この記事で分かること
シリコン量子コンピューターとは
既存の半導体技術を活用し、シリコン内の電子1個の「スピン」を量子ビットとして利用する方式です。素子が極小で高密度集積が可能なため、将来の大規模化や量産化において最も有望視されています。
超伝導方式との違い
超伝導方式は巨視的な回路を用い計算速度に優れますが、素子が大きく大規模化に課題があります。一方シリコン方式は素子が極小で、既存の半導体工場を活用し数百万ビット規模へ集積しやすい点が異なります。
日立の役割
日立は、インテルの製造技術を活用した量子チップの設計をはじめ、1,000ビット級に向けた3D高密度実装や極低温制御技術の開発、およびクラウド公開を含むシステム全体の統合・基盤構築を担当しています。
日立製作所のシリコン量子コンピューター開発
日立製作所は、米インテル(Intel)および産業技術総合研究所(産総研)と協力し、シリコン量子コンピューターの実用化・産業応用を目指す共同研究開発を開始しました。
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に採択された取り組みで、学術的な実証段階から量産・産業利用を見据えた開発フェーズへ移行することを目的としています。
シリコン量子コンピューターとはなにか
シリコン量子コンピューターとは、パソコンやスマートフォンの半導体(CPUやメモリ)の主原料である「シリコン(珪素)」を使って作られる量子コンピューターです。
シリコン基板上に作られたナノレベルの極小構造の中に電子を閉じ込め、その電子が持つ「スピン (自転のような性質)」を「0」と「1」の量子ビットとして利用します。
どうやって計算するのか?(仕組み)
- 電子を1個だけ閉じ込める(量子ドット)シリコンの上に微細な金属電極(ゲート)を作り、電圧を調整することで、電子を1個だけ捕まえる「ナノサイズの箱(量子ドット)」を形成します。
- 電子の「スピン」を量子ビットにする電子には「上向き(↑)」と「下向き(↓)」という磁石のような性質(スピン)があります。
- 上向き(↑) =
0 - 下向き(↓) =
1
- 上向き(↑) =
- マイクロ波や電界で操作する外から微弱なマイクロ波や電界を照射することで、スピンの向きを自由に傾かせます。これにより「0であり、同時に1でもある」という量子重ね合わせ状態を作り出し、高度な計算を行います。
なぜ「シリコン方式」が本命視されるのか?
現在、IBMやGoogleが先行する「超伝導方式」など様々な方式がありますが、シリコン方式には実用化に向けた決定的な強みが3つあります。
1. 圧倒的にサイズが小さい(超大型集積化が可能)
実用的な量子コンピューター(エラーを自己修正できるFTQC)を実現するには、100万個以上の量子ビットが必要です。
- 超伝導量子ビット: サイズが数ミリ〜数十マイクロメートルと大きく、100万ビット並べると巨大な部屋ほどのチップになってしまいます。
- シリコン量子ビット: サイズが数十ナノメートルと極めて小さく、爪の先ほどのチップ(1cm角)に数百万個の量子ビットを敷き詰めることが理論上可能です。
2. 既存の半導体工場(ファブ)がそのまま使える
世界の半導体産業が数十年間で築き上げた巨額のインフラ(EUV露光装置やCMOS製造プロセス)を流用できます。
ゼロから製造装置を開発する必要がなく、品質の安定したチップを大量生産しやすいという産業上の利点があります。
3. 量子状態が壊れにくい(同位体制御)
天然のシリコンには磁気のノイズとなる「シリコン29」が含まれていますが、これを化学的に除去して「シリコン28(核スピンゼロ)」だけ精製した基板を使うことで、量子情報が保持される時間(コヒーレンス時間)を飛躍的に伸ばせます。
他の主要方式との比較
| 項目 | シリコン方式 | 超伝導方式 | イオントラップ方式 |
| 主な開発主体 | インテル、日立、理研、UNSWなど | IBM、Google、理研など | Honeywell (Quantinuum)、IonQ |
| 量子ビットの正体 | 電子のスピン | 超伝導回路の電流 | 空中に浮かせた原子(イオン) |
| サイズ(1ビット) | 極小(約数十nm) | 大(約数百µm) | 中(粒子間隔 数µm) |
| 100万ビット化 | 最も有望 | 配線・サイズ的に極めて難 | 光制御のスケールに課題 |
| 主な課題 | ナノレベルの製造ばらつき制御 | チップの巨大化・冷却機の限界 | レーザー制御の複雑化 |
実用化に向けたハードル
- 原子レベルの「ばらつき」: 数ナノメートル規模の構造であるため、シリコン結晶のわずかな乱れや界面の不純物によって量子ビットの特性がズレてしまいます(日立やインテルが最先端プロセスで解決を進めているポイントです)。
- 配線問題: 狭い面積に数百万個のビットが詰まるため、それらを外から制御するための電極配線をどう引き回すか(極低温で動く制御LSI「Cryo-CMOS」の一体化など)が研究されています。
シリコン量子コンピューターは、「既存の半導体技術をそのまま活かして、超高密度な量子チップを作る」という、極めて現実的かつ産業インパクトの大きい方式です。

シリコン量子コンピューターとは、既存の半導体技術を活用し、シリコン内の電子スピンを量子ビットとして利用する方式です。素子が極小で超高密度に集積できるため、将来の大規模化・量産化の本命とされています。
超伝導量子コンピューターと違いは何か
超伝導方式とシリコン方式の最大の違いは、「量子ビットを巨視的な電気回路(人工原子)で作るか」、それとも「自然界の電子1個のスピン(自転の性質)を使うか」という点にあります。
超伝導方式(マクロな人工原子)
- 仕組み: 超伝導金属(ニオブやアルミニウム)の薄膜パターン上に「ジョセフソン接合(極薄の絶縁体を挟んだ構造)」を作り、回路全体の電気状態(電荷や磁束)を量子化します。
- 特徴: 人為的に作られた「巨視的な回路そのもの」を1つの原子(人工原子)に見立てて扱います。
シリコン方式(ミクロな電子スピン)
- 仕組み: シリコン基板上に作られたナノレベルの「量子ドット」と呼ばれる電子のポケットに、電子を1個だけ閉じ込め、その電子が持つ「スピン(↑ / ↓)」を量子ビットにします。
- 特徴: 「自然界の素粒子(電子)そのもの」の物理量を量子ビットとして利用します。
スペック・特性の対比
| 比較項目 | 超伝導方式 | シリコン方式 |
| 量子ビットの実体 | 超伝導回路(巨視的状態) | 1個の電子のスピン(微視的状態) |
| 1ビットのサイズ | 大きい(数百µm〜1mm) | 極小(数十nm) |
| 操作スピード | 非常に速い(10〜100ナノ秒) | やや遅い(100ナノ秒〜数マイクロ秒) |
| 保持時間(コヒーレンス) | 短い(〜100マイクロ秒) | 長い(数ミリ秒〜数秒レベル) |
| 動作温度 | 約 0.01 K(-273.14 ℃) | 約 0.01 K 〜 1 K(シリコンの方がやや高温で動作可能) |
| 1チップ集積限界 | 数千ビットが物理的限界 | 数百万ビット以上が可能 |
| 製造技術 | 専用の製造プロセスが必要 | 既存の先端半導体ファブ(CMOS)を転用可能 |
超伝導方式(Google、IBMなど)
メリット
- 操作速度が圧倒的に速い: 1回の計算(量子ゲート操作)が数十ナノ秒で完了するため、短時間で膨大な計算ステップを実行できます。
- 開発・設計の先行: 素子が大きいため電極の接続や読み出し回路の配置がしやすく、IBMやGoogleを中心に50〜1,000ビット超の動作実績があり、開発ツールやエコシステムが最も成熟しています。
デメリット
- スケーラビリティの物理的壁: 素子が大きいため、実用に必要な100万ビットを並べるとチップサイズが数メートル角になってしまい、冷凍機に入りません。
- 配線のボトルネック: ビットごとに同軸ケーブルを引き延ばす必要があり、熱の流入と配線の密度の問題(「配線の森」問題)が深刻です。
シリコン方式(日立、インテル、理研、UNSWなど)
メリット
- 圧倒的な超高密度集積: 素子が超伝導の数千分の一と非常に小さいため、爪の先ほどのチップに100万個以上の量子ビットを収めることが可能です。
- 量子状態が非常に安定: 磁気ノイズを除去した「シリコン28」同位体を使うことで、量子情報が保持される時間(コヒーレンス時間)が超伝導よりはるかに長くなります。
- 先端半導体エコシステムの活用: 世界中の半導体工場(TSMCやインテルなど)が持つEUV露光装置やCMOS技術をそのまま転用でき、量産化の道筋が明確です。
デメリット
- ナノレベルの「製造ばらつき」: 原子数十個レベルの極小構造であるため、基板の微小な欠陥や界面の状態によってビット特性が不揃いになりやすく、調整が困難です。
- 配線の引き回しの難しさ: 比類なき高密度であるがゆえに、狭いエリアに制御線をどう配置するか(極低温で動く制御LSI「Cryo-CMOS」の集積化など)が技術的課題となります。
- シリコン方式: 誤り耐性を持つ大規模量子コンピューター(FTQC)に必要な「100万ビット」を見据えた「長期の本命」として、インテルや日立などの半導体大手が技術を急ピッチで立ち上げています。
- 超伝導方式: 「短〜中期の特定用途向け(NISQマシン)」で先陣を切り、実証実験や試用において主導権を握っています。

超伝導方式は超伝導回路の電気状態(人工原子)を利用し、計算速度に優れるが素子が大きめです。一方シリコン方式は電子1個の「スピン」を利用し、極小なため既存の半導体技術による大規模集積に向きます。
日立の役割は何か
この3社連携において、日立製作所の最大の役割は「インテルの製造力」と「産総研の評価基盤」を結びつけ、実際に動作する『コンピューターシステム』として完成させる設計・実装・ソフトウェア開発です。
1. 量子ビットチップの「設計」と「動作評価」
インテルの最先端製造プロセス(18A)を活用し、100量子ビット以上のチップを形にするための回路設計を行います。
また、試作されたチップが意図通りに量子動作するかを精密に測定・評価する役割を担います。
2. 1,000量子ビット級を見据えた「3D高密度実装技術」の開発
量子ビットが数十〜数百〜数千と増えるにつれ、配線が爆発的に増えてチップ内に収まらなくなります。
日立は、チップ同士や基板を三次元的に狭い間隔で接続・密集させる高密度実装技術を開発し、将来の大規模化に対応します。
3. 極低温環境での「制御技術・制御回路」の開発
量子ビットは絶対零度近く(約-273℃)でしか動作しません。日立は、極低温下で多数の量子ビットを精度よく、かつ配線数を抑えて操作するための制御LSIや制御アルゴリズムの開発を担当します。
4. クラウド展開に向けた「システム化・利用環境」の構築
ハードウェアだけでなく、外部の研究者や企業がインターネット経由でシリコン量子コンピューターを使えるようにするためのクラウドシステム基盤や統合環境を整備します。
インテルが「作る(製造)」、産総研が「検証する(拠点提供)」のに対し、日立は「設計し、高密度に組み上げ、制御して使えるシステムにする(システム統合)」という司令塔・エンジニアリングの役割を担っています。

日立は、インテルの製造技術を活用した量子ビットチップや回路の設計、1,000ビット級を見据えた3D高密度実装・制御技術の開発、そしてクラウド公開を含むシステム全体の統合・基盤構築を担当しています。


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