この記事で分かること

レアアースの代替技術:卑金属による排ガス浄化触媒のセリウム代替
2026年上半期(1〜6月)における日本のレアアース(希土類)輸入量は、中国による対日輸出規制導入前(2024年同期)の約2割にまで大きく落ち込んでいることが判明しました。
EV(電気自動車)の駆動用モーターや半導体製造装置・材料に不可欠なレアアースの調達急減に対し、ベトナムや米国など中国以外からの代替調達や内製化が進んでおらず、サプライチェーンへの強い懸念が広まっています。
第三国ルートの本格化など調達先の多角化を進めてるとともに、代替技術の実用化が強く望まれています。
前回は自動車用排ガス浄化触媒でのセリウムの働きや使用量削減方法に関する記事でしたが、今回はに酸化鉄や酸化銅での代替に関する記事となります。
酸化鉄や酸化銅で排ガス浄化触媒の代替ができるのはなぜか
酸化鉄(Iron Oxide: Fe2O3 / Fe3O4 / FeO)や酸化銅(Copper Oxide: CuO / Cu2O)が、自動車用排ガス浄化触媒においてセリウム(CeO2)や高価な貴金属の代替として期待・利用できる理由は、主に「優れた価数変化に伴う酸素吸蔵・放出能」と「それ自体が持つ高い触媒活性」の2点にあります。
1. 元素の価数変化による「酸素ストレージ能(OSC)」の代替
セリウム(Ce)が持つ「Ce4+ ⇄ Ce3+」の価数変化と同様に、鉄(Fe)や銅(Cu)も容易に原子価(酸化数)を可逆的に変化させることができます。
- 酸化鉄の還元・酸化平衡:2 Fe2O3 ⇄ 4 FeO + O2
- 酸化銅の還元・酸化平衡:4 CuO ⇄ 2 Cu2O + O2
排ガスが酸素過剰な状態(リーン)のときは酸素を取り込んで高酸化状態(Fe2O3 や CuO)となり、酸素不足な状態(リッチ)のときは格子の酸素を放出して低酸化状態(FeO や Cu2O)に変化します。
この可逆反応により、セリウム非依存で排ガス中の酸素濃度変動を吸収・バッファー(OSC機能)できます。
2. ベースメタル自体の高い「浄化反応活性(触媒能)」
酸化鉄や酸化銅は、単なる酸素貯蔵材にとどまらず、有害ガスを無害化する反応そのものを加速させる活性(主触媒としての機能)を持っています。
- 一酸化炭素(CO)の酸化:酸化銅(CuO)は低温域でも CO を CO2 へ酸化させる能力が非常に高く、貴金属(Pt, Pd)の役割を部分的に代替できます。
- CO + CuO → CO2 + Cu
- 窒素酸化物(NOx)の還元:銅系材料(Cu-ゼオライトなど)や鉄系材料は、NOx を窒素(N2)へ無害化する還元反応において優れた活性を示します(ディーゼル車の SCR 触媒などでも多用されています)。
- 水性ガスシフト反応(WGSR)の促進:酸化鉄は水蒸気を利用して CO を CO2 と H2 に変換する反応(CO + H2O → CO2 + H2)を協力に促進します。
3. 複合酸化物(スピネル構造など)による酸素欠陥の形成
単体の酸化物としてだけでなく、鉄と銅を組み合わせた複合酸化物(例: 銅フェライトスピネル CuFe2O8 / CuFe2O4)やジルコニア(ZrO2)との固溶体を作ると、結晶構造内に「酸素欠陥(Oxygen Vacancy)」が多数生成されます。
この欠陥を通じて結晶内部の酸素が素早く表面へ移動できるようになり、セリウム-ジルコニア(CeO2-ZrO2)複合酸化物に匹敵する素早い酸素交換速度と反応性を実現します。
4. 資源の豊富な「卑金属(Base Metal)」という圧倒的メリット
白金(Pt)・パラジウム(Pd)・ロジウム(Rh)などの貴金属や、希少金属であるセリウム(Ce)に比べ、鉄(Fe)や銅(Cu)は地球上に極めて豊富に存在するベースメタルです。
- 地政学的リスクの回避: 特定国の供給制限や価格高騰(コモディティリスク)に左右されない安定調達が可能になります。
- コストの大幅削減: 原材料費を数十〜数百分の1レベルに低減できます。

鉄や銅は可逆的な価数変化(Fe2+/Fe3+、Cu+/Cu2+)によりセリウム同様の酸素吸蔵・放出能を発揮できます。さらにCO酸化やNOx還元など自ら高い浄化触媒活性を持つため、代替が可能です。
酸化鉄や酸化銅の課題は何か
酸化鉄や酸化銅は優れたコスト面と基本特性を持つ一方で、実用の自動車排ガス浄化触媒(特に高温・過酷な環境下)としてセリウムや貴金属を完全に置き換えるには、主に熱耐久性、耐被毒性、雰囲気変動への耐性に関する技術的課題が存在します。
1. 耐熱性の低さと熱焼結(シンタリング)
ガソリン車の三元触媒(TWC)などは、高速走行時や急加速時に 800〜1000 ℃ を超える高温に達します。
- 熱焼結(シンタリング): 酸化銅(CuO)や酸化鉄(Fe2O3)は、貴金属やセリア-ジルコニア複合酸化物(CeO2-ZrO2)に比べて融点が低く、高温下で粒子同士が容易に凝集(結晶成長)してしまいます。これにより比表面積が急激に減少し、活性サイトが埋もれて触媒能が大幅に低下します。
- 相転移による不活性化: 酸化鉄は高温下で結晶構造の変化(例: γ-Fe2O3 から 触媒活性の低い α-Fe2O3 への転移)を起こしやすく、機能が低下します。
2. 硫黄被毒(Sulfur Poisoning)に対する脆弱性
燃料やエンジンオイルに微量に含まれる硫黄成分(SOx)に対する耐性が非常に低い点が大きな欠点です。
- 安定な硫酸塩の形成: 鉄や銅は排ガス中の SO2 / SO3 と反応しやすく、非常に安定な硫酸塩(CuSO4 や FeSO4 / Fe2(SO4)3)を形成します。
- 不可逆的な活性低下: 形成された硫酸塩は 500 ℃ 以上の高温にならないと分解・放出されないため、触媒の反応サイトが継続的に塞がれ、触媒機能が著しく低下(被毒)します。
3. 過酷な還元雰囲気での過度な還元と凝集・揮発
自動車の排ガスは、エンジン制御により「酸素過剰(リーン)」と「燃料過剰(リッチ)」を短サイクルで絶えず往復します。
- 金属への過剰還元: 強いリッチ(還元)雰囲気と高温が重なると、CuO や Fe2O3 は「酸化物」の枠組みを超えて単体の金属(Cu0 や Fe0)にまで完全に還元されてしまいます。
- 構造崩壊と揮発: 金属に還元されると融点が下がり、凝集が加速します。特に銅(Cu)は高温還元下で揮発(蒸発)しやすいため、担体(ゼオライトやアルミナ)から離脱・飛散して触媒自体が失われていく問題があります。
4. 貴金属に比べた「質量あたりの比活性」の低さ
白金(Pt)やロジウム(Rh)などの貴金属に比べ、卑金属酸化物の質量あたりの触媒活性自体は低く留まります。
- 担持量の増大: 貴金属と同等の浄化性能を得るには数倍〜数十倍の量を担持する必要があり、触媒の大型化や重量増加を招きます。
- 低温活性(ライトオフ性能)の限界: エンジン始動直後の低温域(200 ℃ 未満)において、十分な浄化能力を発揮するまでの立ち上がりが貴金属よりも遅い傾向があります。
これらの課題を克服するため、現代の研究では単独の酸化物として使うのではなく、「ペロブスカイト型酸化物(LaFeO3など)」や「スピネル構造(CuFe2O4など)」といった複合酸化物構造に取り込む技術や、ゼオライトの微小な細孔内に銅/鉄イオンを隔離保持する技術(Cu-SCRなど)によって、耐熱性や耐被毒性を格段に向上させる工夫がなされています。

酸化鉄や酸化銅は、高温下での熱焼結による劣化や、SOxによる硫黄被毒に弱い点が課題です。また、過酷な還元雰囲気で金属化・揮発しやすく、始動時の低温域における浄化活性が貴金属に劣る点も挙げられます。
質量あたりの比活性が低いのはなぜか
酸化鉄(Fe2O3等)や酸化銅(CuO)などの卑金属酸化物が、白金(Pt)やロジウム(Rh)といった貴金属に比べて質量あたりの比活性(単位質量あたりの触媒処理能力)が低い理由は、主に「有効な表面露出率(分散度)の低さ」「吸着エネルギーの最適性」「反応メカニズムの障壁(活性化エネルギー)」という3つの化学的・物理的要因に起因します。
1. 表面露出率(分散度)の決定的な違い
触媒反応は「物質の表面に露出している原子」だけで起こります。結晶の内部(バルク)に埋もれている原子は反応に一切寄与しません。
- 貴金属触媒: わずか数ナノメートル(1〜3 nm)の極小クラスタや単原子レベルで担体上に細かく散りばめる(高分散化する)ことが可能です。その結果、全貴金属原子のうち80%を表面に露出させることも可能となり、反応サイトとして機能します。
- 卑金属酸化物: 酸化物としての結晶構造(スピネル構造やペロブスカイト構造など)や酸素吸蔵能力を保持するためには、一定以上の粒子サイズ(数十ナノメートル以上)が必要となります。そのため、全原子の大部分が結晶内部に埋もれてしまい、質量の大部分が反応に寄与しない「無駄な重量」となります。
2. 吸着エネルギーとサバティエの原理(Sabatier Principle)
触媒活性は、反応物が触媒表面に「強くつきすぎず、弱すぎない」絶妙な吸着強度を持つときに最大化します(サバティエの原理)。
- 貴金属(d軌道電子の最適性): Pt や Pd は d 軌道の電子状態(d 帯センター)が極めて最適化されており、COやNO などの分子を適度に吸着・活性化し、生成した CO2 やN2 を素早く脱離させます。
- 卑金属酸化物: 酸素や排ガス分子との結合・吸着力が強すぎる(あるいは弱すぎる)傾向があります。例えば、酸素や CO が表面に強く結合しすぎると、生成物の脱離や表面の再生が遅れ、次の反応が進むのを阻害(脱離律速)してしまいます。
3. 反応メカニズムと活性化エネルギー(Ea)の差
分子同士が反応する際に超えなければならないエネルギーの壁(活性化エネルギー: Ea)が根本的に異なります。
- 貴金属(ラングミュア・ヒンシェルウッド機構): 貴金属表面に直接吸着した分子同士が、非常に低い活性化エネルギーで直接反応・結合を組み換えます。
- 卑金属酸化物(マース・ファン・クレベレン機構): 多くの酸化物触媒では、分子同士が直接反応するだけでなく、「酸化物自身の格子酸素を奪い取り、自らが還元され、その後排ガス中の酸素で自らを再酸化する」という循環反応(M-vK 機構)を経ます。
- この「格子酸素の引き抜きと再充填」には大きなエネルギーが必要となるため、反応全体の活性化エネルギーが高くなり、同じ質量で比較した際の反応スピード(比活性)が低くなります。
4. 複合的な「活性サイトペア」の必要性
貴金属は隣り合う数個の金属原子があれば強力な活性サイトになります。
一方、卑金属酸化物で高い活性を得るには、「Cu2+ と Cu+ の近接ペア」や「酸素欠陥(Vacancy)と遷移金属イオンの対」といった、特定の複雑な局所構造が表面に形成されている必要があります。
このような特殊な活性サイトが表面に存在する確率自体が低いため、結果として単位質量あたりの実効活性サイト数が少なくなります。

卑金属酸化物は粒子サイズが大きく内部原子が多いため表面露出率が低いからです。また吸着強度が最適でなく、格子酸素の脱着を伴う反応機構により活性化エネルギーが高くなることも影響しています。


コメント