この記事で分かること

熱アシスト磁気記録(HAMR)
JX金属は9月25日、ハードディスクドライブ(HDD)の記録媒体に用いられる「磁性材スパッタリングターゲット」の生産能力について、追加増強を行うと発表しました。
対象製品はHDDメディア向け磁性材スパッタリングターゲットであり、2026年6月に公表した増強計画に続く決定であり、2029年半ばまでに2025年比で1.5倍に拡大させます。
前回は磁性材スパッタリングターゲットとは何かや増強の理由に関する記事でしたが、今回は新しいHDDの方式である熱アシスト磁気記録(HAMR)に関する記事となります。
熱アシスト磁気記録(HAMR)とは何か
熱アシスト磁気記録(HAMR:Heat-Assisted Magnetic Recording)とは、レーザー光でディスク表面を局所的に加熱しながらデータを書き込むことで、HDDの記憶容量を飛躍的に高める次世代の技術です。
なぜ「熱」が必要なのか(HAMRの仕組み)
HDDの容量を増やすには、データを記録する「磁石の粒子」をどんどん小さく密にする必要があります。
しかし、粒子を小さくしすぎると、室温の熱エネルギーだけで磁気の向きが勝手に変わり、データが消えてしまうという問題(熱揺らぎ限界)が発生します。
この問題を解決するため、HAMRでは次のようなアプローチをとります。
- 「非常に硬い(データが消えにくい)」磁性材料を使う
室温では磁気が絶対に裏返らない、極めて保磁力の高い特殊な金属材料をディスクの表面に使用します。 - そのままでは磁気ヘッドで書き込めない
材料が「硬すぎる」ため、従来の磁気ヘッドの力(磁力)だけではデータを書き込む(磁気を反転させる)ことができません。 - 書き込む瞬間だけレーザーで温めて「柔らかく」する
磁気ヘッドに取り付けた超小型レーザーで、書き込むスポット(ナノレベルの極小領域)だけを一時的に400℃以上に加熱します。すると材料が一時的に「柔らかく(書き込みやすく)」なるため、小さな磁力でもスムーズにデータを書き込めます。 - 一瞬で冷えて固まり、データを長期間保存
書き込んだ直後に一瞬で冷却されるため、磁気は再び硬くなり、データを安定して保持できます。
HAMRがもたらすメリット
- 超大容量化:従来の技術限界(約20TB程度)を大幅に超え、1台で30TB〜50TB以上の超大容量HDDを実現できます。
- データセンターの効率化:同じ設置スペース・電力で保管できるデータ量が倍増するため、クラウド事業者やAI企業のコスト削減につながります。
HAMRを実現するには、高温加熱に耐え、極めて安定した保磁力を持つ「鉄・白金(FePt)系」などの特殊な磁性ターゲット材が不可欠になり、JX金属などの追加投資・能力増強につながっています。

書き込み時にディスク表面をレーザーで局所的に加熱し、一時的に材料を柔らかくして磁気記録する技術です。データが消えにくい高保磁力材料を使えるため、微細化の限界を突破しHDDの超大容量化を実現します。
HDDにはどんな磁性材料か使われるのか
HDDの磁性膜には、記録方式(従来型か、次世代のHAMRか)や役割に応じて以下のような高純度な金属合金および酸化物との複合材料が使われます。
1. 次世代「HAMR(熱アシスト磁気記録)」で使われる材料
HAMRでは、粒子を極小化しても磁気が消えない超高保磁力(熱に負けない強さ)を持つ材料が求められます。
- FePt(鉄・白金/プラチナ)系合金
- 主成分:Fe(鉄)とPt(白金)を原子レベルで規則正しく並べた「L10(エルワンゼロ)構造」と呼ばれる特殊な合金です。
- 特徴:常温では磁石として非常に「硬く(磁気が反転しにくい)」、レーザーで加熱した瞬間だけ「柔らかく」なる理想的な磁性材料です。
- 添加物:粒子の孤立化や結晶化温度の低下を図るため、C(カーボン)やSiO₂(シリカ)などの非磁性体、Cu(銅)、Ag(銀)などが微量添加されます。
2. 従来型「PMR(垂直磁気記録)」で使われる材料
現在も広く使われている従来の記録方式では、コバルトをベースにした材料が主流です。
- CoCrPt(コバルト・クロム・白金)系合金
- 主成分:Co(コバルト)を主成分に、Cr(クロム)やPt(白金)を配合した合金。
- 酸化物(グラニュラー材料):磁性粒子の同士の干渉を防ぎノイズを抑えるため、SiO₂(シリカ)やTiO₂(チタニア)などの酸化物を数〜数十%混ぜ合わせたターゲット材が使われます。
3. その他の補助的な磁性層(下地層など)
磁気ヘッドからの磁束を円滑に通すための「軟磁性下地層(SUL)」などにもターゲット材が使われます。
- FeCo(鉄・コバルト)系・FeNbB(鉄・ニオブ・ホウ素)系合金
- 磁気を引き込みやすく、熱安定性に優れた軟磁性材料が用いられます。
現在のトレンドとして、従来の「コバルト(Co)系」から、HAMR用の「鉄・白金(FePt)系」へと磁性材料の主役がシフトしており、高価な白金(Pt)を高精度に扱う精錬・加工技術がメーカーの強みとなっています。

従来型ではコバルト・クロム・白金(CoCrPt)系合金が主流です。次世代のHAMRでは、超極小化しても磁気が安定する鉄・白金(FePt)系合金が主役であり、カーボン等の添加物と共に用いられます。
FePt系合金はなぜ常温で硬く、加熱で柔らかくなるのか
FePt(鉄・白金)系合金が常温で「硬く(磁気が反転しにくい)」、加熱すると「柔らかく(磁気が反転しやすい)」なるのは、特殊な原子配列(結晶構造)と温度による磁気特性の変化という2つの理由によるものです。
1. 常温で「硬い」理由:特殊な層状構造とPtの性質
常温のFePt合金は、Fe(鉄)の層とPt(白金)の層が原子レベルで交互にきれいに積み重なった「L10(エルワンゼロ)型規則構造」という結晶構造をとります。
- Pt(白金)の強力な作用:白金は原子番号が大きく、「スピン軌道相互作用」という電子の強い効果を持っています。
- 特定の方向(c軸)に磁気が固定される:鉄の持つ「強い磁力」と白金の「強い作用」が合わさることで、上下方向(層に対して垂直な方向)にしか磁力を向けられない性質(高い結晶磁気異方性)が生まれます。
このため、常温では磁気の向きを横や反対側に倒すのに非常に大きなエネルギーが必要となり、外部から強い磁界をかけても簡単には向きが変わりません(=保磁力が極めて高く「硬い」)。
2. 加熱で「柔らかくなる」理由:熱振動とキュリー温度
物質は加熱されると、内部の原子や電子が激しく熱振動を始めます。
- 熱エネルギーによる磁気の乱れ:FePtを加熱していくと、熱振動によって原子スピン(磁石の向き)を特定の方向に繋ぎ止めていた力が弱まります。
- キュリー温度(Tc)への接近:FePt合金は約450℃〜500℃付近にキュリー温度(磁石としての性質を失う温度)を持っています。この温度近くまで加熱(HAMRではレーザーで局所加熱)すると、磁束を維持する力(磁気異方性)が急激に低下します。
その結果、常温時のわずかな磁力で簡単に向きを裏返せる状態(=「柔らかい」状態)になります。
- 常温:FeとPtの規則正しい層状構造により、磁束が上下方向に強固にロックされる(極めて硬い)。
- 加熱:熱によってロックが解除され、弱い磁力でも書き込みが可能になる(一瞬だけ柔らかくなる)。
この「常温での圧倒的な硬さ」と「熱によるシャープな軟化」を併せ持つ点が、FePt合金がHAMR用磁性材料として唯一無二とされる理由です。

FeとPtが交互に並ぶ特殊構造により、常温では磁石の向きが特定方向に強固にロックされ極めて硬くなります。しかしキュリー温度(約450℃)付近まで加熱すると熱振動でロックが弱まり柔らかくなります。


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