呼ばれます。
製品に香料を加える前の、ベースとなる成分から漂う特有の香りのことで、主に以下の3つの要素から構成されています。
1. 界面活性剤の脂っぽいニオイ
シャンプーの主成分である界面活性剤(汚れを落とす成分)は、多くの場合、天然の油脂や高級アルコールを原料としています。
- 特徴: わずかに「油が回ったようなニオイ」や「ワックスのような独特のクセ」があります。
- 課題: 洗浄力を高めようと濃度を上げると、このニオイも比例して強くなる傾向があります。
2. 植物エキスや有効成分の生臭さ・薬臭さ
髪を補修するケラチン(タンパク質)や、保湿のための植物エキス、防腐剤などが原因となります。
- タンパク質系: 髪の補修成分である加水分解ケラチンなどは、独特の「生臭さ」や「硫黄のようなニオイ」を持つことがあります。
- 防腐剤・安定剤: 製品の品質を保つために不可欠な成分ですが、ツンとした薬品のようなニオイを感じさせることがあります。
3. 原料の酸化・経時変化
製造直後は無臭に近くても、空気に触れたり温度変化を受けたりすることで、原料の一部がわずかに酸化し、ニオイが発生することがあります。
なぜこれまでは消せなかったのか
これまでの製品開発では、これらの基剤臭を消すために「マスキング」という手法が一般的でした。
マスキングとは基剤臭よりも強い「香料」を被せることで、元のニオイを感じさせなくする手法です。カレーのスパイスで肉の臭みを消すようなイメージです。

シャンプーの主成分である界面活性剤の脂っぽい臭いや、髪の補修成分(タンパク質等)、植物エキス、防腐剤などが放つ特有のニオイのことです。専門用語で「基剤臭」と呼ばれ、無香料製品の課題とされてきました。
どのように基剤臭を抑えたのか
第一工業製薬とホーユーが「mushu(ムシュ)」の開発で用いたのは、単にニオイの強い原料を避けるだけでなく、「感覚(脳)」と「化学(処方)」の両面からアプローチする独自の技術です。
具体的には、以下の3つのステップで基剤臭を抑えています。
1. 「臭気中和法」による感覚的キャンセル
これが今回の最も核心となる技術です。特定のニオイ分子(基剤臭)に対して、それを打ち消すような別の成分を微量に組み合わせる手法です。
- 仕組み: 異なるニオイ分子が混ざり合うことで、鼻の受容体や脳が「無臭」や「気にならないニオイ」として認識する現象(相殺)を利用しています。
- メリット: 強い香料で上書きする「マスキング」と違い、香りを残さずに不快なニオイだけを感じにくくさせます。
2. 高精製原料の選定
ニオイの原因となる不純物を極限まで取り除いた「高精製」な原料を厳選しています。
- 界面活性剤の純度: 洗浄成分である界面活性剤は、精製度が低いと原料由来の油脂臭が残りますが、これを徹底的にクリーンなものに置き換えています。
3. ニオイの「相性」を計算した処方設計
シャンプーは数十種類の成分が混ざり合ってできています。成分A単体では無臭でも、成分Bと混ざると反応してニオイが出る場合があります。
- 分子レベルの組み合わせ: 第一工業製薬の界面活性剤に関する知見を活かし、「混ぜてもニオイが立たない」組み合わせを、気の遠くなるような回数のシミュレーションと試作によって導き出しました。
従来の手法との比較
| 手法 | 仕組み | 結果 |
| 従来のマスキング | 基剤臭より強い香料(フローラル等)を被せる | 香りが強く残る |
| 一般的な無香料 | 単に香料を入れない | 原料のニオイが目立つ |
| 今回の新技術 | 臭気中和法+高精製原料 | ほぼ無臭(香害ゼロ) |
このように、「ニオイの元を断つ」ことと「ニオイの感じ方を変える」ことを同時に行うことで、8割減という高い壁を突破しています。

第一工業製薬の「臭気中和法」を活用し、ニオイ分子が鼻の受容体に届く際の反応を化学的に制御。さらに不純物を除いた高精製原料を厳選し、成分同士の相性を分子レベルで最適化することで、基剤臭を根本から抑制しました。
なぜにおい分子で相殺し合うのか
ニオイ分子同士が相殺し合う現象は、専門的には「相殺(中和)防臭」と呼ばれます。なぜ混ぜることでニオイが消えるのか、その仕組みは主に2つのメカニズムで説明できます。
1. 受容体での「鍵と鍵穴」のブロック
鼻の奥にはニオイを感知する受容体があり、特定のニオイ分子が「鍵穴」にはまることで脳に信号が送られます。
- 仕組み: 不快なニオイ(成分A)が受容体にはまろうとする際、別の分子(成分B)を同時に送り込むと、成分Bが先に受容体に結合したり、入り口を塞いだりします。
- 結果: 脳へ「クサイ」という信号が送られなくなるため、物理的には分子が存在していても、人間はニオイを感じなくなります。
2. 脳内での信号のキャンセリング
複数のニオイを同時に嗅いだとき、脳がそれらを個別に認識できず、感覚的に打ち消し合うことがあります。
- 仕組み: AとBという異なるニオイの信号が同時に脳の嗅覚中枢に届くと、情報が統合される過程で互いの特徴を弱め合い、結果として「無臭」や「別の目立たないニオイ」として処理されます。
- イメージ: 騒音(ニオイA)に対して、逆位相の音(ニオイB)をぶつけて静かにさせる「ノイズキャンセリング」に似た現象が、嗅覚でも起こっています。
3. 化学的な結合(中和反応)
これは感覚の問題ではなく、分子そのものの性質を変える反応です。
- 仕組み: 酸性のニオイ成分に対してアルカリ性の成分をぶつけるなど、化学反応によってニオイのない別の物質に変化させます。
第一工業製薬の技術は、特に「どの分子とどの分子を組み合わせれば、脳がニオイとして認識しなくなるか」という相殺の黄金比を科学的に解明した点にあります。これにより、香料で隠さずとも鼻を騙すような形で無臭化を実現しています。

特定の分子が鼻の受容体に結合するのを別の分子が防いだり、複数の信号が脳に届く過程で互いの特徴を打ち消し合ったりする「相殺防臭」という仕組みによります。音を消すノイズキャンセリングのような原理です。

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