この記事で分かること
どんな部材を増強するのか
電池の正極と負極のショートを防ぎ、イオンを透過させる主要部材「セパレータ(隔離膜)」の原膜製造設備です。環境負荷が低く熱に強い、独自の「乾式多孔フィルム」の生産能力を30%引き上げます。
なぜリチウムイオンだけが通過できるのか
セパレータには数十ナノメートルの微細な孔が開いており、電解液に溶けた極小のリチウムイオンだけが通過できます。数千倍以上大きい電極の活物質粒子は孔を通れないため、絶縁性とイオンの透過が両立します。
増強の理由は何か
世界的な電動化シフトに伴う車載用EV向け需要の拡大に対応するためです。あわせて、同社が強みとする高安全・低コストな乾式セパレータを、急成長する大型蓄電システム(ESS)等の新市場へ供給拡大する狙いもあります。
宇部マクセルのリチウムイオン電池向けセパレータ増強
宇部マクセルは6月3日に、リチウムイオン電池(LIB)向け主要部材の製造設備増強を発表しています。
EV(電気自動車)をはじめとするxEV市場の需要拡大に対応するため、主要部材であるセパレータ(絶縁体)の生産能力を強化するとしています。
同社が強みを持つ「乾式製法」によるセパレータは、その均一な孔構造と高い安全性が評価され、車載用LIB向けに多くの採用実績があります。今回の投資により、旺盛な車載需要へタイムリーに応えるとともに、次世代xEVや定置用蓄電システム(ESS)など非車載市場への展開を加速させる狙いがあります。
どんな部材を増強するのか
宇部マクセルが増強するのは、リチウムイオン電池(LIB)の4大主要部材の一つである「セパレータ(隔離膜)」、その中でも同社の基盤技術である「乾式ポリオレフィン多孔フィルム(原膜)」の製造設備です。
1. セパレータの基本的な役割
セパレータは、電池の内部で正極(プラス)と負極(マイナス)が直接接触してショート(短絡)するのを防ぐ絶縁シートです。
単に絶縁するだけでなく、シートには目に見えない微細な孔(穴)が無数に開いており、電池が充放電する際にリチウムイオンだけをスムーズに通過させるという極めて重要な役割を持っています。
2. 宇部マクセルが製造する「乾式セパレータ」の特徴
セパレータの製造方法には「湿式」と「乾式」の2種類がありますが、宇部マクセルが今回設備を増強するのは「乾式」と呼ばれるタイプです。
- 乾式製法のメリット:製造工程で有機溶剤を一切使用しないため、環境負荷が非常に低い(グリーンな)プロセスです。また、結晶を引っ張って引き裂くように孔を開けるため、直線的で均一な孔構造になり、出力特性に優れます。
- 三層構造(PP/PE/PP)による高い安全性:同社の主要製品(ユーポア®)は、ポリプロピレン(PP)とポリエチレン(PE)という特性の異なる樹脂を層状に重ね合わせた構造をしています。
- シャットダウン機能: 万が一、電池が異常発熱して一定の温度(約130℃)に達すると、融点の低い真ん中のPE層が溶けて孔を塞ぎ、イオンの移動を止めます(電流を遮断して熱暴走を防ぐ)。
- 形状保持: その間も、外側の融点が高いPP層(約160℃)が膜の形を保ち、正極と負極の直接接触をギリギリまで防ぎます。
3. 今回の増強のターゲット:「原膜」
今回の発表で増強されるのは、この三層構造などを持つ「原膜(ベースフィルム)」の製造ラインです。
同社はこの原膜をそのまま出荷するだけでなく、グループ会社の宇部マクセル京都において、マクセルの強みである精密塗布技術を用いてセラミック(無機物)などの耐熱層をコーティングした高機能セパレータ(シーポア®)としても展開しています。
つまり、今後の電気自動車(EV)や大型蓄電システム(ESS)の需要拡大を見据え、すべての高機能製品の土台となる「高品質なベースフィルム」の供給能力を30%底上げするというのが、今回の設備投資の具体的な中身です。

宇部マクセルが増強するのは、電池の正極と負極のショートを防ぎ、イオンを透過させる主要部材「セパレータ(隔離膜)」の原膜製造設備です。環境負荷が低く耐熱性に優れた独自の「乾式多孔フィルム」を生産します。
なぜリチウムイオンだけが通過できるのか
セパレータの膜に開いている孔(あな)の大きさが、「リチウムイオンが通り抜けるには十分広く、正極や負極の活物質粒子が通り抜けるには小さすぎるから」です。物理的なサイズ差と、リチウムイオンの特殊な状態が関係しています。
1. 圧倒的な「サイズ差」(分子レベルのふるい)
セパレータに開いている孔の直径は、一般的に数十ナノメートル(1nmは10億分の1メートル)程度です。
- リチウムイオンの大きさ: 約0.15ナノメートル(電解液をまとった状態でも約1ナノメートル以下)
- 電極の活物質(粒子)の大きさ: 数マイクロメートル〜数十マイクロメートル(数千〜数万ナノメートル)
リチウムイオンにとって、セパレータの孔は「広大なトンネル」のようなものなのでスイスイ通過できます。一方で、ショートの原因となる正極・負極の材料(活物質の粒子)は孔に対して巨大すぎるため、絶対に通り抜けることができません。
2. 電解液という「通り道」の存在
セパレータの素材(ポリエチレンなど)自体は、本来は電気を通さない絶縁体です。しかし、セパレータは電池内部で「電解液(イオンを運ぶ液体)」にヒタヒタに浸されています。
微細な孔の中に電解液がじわっと染み込むことで、孔の内部がリチウムイオン専用の「液体の道」になります。リチウムイオンはこの電解液に溶け込んだ状態で、電気的な引き合う力に誘導されて孔の中を移動します。
セパレータは、網目の大きさが絶妙な「ネット」となっています。水(電解液)や小さなメダカ(リチウムイオン)は網目を自由に通り抜けられますが、大きな岩や魚(電極の材料)は網に引っかかって向こう側へ行けない、という仕組みです。

セパレータには数十ナノメートルの微細な孔が開いており、電解液に溶けた極小のリチウムイオンだけが通過できます。数千倍以上大きい電極の活物質粒子は孔を通れないため、絶縁性とイオンの透過が両立します。
乾式の問題点は何か
宇部マクセルが強みを持つ「乾式」セパレータですが、もう一つのメジャーな製法である「湿式」と比較した際、いくつか明確な技術的課題や弱点があります。
1. 物理的な強度が低く、膜を薄くしにくい
- 問題点: 乾式はシートを機械的に「引っ張って(延伸して)」孔を開けるため、引き裂き強度(特に引っ張った方向と垂直な方向の強度)が湿式に比べて劣ります。
- 影響: 電池のエネルギー密度を上げるにはセパレータを極限まで薄くしたいのですが、乾式は薄くしすぎると破膜(ショート)のリスクが高まるため、薄膜化(高エネルギー密度化)の競争において湿式に一歩譲る傾向があります。
2. 孔の構造が均一になりにくく、出力にムラが出やすい
- 問題点: 延伸によって無理やり引き裂いて孔を作るため、孔の形がスリット(スリット状の隙間)のようになりがちです。また、孔の配置や大きさに湿式ほどの緻密な均一性を持たせるのが難しいという特徴があります。
- 影響: イオンの通り道にムラができると、局所的な負荷がかかり、電池の寿命や急速充電性能に影響を与えることがあります。
3. ハイエンドEV向けなどで「湿式」にシェアを奪われている
- 問題点: 現在、世界の車載用LIBセパレータ市場では、薄くて高強度、かつ均一な孔が作れる「湿式」がシェアの約7〜8割を占めており主流です。
- 影響: 乾式は「製造コストが安い」「環境負荷が低い」という大きなメリットがあるものの、航続距離の長さを競う高級EVや高密度スマートフォンなどの市場では、湿式に対して劣勢に立たされています。

乾式はシートを引っ張って孔を開けるため、引き裂き強度に劣り薄膜化が難しい点が弱点です。孔の形状も不均一になりやすく、高エネルギー密度が求められる高級EV向け等では、主流の「湿式」にシェアで劣ります。
宇部マクセルはなぜ乾式を選んでいるのか
宇部マクセル(元々は親会社であるUBE/旧宇部興産)がセパレータ事業で「乾式」を選択し、一貫してこだわり続けているのには、大きく3つの合理的な理由があります。
1. 自動車用途に求められる「圧倒的な安全性」
乾式セパレータは、湿式に比べて熱収縮(熱で縮む現象)が非常に小さいという強力な強みを持っています。
- なぜ安全か: 自動車用の大型電池は、万が一の衝突事故や異常発熱時にセパレータが熱で縮んでしまうと、電極同士が露出して大爆発(熱暴走)に繋がります。乾式は高温環境でも形状を維持しやすいため、車載用として極めて高い安全性を確保できます。
- 強みをさらに強化: 宇部マクセルは、この熱に強い乾式原膜にセラミック層を塗る(シーポア®)ことで、さらに耐熱性を引き上げています。
2. コスト競争力と「有機溶剤」を使わないエコプロセス
もう一つの主流である「湿式」は、製造工程でプラスチックに油(可塑剤)を混ぜてシート状にした後、大量の有機溶剤を使ってその油を洗い流す(抽出する)ことで孔を開けます。
- 乾式の強み: 一方の乾式は、フィルムをただ引っ張って引き裂くだけで孔を開けます。溶剤の購入や、使用後の回収・処理といった大規模な環境設備が一切不要なため、製造コストが大幅に安く、環境負荷も極めて低い(グリーンな)製造ラインを構築できます。
3. UBEが元々持っていた「高分子技術」との親和性
最大の理由は、親会社であるUBEが長年培ってきたポリオレフィン(プラスチック)の成形技術や結晶コントロールのノウハウが、そのまま「乾式製法」に100%活かせる領域だったからです。
あえて他社と同じ湿式に走るのではなく、自社のコア技術を最も発揮でき、かつ特許の参入障壁を築きやすい乾式を極める道を選びました。
スマホや高級EVのような「薄さ・軽さ(エネルギー密度)」を最優先する市場では湿式が有利ですが、宇部マクセルは「安全性・コスト・環境(LCA:ライフサイクルアセスメント)」を重視する中小型EV、ハイブリッド車(HEV)、大型蓄電システム(ESS)の市場をターゲットに定めており、そこでは乾式が最高のポテンシャルを発揮します。

宇部マクセルが乾式を選ぶのは、熱収縮が小さく車載用途に不可欠な「安全性」が高いからです。また、製造時に有機溶剤を使用しないため、コストを抑えつつ環境負荷も低い「エコなプロセス」を構築できる強みもあります。
増強の理由は何か
宇部マクセルが今回、製造設備の増強(生産能力30%アップ)に踏み切った理由は、大きく分けて3つあります。
1. 北米や欧州を中心とした「EV・車載市場」の旺盛な需要
最大の理由は、世界的な電動化シフトに伴い、自動車メーカーや電池メーカーからの注文が中長期的に拡大し続けているためです。
同社の乾式セパレータは、その高い安全性(熱への強さ)からすでに多くの車載用リチウムイオン電池に採用されています。今後のさらなる需要拡大にタイムリーに応えるためには、現在の生産能力では足りなくなるため、先手を打って供給体制を整える必要がありました。
2. 「蓄電システム(ESS)」など新市場への本格展開
自動車(EV/HEV)向けだけでなく、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを貯める大型蓄電システム(ESS:Energy Storage System)の市場が世界中で急成長しています。
E SS用の大型電池は、スマホやEV以上に「10年〜20年使える長寿命」と「絶対的なコストの低さ、安全性」が求められます。
まさに同社の強みである「低コスト・高安全な乾式セパレータ」が最も活きる分野であり、この非車載(インフラ)市場のシェアを奪いに行くための増強でもあります。
3. 次世代の「高機能製品」の土台を固めるため
宇部マクセルは、ベースとなる原膜の表面にセラミックなどの耐熱層を塗ることで、さらに性能を高めた次世代セパレータ(シーポア®)の展開を進めています。
今後、この高機能製品を大量生産するためには、土台となる高品質な「原膜」の供給力を底上げしておくことが不可欠でした。つまり、将来の製品ミックス(高付加価値化)を見据えた戦略的な投資です。
現在絶好調な車載向けのバックオーダー(受注残)を確実に消化しつつ、これから爆発的に伸びる「大型蓄電システム」という新市場でも一気に主導権を握るための攻めの投資です。

増強の理由は、世界的な電動化シフトに伴う車載用EV向け需要の拡大に対応するためです。あわせて、同社が強みとする高安全・低コストな乾式セパレータを、急成長する大型蓄電システム(ESS)等の新市場へ供給拡大する狙いもあります。


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