この記事で分かること

シリコンフォトニクスの実現
NTTグループおよび主要パートナー企業は、次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」の中核技術である「光チップレット」の量産技術開発を本格化させると発表しました。
東芝傘下のジャパンセミコンダクターの拠点である岩手県北上市の事業所に実用化を見据えたパイロットラインを構築し、2028年頃をめどに年産1万台規模の生産体制確立を目指す計画が進められています。
前回はIOWNや光チップレット技術の概要に関する記事でしたが、今回は光チップレットでのシリコンフォトニクスに関する記事となります。
シリコンフォトニクスにはどんな技術、部品が必要になるのか
シリコンフォトニクス(Silicon Photonics)の実現には、従来の半導体(CMOS)製造技術をベースにしつつ、光を閉じ込め、操り、電気と相互変換するための多様な光学部品と高度な集積技術が必要となります。
主な構成部品
- 光導波路(Optical Waveguide)
- チップ内における「光の通り道」です。シリコン基板(SOIウエハ)上の微細なシリコンコアによって光を閉じ込め、数ナノメートルの精度でロスなく伝送します。
- 化合物半導体レーザー(光源)
- シリコンは「光を効率よく発光できない」という物理的性質(間接遷移型)を持つため、インジウムリン(InP)などの化合物半導体で作られた極薄のレーザー光源をチップ上に精密に接合し、光の供給源とします。
- 光変調器(Optical Modulator)
- 電気信号を光信号に変換(変調)する部品です。シリコン内部に電圧をかけて屈折率を変化させ、光の明滅や位相をコントロールすることでデータ(0と1)を乗せます。
- 受光器 / フォトディテクタ(Photodetector)
- 届いた光信号を再び電気信号に高速で変換する部品です。シリコン単体では通信に使われる近赤外線を吸収しにくいため、シリコン上に成長させたゲルマニウム(Ge)を組み合わせて高感度な受光を実現します。
- 光受動部品(合分波器・カプラなど)
- 光を分岐・結合するカプラや、異なる複数の波長の光を一つにまとめたり分離したりする波長多重(WDM)用の回路(AWGなど)がチップ上に一体集積されます。
不可欠な製造・実装技術
- CMOS互換ファブプロセス
- 最先端の半導体工場で使われる微細な露光(リソグラフィ)やエッチング技術を応用し、ナノメートル単位の光回路を高精度かつ大面積で量産します。
- 異種材料集積(ヘテロジニアス・インテグレーション)
- シリコン、ゲルマニウム、化合物半導体といった異なる物性を持つ材料を、一つの基板上でズレなく接合・一体化させる高度な実装技術が求められます。
- EICとPICの近接・高密度実装
- 演算を担う電子集積回路(EIC)と、光を司る光集積回路(PIC)を極めて近い距離で結合し、電気信号から光信号への変換遅延やエネルギーロスを最小限に抑えるパッケージング技術が必要です。

シリコンフォトニクスには、光の通り道となる「光導波路」、光源の「化合物半導体レーザー」、光に変える「変調器」、ゲルマニウムの「受光器」などの部品が必要で、CMOS互換の微細加工技術で製造します。
電気信号でと光信号で計算やデータの保存方法はどう違うのか
電気信号と光信号では、「0と1の表し方」「計算の仕組み」「情報の保持(記憶)」のすべてにおいてアプローチが大きく異なります。
1. 0と1の表現方法(物理的な違い)
- 電気信号:
- 電圧の高さや電流の有無で表現します。例えば、「高い電圧(例:1V〜)= 1」「低い電圧(例:0V付近)= 0」のように、電子の量や電位差で区別します。
- 光信号:
- 主に「光の有無(強度)」や「光の波の位相(ズレ)」で表現します。
- 強度変調(ON/OFF): 光が来ている状態=1、消えている状態=0で表現します。
- 位相変調: 光の波の山と谷のタイミング(位相)を 0度 と 180度 に切り替えて 0 と 1 を表す高度な方式もあります。
2. 計算(論理演算)の仕組み
- 電気信号(従来のコンピュータ):
- 半導体で作られた「トランジスタ」という電子スイッチを無数に組み合わせ、電流の流れを制御することで AND・OR・NOT などの論理演算や四則演算を行います。
- 光信号(光コンピューティング / 光チップレット):
- 実は、現在開発されている「光チップレット」などの実用デバイスでは、計算そのものは従来の電気(電子回路)で行っているケースがほとんどです。
- 光は計算の道具というより、チップ間やサーバー間の「超高速・長距離の通信(配線)」を電気の代わりに担う役割で使用されます。光そのもので論理演算を行う「光演算デバイス」の研究も進んでいますが、まだ限定的な用途が中心です。
3. 情報の保持(記憶・メモリ)
- 電気信号:
- 電子は留まらせることができるため、キャパシタ(コンデンサ)に電荷を溜めたり、フリップフロップ回路で電気のループを作ったりすることで、静止した状態で「0や1」を保持(記憶)するのが得意です(DRAMやSRAMなどのメモリ)。
- 光信号:
- 光は常に秒速約30万キロメートルで進み続けるため、電気のように「その場にじっと留めておくこと」が非常に難しいという性質があります。
- そのため、光のままデータを記憶することは困難であり、記憶する際は一度電気信号に変換してメモリに書き込むか、特殊なリング状の光路(光共振器)の中でぐるぐる周回させて一時的に留める工夫が必要になります。

0と1は電気の電圧や光の強弱・位相で表現。計算は電気のトランジスタが主体で光は通信に用いられ、光は高速で直進するためそのままでは記憶できず、電気変換や循環が必要です。
なぜ光演算デバイスは実現が難しいのか
光信号は通信において圧倒的なスピードと省電力性を発揮しますが、電気のように「計算(論理演算)」を行う光演算デバイス(オール・オプティカル・コンピュータ)を実現しようとすると、物理的・工学的にいくつかの極めて高いハードルが存在します。
1. 光同士が相互作用しにくい(非線形性の弱さ)
電気回路のトランジスタは、電圧によって「電流が流れる・流れない」を制御することで0と1を切り替える(非線形なスイッチングを行う)ことができます。
しかし、光子(光の粒)同士は基本的にぶつかってもすり抜けてしまうため、光だけで別の光のオン・オフを直接制御するのは非常に困難です。光で光を制御するには強力な非線形効果を持つ特殊な材料が必要になりますが、実用レベルのものは効率やコストの面で課題が残ります。
2. サイズと高集積化の限界(回折限界)
半導体内の電子(トランジスタ)は数ナノメートル単位まで微細化され、1つのチップに数百億個を詰め込むことができます。一方、光は波長(通信に使われる近赤外線なら約1マイクロメートル=1000ナノメートル前後)を持つため、光の回折限界により回路を電子ほど極小に縮小することが難しく、大規模な集積化が物理的に阻まれます。
3. データの「記憶(メモリ)」ができない
光は留まることなく秒速約30万キロメートルで進み続けます。
電気のようにコンデンサー等に電荷を閉じ込めて「その場で静止させて記憶する」ことができないため、光だけで大容量かつランダムアクセス可能なメモリ(RAM)を作るのが極めて困難です。
演算の途中で必ず電気への変換や、光をループ状の光路でぐるぐる周回させる特殊な保持が必要になります。
4. システム全体でのエネルギー効率の課題
「光は熱を出さない」と言われますが、光を作り出すレーザー光源の駆動、光と電気の変換ロス、微小な光回路での光吸収ロスなどをトータルで計算すると、複雑な論理演算をすべて光で行う場合、現在の半導体(電子)技術よりもかえって電力を消費してしまうケースがあります。
現在の現実的なアプローチ
すべての計算を光で行う「完全な光コンピュータ」の実現はまだ遠い未来とされています。
現在進められている「光チップレット」などの実用化アプローチは、「計算そのものは従来の電子回路(GPUやCPU)に任せ、チップ間のデータ移動や、AIの計算で多用される『行列計算(積和演算)』などの得意分野だけを光で行う(光電融合)」という、適材適所の分業体制をとることで実用化を成し遂げています。

光子同士が相互作用しにくくスイッチングが困難な点、波長による微細化・高集積化の限界、光をその場に留めて記憶するメモリの実現が難しいこと、さらに光変換や光源の維持によるエネルギーロスが主な理由です。


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